第十三話 生死の是非
殿を務めていたソラの部隊が首都に戻れたのは、一週間後だった。
「つっかれたぁ~~~~…………」
くたびれた制服で周囲に指示を出すソラ・ヤナギの側でへたり込んでいるのは、リィラだ。ソラは苦笑を漏らし、その頭を軽く撫でる。
「よくやってくれた。お疲れさん」
「……ん、もっと撫でて」
「よし、じゃあ俺は指示出しに行くからな?」
「意地悪や!」
「元気いっぱいじゃねぇかテメェ」
夫婦漫才のようなやり取り。それを見て、元々小隊のメンバーだった者たちは微笑み、新たにソラの指揮下に加わった者たちも苦笑を漏らしていた。
この一週間、精神を張り詰め続け、文字通り気の休まる時などなかったのだ。その中でもソラは誰よりも休むことをせず、常に動き続けていた。その彼が気を抜いている。それはつまり、終わったということだ。
「…………ん?」
しがみついてくる部下をどうやって引きはがそうか考えていると、不意に人影が視界に入った。部隊の者たちが、指示されたわけでもないのに道を開ける。
その先にいたのは、二人の男。一人は見覚えがないが、もう一人にはある。
「ご苦労だった」
朱里・アスリエル。
統治軍大佐、《赤獅子》と呼ばれる男がそこにいた。
「大佐殿、出迎え恐縮であります」
「構わん。お前たちに伝えることもあったからな。――ソラ・ヤナギ大尉及び、第十三遊撃小隊に辞令が下りた。本日付で、お前たちは俺の指揮下に入る。部隊名も第十三遊撃中隊へ変更。臨時で指揮下に入っていた者たちも、そのまま中隊へ配属される」
――ざわっ。
周囲にざわめきが広がった。ソラは眉をひそめ、問いかける。
「どういうことでしょうか?」
「懲罰部隊はもう、必要なくなったということだ」
ソラへと一歩だけ歩み寄り、朱里は言う。
「お前たち小隊がこの二年、相手取ってきたのは統治軍に対する反抗勢力だ。それはお前たちが誰よりも理解している。秘密裏に排除しなければならなかった者たちを排除してきたわけだな。だが、それも必要なくなった。叛乱軍――奴らの存在を、総督が認知した。危険分子だとな」
「……懲罰部隊としての側面は?」
「平時であるならば、問題のある者も目立つだろう。だが、ここから先、シベリアは戦場となる。いちいちその程度のことで騒ぐ必要はない。問題など、流血の前では些細なことだ」
朱里が言い切る。それと共に、ズンッ、という音が響いた。
後方で最後尾を務めていた〈ワルキューレ〉と〈クラウン〉が到着した音だ。
そこから、二人の少女と少年が下りてくる。
「……この俺が率いる部隊は、一番槍の役目を担う。最も苛烈であると同時に、最も地獄を見ることになる。お前たちに拒否権はない。兵士というのは死ぬことこそが任務だ。いいな?」
放たれた言葉。それに反論する言葉を持っていたとしても、誰も何も言わない。
言えるわけがない。
「了解しました」
ソラが頭を下げる。そのソラに対し、朱里の隣にいた青年が手を差し出した。
「あなたが、ソラ・ヤナギ大尉ですね?」
「はい。……あなたは?」
「蒼雅隼騎と申します。大日本帝国より、秘密裏に特使として参りました。……大尉については大佐よりお聞きし、興味がありまして」
「はぁ……」
気の抜けた声と共に、ソラは隼騎の手を握り返す。隼騎は笑った。
「興味深い方です。お会いできて何よりでした」
隼騎は手を離すと、一礼して一歩後ろへと下がった。ソラは疑問符を浮かべたが、それよりも気になることがあるとしてそれを無視する。
「大佐。……任務の予定は」
「二十四時間の休息の後、東へと出立する。準備しておけ」
「はっ」
頷く。それと共に、朱里は立ち去って行った。それを見送ってから、ソラは大きく欠伸をし、言葉を紡ぐ。
