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英雄譚―名も亡き墓標―  作者: アマネ・リィラ
シベリア動乱編―約束―
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第九話 戦う理由と、信じた想い


 自身の愛機であり、自身にしか扱えない機体――〈ワルキューレ〉。そのコックピットで、アリスは何度も深呼吸を繰り返した。これは、彼女がいつも戦闘前に行うことだ。


 ――『戦場では、冷静さを欠いた奴から死んでいく』


 隊長であるソラの言葉だ。彼もリィラも、自分などよりは遥かに経験が深い人物である。信頼もしている相手の言葉を、間違えるつもりはない。

 ――行きます。

 呟き、アリスは、前へ出た。先程の衝突により、距離が離れている。見たところ、相手の『鎧武者』には射撃武器の装備がない。〈ワルキューレ〉は近接格闘特化型。両腰にハンドガンがあるが、これは諸事情によってあまり多用できない。

 ツインブレイド――〝デュアルファング〟。ドクターが楽しそうに造り上げ、〈ワルキューレ〉専用の武装としてくれたそれを振り抜く。貰った当初は扱い切れるか疑問だったが、使ってみれば存外、扱いやすい。

 神将騎の全長は3、4メートルほど。これは決して大きくない。大型の戦車であれば、高さで並ぶものが存在する。

 ――だが、そのパワーはあらゆる兵器を凌駕する。


 ――――――――!!


 互いの刃の激突が、甲高い金属音となって大気を揺らす。鍔迫り合いはしない。してはいけない。相手には、ブースターというあの〈ブラッディペイン〉さえも押し切った加速装置があるのだ。

 故に、手数。ツインブレイドとは手数の武器だ。それで押し切る。


 ザギッギギガギガギンンガガァンッ!


 回転させ、遠心力を利用して連撃を叩き込む。だが、その全てを受け切られ、凌がれる。

 普通ならば焦るところ。しかし、アリスは焦らない。焦ってはならない。勝利条件は、味方の撤退まで時間を稼ぐことか、もしくは、相手を撤退に追い込むことなのだ。


「残り稼働時間は、47分……!」


 どうやってシステムを弄ったのか、〈ワルキューレ〉は通常の神将騎がエネルギー残量を示し、そこから残り時間を計算しなければならないところを直接時間で見られるようになっている。ヒスイの〈クラウン〉も同じらしい。コンピュータという装置らしいが、よくは知らない。

 だが、これでやりやすさが大きく変わる。意識を集中できるからだ。

『鎧武者』が刀を構え、こちらへ突きを放ってくる。神速の一撃。無駄がない、首都で見た〈フェンリル〉の一撃とよく似ていながら、しかし速さの次元が違う一撃が放たれる。


「はぁっ!」


 対し、〈ワルキューレ〉も踏み込んだ。こちらは柄を持った右手による、〝デュアルファング〟の一撃。

 バキッ、という音が響いた。互いに左肩の装甲を奪い合う。痛み分け。密着するほどに近付いた二機は、迂闊に動けない。そこへ。


 ドンッ!!


『鎧武者』が強引にブースターを吹かした。前方からの衝撃をこらえきれず、〈ワルキューレ〉が吹き飛ぶ。零距離から急に高速の車と衝突したようなものだ。駆け抜けた衝撃が全身を打ち、意識を揺らす。


「…………ッ!」


 だが、アリスは強引に目を開けた。目を閉じれば死ぬ。何があっても、目を閉じることだけはしてはいけない。それはそのまま死に直結する。これは、〝彼〟に教えてもらったことだ。

 故に。


 ――上ッ!


