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英雄譚―名も亡き墓標―  作者: アマネ・リィラ
シベリア動乱編―約束―
18/85

間章 極東の七神

 極東の島国、大日本帝国。

 かつては黄金の国ジパングとも呼ばれ、大航海時代にはそこへ到達すれば無限の富が手に入るとまで謳われた国。産業革命と呼ばれる技術革新の時代においても、最果ての国として一種の到達点と数えられた国。

 しかし――現代に至るまで、その歴史においても彼の国を制圧した国は存在しない。

 極小、しかし、最強。

 圧倒的なまでの武力と、武士道と呼ばれる時には死すらも是とする独特の文化。個を優先し、重要視しながら、それでも尚『滅私』と呼ばれる行為を誰に言われるでもなく行う民草。

 侍と呼ばれる、一騎当千の猛者たち。

 大戦においてあらゆる戦場を蹂躙し、しかし、支配をしなかった国。


〝君臨すれども統治せず〟


 その言葉を実践してきた彼の国は、今や世界において頂点に立つ国の一つとなっていた。そして、その国の政治と文化の中心。二千年の歴史を誇る都――古都・京都に、彼の者たちの姿があった。

 大日本帝国軍、最高幹部、《七神将》。

 第一位から第七位までの、王の中の皇と称する『帝』によって位階を与えられた者たちで構成される集団だ。彼の者たちは誰もが一騎当千。等しく英雄と呼ばれる力を有している。むしろ、そうでなければ名乗ることが許されないのが《七神将》と呼ばれる存在だ。

 本来なら全国各地に散っており、それ故に集まることは滅多にない彼らだが、今はその滅多にない場合だった。


「さて、帝と大将がまだ来られていないが、大体は集まったようだな」


 声を発したのは、一人の女性だった。黒髪をポニーテールにした女性で、右目を刀の鍔をあしらった眼帯で覆っている。純白の軍服の背に描かれるのは、『忠心』の文字。


《七神将》第二、第三位同時襲名。《剣聖》――神道木枯(しんどうこがらし)


 二年前の大戦においても最前線で活躍した英雄であり、大日本帝国軍の要である女性だ。


「木枯、今回の案件……あれは、信用に足るものかい?」


 そんな木枯の言葉に声を上げたのは、禿頭の老人だった。純白の軍服の背には『業』の文字を背負っている。


《七神将》第六位、紫央千利(しおうせんり)


 現在の《七神将》における最古参の老人であり、半世紀以上の長きに亘って国に仕えてきた忠臣だ。ちなみに今年で御年八十八。米寿である。


「私の部下である八坂影三佐の報告だ。特別管理官、蒼雅隼騎から――こちらは書簡でだが、同じ報告が届いている。信憑性は高いな」

「ああ、枢密院のボウズか。枢密院自体、ワシは信用できんがな」

「そう仰られるな、大老。クーデター以来、形骸化していた枢密院を帝国議会の代わりに立て直したのはあなたであろう?」

「そうだがな」


 千利が肩を竦める。大日本帝国は、主に三つの機関によって政治が行われている。

 一つは、軍務及び治安維持を担当する《七神将》をトップに据えた『大日本帝国軍』。

 一つは、クーデターを起こしたために取り潰された帝国議会に変わり、集められた有識者によって構成される『枢密院』。元々は帝の相談用の機関であり、最近は形だけのものとなっていたが、二年前に木枯、千利、そしてもうここにはいないとある女性が中心になって立て直した。

 一つは、奉行。帝が直々に勅命を下し、司法を守るための裁判官だ。といっても彼らは《七神将》と『枢密院』、帝によって立てられた法律に則って罪人を裁くだけである。

 以上の関係から、国政を動かすのは《七神将》と帝で行われる会議というのが大日本帝国の現状だ。


「まあ、不穏な動きをすれば潰せばいい。私の背負う『忠義』は時に陛下へと刃を向けてでもその責務を果たすもの。貴殿とて同じであろう、大老」

「ふむ。まあ、反論はないな。続けてくれ」

「承知した。……それで、八坂より届けられた報告だが。全員、目を通しているな?」


 木枯が視線を巡らせる。この場にいるのは彼女を含めて四人。到着していない二人には既に話を通してあるので、ある程度のことをこの場で決めておこうというだけだ。

 チッ、という舌打ちが響いた。舌打ちをした男が、面倒くさそうに髪を掻き揚げる。


「あんのババァ、どういうつもりだ? 二年間も姿消してたと思ったら、シベリアくんだりで〈毘沙門天〉持ち出して余計なもんに首突っ込んでるらしいじゃねーか」


 言ったのは、背が高い男だった。季節からして寒いはずだというのに、身に纏っている軍服は袖を肩から切り落とされ、その胸元も露出している。雰囲気からして粗雑だ。


《七神将》第五位、本郷正好(ほんごうまさよし)