「聞いた通りだ。俺たちは正規部隊入り……名誉挽回は、できたみたいだぞ?」
その言葉が詭弁であることを。
その場の誰もが、理解していた。
◇ ◇ ◇
「ヒスイ、大丈夫?」
「…………ん」
朱里によって伝えられた辞令を受けた後、〈ワルキューレ〉と〈クラウン〉を筆頭とした装備を運び込み、アリスたちは一時の休息を与えられていた。第十三遊撃小隊――今は中隊となったが、変わらず使い続けている倉庫の片隅に、二人はいる。
「眠いの?」
「…………ん」
「なら、寝てもいいよ。支えてあげるから」
「…………ん」
小さく頷くと同時に、ヒスイは一瞬で眠りの世界に落ちてしまった。アリスは苦笑し、自身が着ている軍服の上着をヒスイにかける。上着を脱いだ状態は少々肌寒かったが、別にそれで良かった。
「…………」
ほうっ、と吐息を漏らし、アリスは中空を見上げる。思い出すのは、アルツフェムの攻防だ。
「……フェン、リル」
義賊集団――《氷狼》。あの時、首都で朱里が討ち果たしたはずの存在が生きていた。予測はしていた。実際にぶつかり合って、そうではないかという推測は立てていたのだから。
氷原の餓狼、フェンリル。
シベリアの希望。
それを前にして、自分ができることはたった一つ。
――殺すこと。
「私は……」
迷う。迷ってしまう。
戦わなければ、背負ったシベリア人たちの命がどうなるかわからない。しかし、戦って〈毘沙門天〉を――《氷狼》を殺すことになれば、それはシベリアに対する反逆だ。
《裏切り者》と呼ばれてきた。それでいいと思ってきた。
叛乱軍……まだ狼煙を上げる前の彼らとも幾度となく戦ってきた。二年もの間、ずっと。
どうしたらいいのだろう。
希望に対し、牙を剥くしかない自分は――……
「迷っているのかね?」
不意に届いた言葉に、アリスは顔を上げた。見上げたそこには、ドクター・マッドの姿がある。変わらず仮面のせいで顔の窺えないその男は、楽しそうに言葉を紡いだ。
「確かに、今の状況はキミにとっては辛い立場だろうねぇ。勝とうが負けようが、キミに待つのは死ぬことだけだ。くっくっく……ここまで救いがないというのも珍しい」
「…………」
アリスは唇を噛み、俯く。ドクターの言う通りだ。自分に待つのは、破滅の未来。
勝てば、シベリアという国は今度こそ滅びる。その果てに自分も死ぬか、邪魔者として排除されるだろう。
負ければ、そのままおそらくは《氷狼》によって殺される。
生き残る選択肢は――ない。
「また、俯くのかね?」
言葉を発しないアリスに、ドクターが問いかける。
「キミの現状に同情をしないといえば、正直嘘になるだろうねぇ。百人に聞けば百人が、キミのことを可哀想だと評する。もっとも、それはあくまで第三者の視点から見た場合のみ。統治軍の人間からすれば同情にさえ値しない。彼らはシベリア人を自分たちと同じ人間だとは思っていないのだからね。
しかし、しかしだ。キミは――この現状を受け入れたのではないのかね?
こうなることは容易に想像できる。聞けばキミは人並みの教育は受けているという話だ。ならば尚更、このような未来は想像できたはず。違うかね?」
ドクターは両手を広げ、楽しそうに言う。
「キミはこの場所を選び取ったのだ。こうなる未来を受け入れたのだ。聞けば、キミと同じ奏者であっても取引に応じず、収容所に送られた者もいるという話ではないかね? 彼らは危険だからねぇ……相当過酷な扱いを受けているだろうが、それでさえも彼らは選んだ道。
キミは今更何を惑うのかね?
この二年、ただただ戦ってきたのだろう? 必死に、決死で戦ってきたのだろう?