 ぼやける視界で、『鎧武者』を視認する。今の激突により、『鎧武者』は上へとかち上げられたらしい。

 勝機、とアリスは判断した。右手に〝デュアルファング〟を構えたまま、左腕でハンドガンを抜く。射撃は得意ではない。得意ではないが、これまで訓練は積んできている。

 撃つ。数は三発だ。アリスの所属する第十三遊撃小隊は、その立場上補給物資を受け取るのが後回しにされがちになる。武装でさえもだ。特にアリスはシベリア人ということもあり、弾丸の補充は滅多に許されない。

 ハンドガンの威力自体は大きくない。牽制程度だ。しかし、それでも意味はある。

 だが――『鎧武者』はそれを避けた。ブースターを吹かし、〈ワルキューレ〉の後方へと移動する。


 ――ズンッ!


 大質量が、〈ワルキューレ〉の後方で着地した。振り返る。見れば、『鎧武者』はいつの間にか刀を二本、抜いていた。

 対し、〈ワルキューレ〉も受ける構え。柄の部分から刃を二つに分けると、左右に一本ずつ、逆手で双剣を構える。


 ドンッ!


 再びブースターが火を噴いた。轟音と共に、一瞬で凄まじい速度へと加速した『鎧武者』が、こちらへと突っ込んでくる。


「…………ッ」


 アリスは動かない。頬を大汗が伝う。焦っては駄目だ。そもそもの出力に差がある以上、ぶつかり合えば負けるのはこちらだ。

 待つ、

 待つ、

 待つ――……



 ザギィン!!



 果たして、直撃は互いにダメージを残さなかった。衝突の瞬間、〈ワルキューレ〉は自ら後方へ僅かに飛び、上へと『鎧武者』の一撃を弾くことで、攻撃を受け流したのだ。

 一瞬の攻防。迷いなく相手はこちらのコックピットを狙ってきていた。心臓が、今更鼓動を早める。


「はっ……はっ……」


 汗が噴き出す。言うのは容易いが、実行は相当困難なことをアリスはやってのけたのだ。当然である。アリス・クラフトマンは実戦経験こそ二年という短きにしか積んでいないが、その二年で経験したのは全て必死の戦場。生き残ることにかけて、彼女に勝る〝奏者〟は多くない。

 荒れる息を鎮めつつ、アリスは『鎧武者』を見る。端に見えた稼働時間は――42分。

 あれだけの攻防で、経った時間は僅か5分。背筋を冷たい汗が伝った。

 今回、アリスたち第十三遊撃小隊は相当な強行軍でここまで来た。神将騎は時間経過でのみ、エネルギーを回復させる。急いだ行軍のせいでエネルギーが万全ではない〈ワルキューレ〉は、正直不利だ。