 藤堂、神道、本郷と並ぶ大日本帝国の『御三家』の一角、本郷家最後の当主だ。背中に背負っているのは、『武』の文字。

 その正好に、千利が諌めるように言葉を紡いだ。


「ボウズ、一応は目上だぞ? 聞けばおめーさん、あの嬢ちゃんに二年前は随分世話んなったらしいじゃねぇか」

「……頼んでないッス」

「貴様は本当に奴が苦手だな、正好」

「苦い思い出しかねーッス」


 木枯の言葉に、正好が顔を逸らす。それほどまでに正好はかの人物が苦手だった。微笑が漏れる。その中で、さて、と木枯が咳払いをした。


「貴様はどうだ、彼恋」

「…………ッ!」


 木枯に声をかけられたのは、背の低い少女だった。机に隠れるようにしていた少女は、声をかけられてオロオロと周囲に視線を泳がせる。その様子を見て木枯がため息を吐いた。


「彼恋。……いい加減、その引っ込み思案をどうにかしろ」

「えうっ!? で、でも、あの、そのっ、わ、私」

「落ち着け。深呼吸だ。――吸う」

「すー……」

「吐く」

「はー……」

「落ち着いたか?」

「えうっ!? え、えっと、わ、私っ……!」

「……効果は無しか」


 木枯がため息を零す。その視線の先にいたのは、身長僅か一四〇センチと少し程度の小柄な少女だった。今も尚オロオロと泣きそうな顔で周囲に視線を送るだけだ。

 しかし、彼女もまた大日本帝国において頂点に立つ《七神将》の一人である。そうでなければここにはいない。


《七神将》第四位、水尭彼恋(みなあきかれん)


 現在の《七神将》においては最年少の僅か十七という若さでありながら、その能力の高さを買われてただの民草から《七神将》へと上り詰めた傑物である。その背に背負うのは、『和』の文字。