ならば、惑う意味などないはずだ。違うのかね?」
ドクターが、言い放つ。
「戦いたまえよ、《裏切り者》。それがキミの役目であり、任務だ。戦いの果てに死にたまえ。それでこそ、《裏切り者》の本懐だ。貫き通すものに、偽りなどありはしない。
しかし、キミは今のままで偽りだ。本物になりたまえよ、《裏切り者》?」
「……私は……」
吐息のような声が漏れた。迷いは消えない。ただただ、惑う。
その中で。
「……ドクター」
ヒスイが目を覚まし、その光のない瞳でドクターを見つめていた。
「……アリス苛めるの、駄目」
「安心したまえ、苛めてなどいないよ。弄って――待ちたまえヒスイ。懐から銃を取り出そうとするんじゃない」
ドクターが笑いながらそんな言葉を残し、まあ、と言葉を紡ぐ。
「決めるのはキミだ。キミには働いてもらわねば困るからね。ヒスイが懐いている以上、死んで貰うのも困る。精々、生き残ってくれたまえ」
背を向け、ドクターが立ち去っていく。それを見送った後、ヒスイが眠そうな目を擦りながら首を傾げて問いかけてきた。
「……大丈夫?」
「大丈夫」
努めて、笑顔を浮かべた。
何度、この嘘を吐くことになるのだろうかと、小さく思う。
◇ ◇ ◇
「……中尉の部屋、相変わらず質素ですねぇ……」
「あはは……」
出撃が四時間後に迫ったところで、自室で準備をしていたアリスのところへ来たリィラの言葉に、アリスは苦笑を漏らした。統治軍では士官以上の者は自室を与えられる。アリスは名目だけとはいえ士官であるため、専用の私室があった。
「持ち込むような物も、特にないから」
「せやけど、化粧品一つないんはどうかと思いますえ?」
周囲を見回しながら言うリィラの言葉に、アリスは更に苦笑を重ねる。少し前までアリスはリィラに対して敬語を使っていたのだが、階級のことも考え、ここ数日の中でなんとなく敬語を使わなくなっていた。
「軍人に化粧って必要かな?」
「必要ですよ~? ウチだって持ってますし」
ほら、と言ってポーチを取り出すリィラ。アリスは苦笑するしかない。
「邪魔にならない?」
「なりませんて。女はいつだって、自分を綺麗にすることを忘れたらアカンのですよ?」
「そうかなぁ……」
化粧をしたところで、見せる相手もいない自分には無縁だと思うのだが。
「まあ、今はそんな余裕もありませんけど。今日も仮眠中の隊長に夜這いに行ったんですけど、読まれてたみたいで行方不明でしたし」
「ええと、前から思ってたんだけど、リィラさんのそれって本気?」
「無論ですよ~」
あはは、とさも当然というようにリィラは笑う。
「ウチ、隊長に救われたんです。それ以来どうも、アカンくなってしもて。惚れちゃいました」
「そうなんだ……」
感嘆の吐息を漏らす。惚れた、という一言をここまで堂々と言えるリィラに、少し尊敬の念を抱いた。
自分はどうなのだろう。
あの人への感情は、そういうものだと思う。だが、それに確信を持てない自分もいる。
「……リィラさん」
「そのさん付けも別にええんですけど……なんですか?」
「私は、ここにいてもいいのかな?」
簡素な部屋を見渡す。必要最低限――いや、場合によってはそれさえも置いていない部屋。いつ死ぬかわからない上に、死ぬことを望まれている身だ。不必要なものはあっても仕方がない。
「叛乱軍が表立って出てきた今、私は……邪魔じゃないのかな」
邪魔。そう――邪魔だ。
叛乱軍。今は規模も小さいが、その存在は大きく知れ渡ることになった。どういう結末をこの国が迎えることになるかはわからない。しかし、わかっているのはシベリア人が反旗を翻したということだ。
その事実を前に、自分という存在がどういう意味を持つかは理解している。
「私はシベリア人だよ? 信用……できないでしょ?」
窺うように言葉を紡ぐが、それが真実だ。
自分のような存在は、きっと邪魔でしかない。