 どうする、と思う。本気で来られれば、こちらも全力で迎え撃つしかない。しかし、それで勝てる保証はない。


 ――『相手を退かせれば勝ちだ。今回はそれだけでいい』


 ソラの言葉を思い出す。討ち取るよりは撃退の方が確かに楽である。しかし、だからといって戦闘の密度や難易度が変わるわけではない。

 強い、とアリスは思った。

 故に、怖いと、そう思った。

 死ぬことが結末として、そうあるからこそここにいる自分。死んで役に立つ、そう役割を決められた存在。

 けれど――死ぬわけにはいかない。

 死ぬわけには、いかないのだ。

 ――約束のために。


「…………」


 息を吐き、前を見る。『鎧武者』は二刀を構え、ただ黙している。

 ――不意に、『鎧武者』が動いた。

 轟音を響かせ、後方へと飛びずさる。そのまま空中で目を翻すと、ブースターで加速し、一気にこちらと距離をとってしまった。


「待っ――」

『――中尉、止まれ』


 反射的に追おうとした体を、通信から聞こえてきた言葉が押し留めた。


『撤退は完了した。『鎧武者』は放っておいていい』

「……はい」


 隊長の言葉に頷く。それと共に、体から一気に力が抜けた。

 強かった。今まで相対したことがない、出力と操作技術。正直、あのまま戦っていたといって勝てたかどうか……。


『とりあえず、一応、しばらくは警戒してくれ。安全と判断したら戻ってきてくれて構わない』

「……了解しました」


 通信を切る。その中で、自分一人となったコックピットの中で、アリスは呟いた。


「……護さん」


 体が震える。恐怖からか、それとも別の何かか。

 震えが――収まらない。


「……助けて、ください……」


 その言葉は、誰にも届かず。

 空気の中へと、溶けていく。



◇ ◇ ◇



 中隊の本陣。今回の粛清のために相応の戦力を用意していたため、一応陣というものを構築していた。必要ないと当初は思われていたが、蓋を開けてみればこれだ。撤退してきた兵たちの休息、負傷兵たちの治療など、ソラの周囲は酷く慌ただしい。


「いやー、敗戦後ってのも大変ですねー。いっそ綺麗さっぱり全滅してくれた方がどれだけ楽か」

「くっくっ、そういうことは言わない方が良いのではないかね?」

「俺たちに注意払ってる奴なんていないでしょーよ。ま、確かに失言でしたけど。報告でもします?」

「まさか。私はキミと同意見だよ?」

「ですよねー」


 慌ただしい敗戦処理の声が響き渡る陣の一角で、煙草を咥えながらソラは隣のドクターとそんな会話をしていた。誰もが動き回る中で、二人だけがその場を動かず状況を眺めている。


「しかし、キミの部下は優秀だねぇ。指示を受けたわけでもないのに、的確に負傷兵を救護している」

「兵隊ってのは基本的に専門職ですが、うちの部隊は隊員全員が大体のことをこなしますよ。リィラなんて戦車操るは狙撃はするは救護はするわで」

「ほう、彼女はそこまで有能なのかね?」

「俺には過ぎた副官ですよ。……ドクターんとこのヒスイも、頑張ってるじゃないですか」

「……正直、あれについては私自身も驚いていてね」


 二人の視線の先にいるのは、その小さな体で救護のための機材や物資をあちこちへ運んでいるヒスイの姿だ。

 二年前、初めてあの少年を見た時はこんなことを進んでする風に感じなかったが――


「最近、ヒスイはアリスくんに懐いているようでねぇ。その影響かもしれないね」

「いい傾向じゃないですか」

「全くだね。人として生きる以上、感情と思考は必要不可欠なものだ。……まあ、その感情というものを私の手で目覚めさせることが出来なかったのは、少々残念だがね」

「あんたじゃ無理でしょう? 人でなし」

「キミが言うかね?」

「同族嫌悪です」


 言い捨てる。そんな軽い会話を交わしながら、それにしても、とソラは思う。

 ……無能な上官の下についた兵士は、哀れだねぇ。

 窮鼠猫を噛む、という言葉がある。追い詰められた者は何をするかわからないという言葉だ。今のシベリア人は、まさにその状況にある。


「ドクター、知ってますか? 国を奪ったら、することは二つしかないんですよ」

「ほう、何かね?」

「綺麗さっぱり滅ぼすか、若しくはすべてを与えるか。二つに一つなんですよ、本来はね。ですが、EUはそうしなかった。そこらじゅうで火種が燻ってますよ、この国は」

「道理だね。中途半端だよ、EUの――この世界がしていることは。甘すぎる。少しは大日本帝国を見習ってほしいものだ」

「本当に、仰る通りで」


 大日本帝国。大戦においてその国は、敵に一度たりとも降伏を迫ることをしなかった。蹂躙――そう、文字通りの蹂躙だ。大日本帝国が暴れたEU南部の未開の大陸、ガリア大陸や中華帝国、シベリア連邦において、その攻撃を受けた場所は悉く塵とされているらしい。

 日本はシベリアへの侵攻は途中で止めたが、中華帝国に関してはその限りではない。しかし、聞くところによると、日本は相談役としての人員を派遣こそしているものの、中華帝国の治世についてはそこまで干渉していないらしい。これをEUの貴族や政治家どもは不思議がっていたが、ソラには日本の意図が理解できる。