「あの、えっと、本当……なんでしょうか?」

「何がだ、うさぎちゃ――痛っ!? 何すんだおやっさん!」

「嬢ちゃんが怯えてるだろうがボウズ。おめぇさん、見た目堅気じゃねぇんだから気ぃつけろ」

「いや俺、バリバリ堅気じゃないッスか」

「確かに大老の言う通り、貴様のその面は堅気のそれではないな」

「木枯さんからも認定受けた!? く、くそっ! そんなことねぇよな!? うさぎちゃん!?」

「え、えうっ……」


 彼恋が泣きそうな表情になる。木枯がため息を吐いた。


「……正好。貴様ちょっとこっちへ来い」

「いや待って欲しいッへべあっ!?」

「――とりあえず、これで怖い変態は消えた。彼恋、何が疑問だ?」

「相変わらず、木枯は容赦ねぇなぁ……。ボウズ、悲鳴も上げられずにのたうちまわっとるぞ」

「…………ッ!? …………ッ!?」

「え、えっと……」


 鞘に納められたままの刀で思い切り殴られ、床をのたうちまわっている正好のほうを窺いながら、彼恋が言葉を紡ぐ。


「本当に、その、先生がいたのかな、って……」

「ふむ。貴様も八坂と蒼雅の報告を疑うのか?」

「そ、そうじゃないです、疑ってなんかいません。影くんも、隼騎くんも、凄い人だし、優しくしてくれるし、いい人だし……」


 どんどん声が尻すぼみになっていく。そのことに自分で気付いたのか、彼恋は顔を上げ、深呼吸を繰り返すと、言葉を紡ぎ始めた。


「その、先生が……どうして、シベリアなんかにいるのかな、って……私たちを放り出して、何してるのかな、って……」

「……それは」

「――それはわからない」


 響き渡った声に、全員がそちらを見た。そこにいたのは、二人の男女。その姿を認め、すぐさま全員が膝を折って首を垂れる。


「御方!」


 全員が同時に声を張り上げた。その声を受け、女性の方――海のような蒼さを携えた少女が頷く。


「うん。みんな元気そうで何よりです」

「遅れてすまなかった。少々鎮圧に手間取ってしまってな」


 女性――大日本帝国の頂点に立つ存在、『帝』の手を引きながらそんなことを口にしたのは、黒髪の青年だった。腰に差すのは大小二振りの刀。

 全員が、その青年に対しても首を垂れる。僅か齢二十かそこらの青年を、全員が戴いていた。


《七神将》第一位、《武神》――藤堂暁(とうどうあきら)


 御三家の筆頭、藤堂家の若き当主にして、現在の大日本帝国軍の頂点に立つ青年だ。その背に背負うのは、『覇』の一文字。


「さて、それでは会議を始めよう。議題は二つだ。水尭の疑問にも答えたいところだが、そちらよりも先に話し合わなければならない案件がある。――《七神将》の空席、第七位に誰を据えるかだ」


 帝が上座へ座ると、暁はその隣に控えるように立ち、そんな言葉を紡いだ。帝が頷く。


「この二年、彼女が遺してくれた情報を元に我が王位を簒奪せんとした反抗勢力の鎮圧はほとんど完了しました。皆さんも知ってのとおり、我が国は他国を支配することはせず、その上にただ君臨するだけです。……これより、世界は激動の時代を迎えます。我らが悲願のためにも、《七神将》を揃えることは急務です」

「そうは言っても、資格無き者を据えるわけにはいかない。ただ、今後しばらくはこの国の地盤を固めていくことになる。その間にできれば決めておきたい。誰か、心当たりはないか?」


 暁の問いかけ。それに、それぞれが口を開いた。


「私の部下からならば、〝奏者〟であるならば喜咲博雅。そうでないならば八坂影という者がいる。もっとも、その二人は未熟者。将来的には可能性があっても、現時点では《七神将》は背負えん」

「俺んとこなら、柴村のおっさんッスかね」

「天元か? だがボウズおめぇ、アイツはなる気がねぇだろ?」

「おやっさんの言う通りッスね。なんで、誰もいません。……おやっさんの方は?」

「背負えるほど骨のあるヤツぁいねぇなぁ。入れたところで足引っ張るだけのひよっこばかりだ」

「紫央殿にかかれば、俺とて小僧でしょう?」

「おっと、いやいや。大将は別だ」


 暁の言葉に、千利は苦笑を漏らした。暁が苦笑を浮かべ、頷く。その横では、帝が彼恋へと声をかけていた。


「では、彼恋は如何ですか?」

「えっ、み、帝様!?」

「そうかしこまらずに。どなたか、おりませんか?」

「えっと、そ、蒼騎くんなら……」

「――蒼雅隼騎。成程、有能と聞いているな。どうですか、木枯さん」


 奏者であり、同時に特別管理官という特殊な役職を十分にこなす人物。その人物について、暁は木枯へと意見を求めた。木枯が頷く。


「実力は申し分なしだ。しかし、今は時期が悪い。あの男は枢密院に寄り過ぎている。バランスを保つためにも、枢密院との力関係は少しずつ調整していく必要がある以上、今はやめておいた方がいい……と、すまない。大将に対し、上から物をを言ってしまいました」

「いえ……木枯さんは俺の師匠ですから」

「弟子に超えられた時点で、師匠面はできないものと存じますが」

「いえ。超えれてなどいません」


 暁は首を左右に振る。その上で、ふう、と息を吐いた。


「ならばこの件は今回も保留だ。……まあ、仕方がない。それよりも、今回わざわざ集まってもらったもう一つの案件の方が重要だ」


 暁が言い、部屋の空気が張り詰める。暁は一つ頷くと、言葉を紡いだ。


「出木天音……二年もの間姿を晦ましていた彼の者が、ようやく見つかった。俺たちは、何らかの答えを出さなければならない」

「彼の者が我が国にとって脅威となり、害悪となるのであれば……その首を落とさなければなりません」


 帝は言う。出木天音を捨て置くことはできないと。


「理由は読めない。意図もわからない。ならば、こちらはこちらの武士道を通す。滅私。主君のために命を賭すこと。俺たちが仕えるこの国にとって脅威となるのであれば、たとえかつての同胞であろうと――」