「裏切り者、って私は呼ばれてて。事実だと思う。私は、シベリアの人たちからすれば保身に走った《裏切り者》だから。でも、これからはその意味が変わってしまう」
「……ウチらにとっての、裏切り者に?」
「そういう意味でとられても、仕方ないと思うんだ」
アリスは苦笑を返した。そのまま、勿論、と言葉を続ける。
「裏切るつもりなんてない。私がいられる場所は、もうどこにもないから。一人で生きてきて、出会って、離れて、また一人になって……最後に辿り着いたのが、この場所」
「……中尉」
「帰る場所も、行ける場所もない私はここで朽ちていく。そう思ってきたし、そう思ってるよ。……ちょっと、ちょっとだけ、未練があるけれど。未練なんて、実際の生き死にには関係ないから」
死と未練に、関係はない。
ただ、ただ、それは隣り合わせなだけ。
未練がある事実と死なない事実は、関係がない。
「だけど、きっと周りはそう思ってくれない。ねぇ、リィラさん。教えて欲しいんだ。……私は、死んでしまった方がいいのかな?」
その時浮かべた笑みは。
まるで聖女のようであったと、後にリィラはそう語った。
「私が死ぬことで、囚われている人たちが救われる。戦いの果てに死ぬことで、私はようやく誰かのためになれる。……今までは、生きて戦っていても良かった。だけど、どうなのかな? もう、ここで終わってしまった方がいいのかな?」
死んでしまった方がいいのかな、とアリスはリィラに問いかけた。
死にたくはない。だが、結末がそれしかないのなら。
受け入れるしか、ないのではないかと。
「……中尉。ウチは――」
「おお、ここにいたのか二人共。探したぞ」
リィラの言葉を遮ったのは、ソラ・ヤナギだった。入口の方から顔を覗かせているソラは、そのまま二人へと言葉を紡ぐ。
「任務変更があった。急いで準備してくれ。一時間後、出立する」
「何かあったのですか?」
アリスの問いかけ。ソラはああ、と頷いた。
「ここより南東にある、スティス収容所が襲撃されていると連絡が入った。俺たちはこれに対し、援軍として出動する」
「援軍って……間に合うんですか?」
リィラが問いかける。スティス収容所……それは、アリスたちが現在いるここ首都モスクワとアルツフェム、そのほぼ中間の位置にある収容所だ。行くにしても時間がかかる。
「無論、間に合わん。収容所は落ちるだろう。だが、俺たちの目標はそこじゃない。奴らの目的は、収容所にいるシベリアの兵士だ。叛乱軍って言っても、数はそれほどのものじゃない。まずは数の確保に動くはずだ」
「しかし、間に合わないんですよね?」
首を傾げるアリス。まあ、無駄足を踏まされること自体は珍しくないので、問題ないのだが……。
「確かに襲撃には間に合わん。だが、奴らは撤退の際に襲撃の時とは違う荷物を抱え込むことになる。そこを叩く」
パシッ、という音を響かせ、自身の右拳を左手で受け止めるソラ。そのまま、彼は具体的な説明を始めた。
「収容所の兵士たちは、はっきり言って相当過酷な扱いを受けている。スティス収容所にいるのは約四千人……そんな奴らを連れての行軍ともなれば、どうしても動きは遅くなる。そこをぶっ叩けばいい」
「それが任務ゆーことですか?」
「ああ。ちなみにこれは上からの指示じゃない。統括官――アスリエル大佐の判断だ」
言い切ると、じゃあな、と言い残してソラは立ち去った。それを見送ってから、アリスは机の上に置かれていた拳銃を手に取る。
シベリア製のその銃は、統治軍では彼女しか使わない銃である。
それをホルスターにしまい、コートを着るアリス。準備はそれだけで終わる。そんなアリスに、リィラが何かに気付いたように問いかけた。
「中尉、あのぬいぐるみは何ですか?」
「えっ? ああ、これ?」
視線の先、継ぎ接ぎだらけのぬいぐるみをアリスは手に取る。
「自分で作ったの。その、こういうの、好きだから」