 ……他国の人間が支配することを、その国の民は受け入れない。

 故にこそ、日本は敢えて干渉しないのだ。利用はする。しかし、干渉はしない。そういう形をとっている。

 だが、統治軍は――



「ええい、大尉はどこだ!?」



 不意に声が聞こえた。見れば、陣の中央で手当ても中途のままに騒いでいる男がいる。階級章は……少佐。おそらく、この中隊の指揮官だろう。


「少佐殿、まだ手当が……!」

「黙れ! 掃き溜め部隊の者が私に意見をするな! 貴様らの隊長はどこだ!」


 少佐を止めようとしているのは、ソラの部下だった。ソラはため息を吐くと、タバコを投げ捨てて軽く手を挙げる。


「ここです、少佐殿」

「貴様っ!!」


 言った瞬間、少佐が詰め寄り、ソラの胸倉を掴んだ。そのまま、まくしたてるように喚き散らす。


「貴様、撤退を指示したそうだな! 何故だ!」

「何故って、状況的に仕方ないと思いますが」


 胸倉を掴まれながらも、ソラは平然と応じる。そう、ソラは〈ワルキューレ〉の出陣と同時に中隊へと撤退の指示を送っていた。手を出すなといわれていたが、流石に目の前で全滅されてはソラも色々と面倒なことになる。それ故にだ。

 しかし、目の前の男はそれが気に入らないらしい。


「相手は神将騎を出してきました。想定外の戦力です。ここは立て直しを図るべきでは?」

「貴様のところに《裏切り者》の奏者がいるだろうが! 奴にこのまま追撃させろ! 我が中隊も追撃をかける!」

「戦車と神将騎が全滅した状態で、ですか?」

「奴らは所詮、敗戦国の女子供! あの神将騎とて亡霊に過ぎん! 討ち滅ぼせる!」


 少佐が手を放す。そのまま、周囲に向かって声を張り上げた。


「貴様らさっさと立て! 銃をとれ! 統治軍に逆らった報いを受けさせるぞ!」


 言うが、少佐の言う通りには誰も動かない。誰もが俯き、目を逸らす。

 それを見、少佐は更に怒りを募らせ、叫ぶ。


「突撃だ! クズ共を殲滅して来い! 命令だぞ! 貴様ら命令違反をするつもりか!」


 誰も動かない。ソラはため息を吐いた。そして、その背中へと声をかける。


「少佐殿」

「何だ、貴様もさっさと突撃しろ! 貴様の隊を動かせ!」

「……知ってますか? 戦場における士官の死因の二割は――」


 タンッ


 渇いた音。少佐の頭が吹き飛び、その中身が飛び散る。頭部を失った体は、無様に地面へと倒れた。


「――部下の射殺らしい……って、聞こえてないか」

「うむ、見事なヘッドショットだね。――リィラくんか」

「流石は俺が一番信頼する部下です。言う前にやってくれました」


 誰もが動きを止めた中、ソラが笑う。先程まで慌ただしさであちこちから怒号が聞こえていたというのに、その音が一切止んでいた。


「――さて」


 声が響く。ソラの声だ。ソラは物言わぬ死体となった少佐のところへと歩いていくと、血に汚れることも厭わずにその首に下げられていたタグをとる。軍人が全員着用している――例外もあるが――個人認識のタグだ。