 刀が抜き放たれる。目にも止まらぬ速度で抜かれたそれを、暁は机へと突き刺した。


「――その首、地に落とすことも厭わん」


 言い切る。それを受け、全員が一度黙し、頷いた。

 出木天音。大戦において大日本帝国に多大な貢献をし、同時に多くのことを成し遂げてきた存在。善も悪も是も非も全てをごちゃ混ぜにしたようなその女性を、見極めなければならない。


「シベリアには俺が行く。他には誰か、行きたい者はいるか?」


 暁の問いかけ。それに対して応じたのは、木枯だった。


「帝、大将。……よろしければ、出木天音を見極める役目、この私へご命令ください」


 膝をつき、木枯が二人へと頭を下げた。暁が眉をひそめる。


「木枯さん。確か、貴女は先生とは親友だったはず」

「場合によってはその手で友を斬ることになるのですよ?」

「――友であるからこそです」


 頭を下げたまま、木枯は言った。


「友であるからこそ、その引導を渡すのは私の役目です。どうか、お願いします」


 両の拳を床に付き、木枯は言った。必死。それが容易にくみ取れる。

 故に。

 帝も暁も、その申し出を受け入れた。


「……わかりました。あなたに任せます、木枯。ただし、相手はあの天音です。そこで、私の提案です」


 提案。その一言に、全員が微妙な表情を浮かべた。だが、それに気付かない帝はそのまま言葉を紡ぐ。


「是非を見極めるのは、一人では難しい。そこで、です。――皆で行くのはどうでしょう?」

「はぁっ!?」


 声を上げたのは正好だった。しかし彼は暁・木枯・千利の三人に殺されそうな勢いで睨まれ、口を閉じる。だが、その疑問は全員に共通するものだった。

 それを代表するように、暁が帝へと問いかける。


「いきなり何を仰られているのですか?」

「相手はあの天音です。日本中を敵に回して尚、生き残り、私の喉元へ刃を突きつけた人ですよ? 木枯のことは信じていますが、それと同じくらい私は彼女も信じています。流石に一人では捕らえきれないでしょう。そこで、《七神将》全員で行けばいいのではないかと」

「……本気ですか?」

「無論、強制ではありませんが」


 頷く帝。暁はため息を吐いた。そのまま木枯へと視線を送る。木枯もまた、諦めたように頷いた。

 だが、帝の言うことも事実である。出木天音――二年前は《七神将》の位階のうち、二つを背負っていた英雄。しかしそれ以前は大日本帝国に牙を剥いた反抗勢力でもあった。幾度となく大日本帝国が殺そうとし、殺せなかった相手――結果として取り込むしかなかったその存在を捕まえるのは、確かに難しい。

 故に。


「……わかりました。予定通り、俺も参ります」

「アキちゃんは参加ですね? 他はどうします?」

「わし以外が行けばいいだろ」


 言ったのは、千利だった。手を振りつつ、千利は言葉を紡ぐ。


「わしぁ、歳だからな。流石にシベリアなんてとこには行きたくねぇ。けど、おめぇさんたちは行くべきだ。そうだろう?――いずれそこで戦争するかもしれねぇんだからな」

「……では、お任せします」


 暁が頷く。そして、《七神将》の長たる人物は宣言した。


「シベリア連邦に介入する。目的は、出木天音の是非を見極めること。もし、出木天音が大日本帝国にとって脅威、あるいは害悪となると判断したならば――斬り捨てる」


 その場の全員が頷く。その中で。


「では、私も準備をしなければ」


 帝が呟いた言葉に。

 全員が、動きを止めた。

というわけで、大日本帝国の七神将、その会話です。意外と阿呆です。

現在は七神と言いながらも五人しかおらず、


第一位、《武神》藤堂暁


第二、第三位《剣聖》神道木枯


第四位、水尭彼恋


第五位、本郷正好


第六位、紫央千利


この上に帝が君臨することで構成されています。そしてこのうち、水尭彼恋は桜みずき先生から。本郷正好はマサムネ・ナルタキ先生からいただきました!

ありがとうございます!


さてさて、極東の島国も絡んできて、ますます剣呑かつ、混沌の様相を呈してきましたシベリア編。お付き合いいただけると幸いです。

ありがとうございました!!

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