「はぁ~……凄いですねぇ」
「そんなことないよ、下手だしね」
言って、アリスはぬいぐるみを机の上に戻した。それはこの部屋にある、唯一の不要物。
「ずっと前からぬいぐるみは集めてたんだけど……全部、燃えちゃったから」
苦笑を零し。
アリスは、部屋を出た。
彼女の背を見送るのは、継ぎ接ぎだらけのぬいぐるみ。
まるで。
彼女の心のようだった。
◇ ◇ ◇
スティス収容所。城塞都市アルツフェムと首都モスクワの間に流れるテュール川より僅かに東側にある収容所だ。
収容されているのは、元シベリア軍の軍人たち。そこに、怒号が響き渡っていた。
「迎撃準備だ! 戦車を出せ!」
「増援要請を! 叛乱軍だ!」
「あのクソッタレ共!」
響き渡る怒声と共に、バタバタと外に向かって走っていく足音が聞こえてくる。それをやり過ごした後、護は通風孔から姿を現した。
「よっ……と。相変わらず、無茶な作戦を立てやがる」
「いつも通りだよ」
それに続き、レオンが護の隣に降り立ちつつ言葉を紡いだ。その背後から、クスクスという笑い声が届く。
「まさか、王女様率いる本隊を囮に僅か二十人で内部を制圧しようなどとは。面白い策を使いますねぇ」
「大丈夫なの、レオン?」
出木天音とレベッカ・アーノルドがそれぞれ言葉を零す。レオンは頷いた。
「前線では〈セント・エルモ〉が戦っていて、見える位置に〈毘沙門天〉を配置している。相手はそれを警戒して、その迎撃に力を裂く。内部制圧は難しくない」
「で、俺たちはどうすればいいんだ?」
後ろ――護たちを合わせ、二十人になる解放軍の者たちを見据えながら護は呟いた。今回の作戦は迅速な行動がカギとなる。解放軍の中でも腕利き、更には失敗した時には死ぬ覚悟がある者だけを招集した。
護としては、レベッカを連れてくる気はなかったのだが……本人が譲らず、ここにいる。
天音はいい。来ると思っていた。
「お前はとりあえず、ここの衛兵を潰せ。その間に俺たちは捕まっている兵士たちの解放に動く」
「成程、了解。じゃあ、俺は行くぞ」
「待て、護。お前と一緒に動く者が――」
「いらねぇ。一人の方が動きやすいし、それに……あれだ。少しでも早く、解放してやらないと駄目だろ」
収容所の兵士たちの扱いは過酷を極める。少しでも早く、解放しなければ。
「しかし」
「ならば、私が同行しましょう」
ガチャリ、という音を響かせる機関銃を片手に持ちながら、天音は言った。護は一瞥し、天音に背を向ける。
「どうせ駄目だっつっても付いて来るんだろ?」
「それはもう」
「なら、言っても無駄だろうが」
言い切り、護は歩き出す。最初は遅く、徐々に早く。
駆けて――往く。
「戦闘開始だ――」
眼前、こちらの姿を見て慌てている兵士がいる。先手必勝。両手で突撃銃を構え、その銃口を兵士へと向ける。
「――行くぞッ!!」
叫びと共に、引き金を絞る。
それが、合図だった。
◇ ◇ ◇
「あの馬鹿……!」
響き渡る銃声と、護と天音の二人を発見したが故の兵士たちの怒号。身を隠しながらそれを聞いていたレオンは舌打ちを零した。どこまで真っ直ぐだというのだ。
仕方ない、と呟き、レオン背後を振り返った。そのまま指示を出す。
「銃器は渡したな? 片っ端から同胞を解放する! 戦う意志がある者には銃を渡し、共に立ち上がるように呼びかけるんだ! 同胞を救い出すぞ!」
「「「はっ!」」」
「行くぞッ!」
叫びと共に、レオンは走り出す。彼が考えた作戦は単純だ。
まず、王女率いる本隊が正面から襲撃を仕掛け、相手の主力を引き付ける。その隙に内部へと少数精鋭の人員で乗り込み、混乱を起こしながら兵士たちを解放。襲撃をかける前、丸一日かけて内部に銃器を運び込んだ。ここに囚われている者たちは相当体力的に限界が近いだろうが、働いてもらう。