「レス・ゲーバス少佐、ね。――少佐の副官は誰ですか?」


 声を張り上げる。すると、近くにいた兵士の一人が、負傷した右腕を押さえながら前へと歩み出てきた。


「……戦死されております」

「あ、そう。じゃあ、生きてる人の中で一番階級が高いのは?」

「自分です。ですが、自分は中尉ですので……」

「ああ、俺よか下か。といっても、俺の階級なんて名目だけだし、気にしなくてもいいですよ?」


 言うが、目の前の兵士は首を左右に振るだけだ。おそらく、状況が理解できていないのだろう。まあ、目の前で指揮官がいきなり殺されたのだから当然だが。

 ふむ、とソラは顎に手を当てて考え込む。そのソラに、背後からドクターが声をかけた。


「隊長。皆、キミの言葉を待っているようだよ? 答えるのも指揮官の務めではないかね?」

「んー、どうでしょうね」

「謙遜するものではないよ、ソラ・ヤナギ大尉。掃き溜め部隊の隊長であろうと何であろうと、キミの肩書きが『大尉』であり、この場において一番階級が高いのは事実だ。確かにキミはこの中隊には関わりがない。しかし、しかしだよ、ソラ・ヤナギ。

 ――そこの男を殺させたのは、否、殺したのはキミだ。違うかね?」

「仰る通りで」


 ソラが肩を竦める。ドクターが、くっくっ、と笑った。


「ならばどうすべきか、キミはわかっているだろう?」

「ホンット……嫌な性格してますよねぇ……?」

「褒め言葉と受け取っておこう」


 背後で笑うドクター。ソラはため息を吐くと、パンッ、と手を叩いた。全員の視線がソラに集まる。数が減ったとはいえ、元々が中隊だ。百人以上の人数がソラを見ている。


「さて、最初に言っておこうか。『少佐殿は流れ弾で死んだ』んだ。ここは陣の中とはいえ、戦闘は近くで行われている。弾が飛んできても不思議じゃない。そしてもう一つ。この場にいる奴らはもう安全だ。少佐殿の犠牲を含めた敗戦だが――これだけ生き残れたのは僥倖だろう」


 誰も、言葉を発しない。その中でソラは言葉を続ける。


「さて、ここからが本題だ。今のお前たちには、三つの選択肢がある。一つ目は、このまま撤退して基地へ逃げ帰ること。だが、これはお勧めしない。正直、辛いぞ?

 いいか、お前ら? そもそも、そもそもだぞ? 戦車を用意し、神将騎まで用意して――お前らは本来、抗う力がない女子供にどんな結果を見た? 惨めな惨めな敗戦だ。『鎧武者』が現れた? 言い訳にならんさ、そんなこと。こっちにだって神将騎はいて、しかも四機もいたんだからな。

 残念なことだ。本国からわざわざこっちに来てキャリアを積もうとしてたのが、哀れにも無能者扱い。これは地獄だぞ~? だってお前ら、女子供すらも殺せなかったんだもんな?」

「くくっ、嗚呼、嗚呼、哀れだねぇ! 愚かだねぇ! 人を殺すが軍人の責務にして存在価値! だというのに! ここにいるキミたちは力を持たぬ者に殺されるというのだから! しかも、しかもだよ!? 殺されたというのにこちらは殺していないとは! 無能ここに極まれりだ!」

「窮鼠猫を噛む、とは言うけどな。どちらにせよ、明るい未来なんざ待ってはいない。で、二つ目。これは少佐が言ったように今からあいつらを追撃するってやつだ。これもお勧めはせんね。相手には神将騎。こっちには戦車さえない。俺たちは協力できんし、余計無理だろ」


 幾人かが見開いた目でこちらを見る。何故、協力できないのか――そう顔に書いてある。

 ソラは息を吐くと、あのな、と言葉を紡いだ。


「俺たち第十三遊撃小隊の任務は、『必要ならば』中隊の援護をし、その後にアルツフェムへ向かうというもの。だが、ここで俺たちは中佐に『必要ない』と言われている。〈ワルキューレ〉の出陣も、俺たち自身が危険だから出ただけに過ぎん。そんで、その指示を変えられる指揮官は二人とも死亡――それでもやりたいってんなら止めんがな。好きにしてくれ」

「――ソラくん。連絡が入ったよ。森には無数のブービートラップが配置されているようだ。くっく、どうやら相当な手練れがいるようだねぇ……?」

「女子供と神将騎一機で統治軍の中隊を無傷で撃退するような奴だ。相当なバケモンでもいるんじゃないですか?」

「かもしれんね。……おや、どうしたのかね諸君? 追撃はしないのかね?」


 くねくねと気持ちの悪い動きをしながら、ドクターが周囲に問いかける。答える者はいない。


「さて、最後の三つ目だが。これは、俺に指揮権を一時的に譲渡し、アルツフェムへ行くという選択肢だ。おススメだぞ。なんせ、統治軍の総督と将軍がいる戦場だ。名誉挽回の機会なんざゴロゴロある。……ああ。聞いてなかったかもしれんがな、今アルツフェムで統治軍の連隊と反乱軍が衝突してる」


 陣がざわめき始める。ソラは笑みを浮かべ、更に言葉を続けた。


「おそらく『鎧武者』と村の連中はそこへ向かう。なら、援軍としてアルツフェムへ参戦し、名誉挽回のために戦うのも選択肢だろう?」

「ふむ。だが、それは難しいのではないかね? 彼らは基地からの派遣だ。いきなりキミが指揮権を預かるのもおかしいだろう?」

「それは大丈夫です。あくまで臨時ですから。んー、そうですね……少佐とその副官が早急に戦死し、指揮系統が混乱。結果、少佐を殺した『鎧武者』が暴れまわり、中隊は被害を被った。その後、こちらが立て直す前に『鎧武者』が逃亡、おそらくアルツフェムへ向かうと判断したため、増援に――とかどうでしょう?」

「敗戦の責任を死者に押し付けると?」

「死人に口なし。ここにいる人たちが黙ってれば、バレることもないでしょう?」

「ふむ。道理だね」

「てなわけで。どうでしょうか?」



 ――ズンッ!!



 ソラが言い切った瞬間、凄まじい振動が地面を揺らした。見れば、〈ワルキューレ〉が帰還したらしい。ソラの背後へ、膝を折った状態で〈ワルキューレ〉が沈黙していた。


「……ナイスタイミング」


 誰にも聞こえないように、ソラは呟く。そして、両手を広げて宣言した。


「さあ選べ! 他人に謗られ、生き恥を晒すために逃げ帰るか! 追撃し、敗戦国の女子供に殺されるという不名誉な死を迎えるか! 俺の指揮下に入り、『鎧武者』の討伐という大義名分を引っ提げて戦場に散り、名誉挽回を図るか! 選べ!」


 ソラの声。それが響き渡ると同時に、〈ワルキューレ〉から一人の少女が下りてきた。

 白い、雪のような色をした髪と、灰色の瞳。統治軍の軍服を纏うその少女は、シベリア人でありながらも統治軍へと席を置く《裏切り者》――アリス・クラフトマン。

 全員が、その少女へと視線を向ける。それを理解し、ソラは言葉を続けた。


「……俺たちの部隊はな、知っての通り、掃き溜めの懲罰部隊だ。問題がある奴らしか配属されず、その行動は統治軍の行軍に記録されることはない。今回、ここにいるアリス・クラフトマン中尉はお前たちを救った。それを不名誉と思うかどうかは知らん。どうでもいい。だが、覚えておけ。

 ――中尉は、お前たちを救ったという事実さえも記録されない」


 第十三遊撃小隊。

 それは存在していながら存在していない部隊。その記録はどこにも残らない。


「お前らがこのまま基地逃げ帰った後の結末は、『俺たち』だ。死んでもいいと判断されたらここに送り込まれる。惨めだぞ、本当に。どれだけ結果を残そうが、その全てを正規の部隊に持っていかれる。その上で、侮蔑だの嘲笑だのに毎日毎日晒される。誰よりも死に場所に近い場所で戦い、人を殺してるのにだ。

 そんな未来がいいってんなら、来い。面倒見てやる。地獄を見るし、底辺というものがどういうものかを知るいい機会だ。今回の増援だって、俺たちは『捨て駒』として呼ばれてる。簡単に死ぬ気はないが、上は『死んでもいい』と思って指示を出してくるだろう。