まずは解放。そののちに銃器を渡し、こちらの兵に加える。約四千人の兵士たちがいるのだ。内部制圧の後、背後から敵の部隊へと攻撃を仕掛ければ……それで挟み撃ち。制圧できる。
数の暴力というのは、戦場において最も頼りになる事実だ。それを以て、ここを解放する。
銃声が響き、怒号が響く。
もう、後戻りはできない。
◇ ◇ ◇
「解放軍だ! 助けに来たぞ!」
牢にかけられていた錠前を撃ち抜き、声を上げる。レオンの目論見通り、中の衛兵は少ない。この勢いであれば制圧は容易い。
「ああ、本当に来てくれたのか……」
「やっと、やっと……」
「耐えてきてよかった……」
そんな言葉を背に、引き金を引き絞る。狙うは指揮官の首。おそらく、兵たちが集まっている場所に指揮官がいる。
「急いで下がれ! 俺の仲間が待ってる!」
声を張り上げながら、しかし、前方から目を離すことはしない。すでに体も手も返り血に染まっていたが、気にする意味はなかった。
「さて、少年」
だが、流石に向こうも応戦を始めている。即席の防壁を盾に、粘ってきている。どうやって切り崩すか――そんなことを考えていると、背後から声が聞こえた。天音だ。
「何だ?」
「困っているようですね」
「困ってるわけじゃねぇけど、あれを突破すんのに苦労する」
思ったよりもこの収容所は広くない。大体の制圧は完了しているが、指揮官を討ち取らなければ意味がない。
「ふむ、ならば……こういうものはどうでしょう?」
言いつつ、天音が背負っていた木箱から何かを取り出した。それを見、護は目を丸くする。
「ロケットランチャー!?」
「使い捨ての小型ですがね。――爆発というのは、実に情緒がある」
笑み。直後、天音がその引き金を引いた。
轟音。オレンジ色の閃光と共に、火薬の臭いが撒き散らされる。護は即座に動いた。
「制圧する! 行くぞッ!」
大勢は、決まった。
◇ ◇ ◇
歓声が沸きあがる。スティス収容所の屋上で、歓声を上げる者たちを見下ろしながら護は息を吐いた。電光石火の襲撃。一度しか通じず、同時に一度だけでいい作戦。
「…………」
「初陣は見事な勝利でしたね、少年?」
振り返ると、そこでは天音が微笑を浮かべていた。護は彼女から目を逸らし、言葉を紡ぐ。
「俺じゃねぇよ。レオンだ」
「ふふっ、謙遜なさらず。青年も確かに良くやりましたが、一番に血を浴びたあなたは称賛されるべきでしょう」
「俺にはこれぐらいしかできねぇよ」
「それができる少年だからこそ、ここにいるのですよ」
「……そうかよ」
言いつつ、護は視線を西へと向けた。
灰色の空――常に雲に覆われたこの国においては見えないが、そこには首都モスクワがある。
必ず、と護は拳を握り締めた。
――必ず、辿り着く。
◇ ◇ ◇
第十三遊撃小隊から、中隊に名前が変わってからの初陣。その出陣が迫る時、リィラがアリスを呼び止めた。
「中尉」
呼ばれ、アリスは振り返る。リィラは、迷うようにしながら言葉を紡いだ。
「さっきの、問いかけの答えなんですけど……ウチは、頭良くないですから。せやから、こんな答えしか出せません。――死んでもええ人なんて、いないと思います」
だって、とリィラは言った。
「だって、そうやないですか。楽しいのも、辛いのも、幸せなのも、苦しいのも……全部、生きているからやないですか。だから中尉、生きていかなアカンと思います」
「……そう、だね」
自身の愛機――〈ワルキューレ〉へとその身を向けて。
アリスは、言った。
「生きていけたら、いいですね」
というわけで、戦闘スタートです。
ここから一気に状況を動かしていく予定です。ご期待頂ければと。
さてさて、アリス……ヒロインも色々と歪んでいますねぇ……。
ちなみに正規ルートならばアリス。
裏ルートならば天音、といったイメージです。
次回は久し振りに最強の神将騎が大暴れ。
ではでは、感想など頂けると幸いです。
ありがとうございました!!