 さあ、どうする? 俺は選択肢を用意した。選ぶのはお前らだ」


 右掌を上へ向け、前へと差し出す。しかし、応じる言葉はない。

 その最中、小さな声が聞こえた。


「……アリス」


 ヒスイだ。小柄な体で、ヒスイはアリスの下へ走り寄る。ソラは、その様子を横目に言葉を紡いだ。


「実感が湧かないか? なら、言ってやろう。この二人は〝奏者〟だ。知っての通り、神将騎を操れる奏者という存在は一万人に一人しかいないとされる。その存在でさえ、この部隊に来るんだぞ? 女子供さえ殺せないお前らが俺の部隊に送られない道理はない」


 故に選べと、ソラは言った。


「お前らが俺たちを蔑んできたのは知ってる。その俺の指揮下に入るのが不服だっていうのもな。だが、このままだとお前ら本当に俺たちの部隊に配属されるぞ? 嫌だ、という一言を発するだけで銃殺刑になるような部隊にだ。それでいいというのなら構わんが、どうだ?」


 その場の兵士たちは、沈黙している。

 黙り込んでいる。


 それでも――



◇ ◇ ◇



「……お帰り」

「……うん。ただいま」


 出迎えてくれたヒスイの頭を撫でながら、微笑を浮かべてアリスは応じる。ヒスイは何かを感じたのか、アリスにしがみついて離れない。


「中尉、〈ワルキューレ〉はどれくらいで動かせる?」


 声をかけられた。見れば、そこにいるのは隊長であるソラ・ヤナギだ。先程まで何やらよくわからない演説をしていたが、決着が着いたらしい。

 アリスは頷き、ええと、と言葉を紡ぐ。


「フル稼働できるようにするには、半日くらいかかるかと……」

「……半日か。ならそれでいい。とりあえず、今からドクターと一緒に半日以内で〈ワルキューレ〉の調整をしてくれ。済み次第、俺たちはアルツフェムへ向かう」

「アルツフェム、ですか?」


 首を傾げる。その問いかけに応じたのは、ソラとは別の人物だった。


「ありゃ、聞いとりませんでしたか? アルツフェムに、反乱軍が籠城しとるんです。なんでも、シベリア連邦の第二王女を旗印にして集まったみたいですけど」

「第二王女……?」


 何故か手にスナイパーライフルを持ったリィラの言葉に、アリスは眉をひそめる。妙だ。シベリア連邦の王族は全員が処刑されているはずである。王女など、生き残っているはずがない。

 それを感じ取ったのか、リィラが苦笑を漏らした。そのまま言葉を続ける。


「まあ、多分飾りですよ王女なんて。何でもええんです、旗印になればね。ウチらにとって脅威なのは、反乱軍が存在しているという事実一点。やんな、隊長?」

「その通りだ。……リィラ、ナイスショットだったぞ」

「距離百メートルもありませんさかい、余裕ですよ」


 リィラが笑う。その中で、ヒスイがアリスの手を引いた。


「……アリス、大丈夫?」

「え、あ、大丈夫だよ?」


 慌てて言葉を返す。その様子を見、リィラが言葉を紡いだ。


「中尉、もしかして……反乱軍に、興味でも?」

「まあ、中尉はシベリア人だしな。祖国を奪還したいと思うか?」

「……いえ」


 二人の問いかけに、アリスは力なく首を横に振る。


「今更、私が国のために戦うなんて……できませんし、許されません」


 呟くように言う。そうだ。自分は所詮、《裏切り者》だ。

 国を裏切り、統治軍の側へと付いた。そんな自分が今更、祖国がどうこうなどというのは片腹痛い。


「私の居場所は、ここだけですから」


 戦って、死ぬための場所。

 それが――アリス・クラフトマンの居場所だ。


「……ならいいけどな」


 どこか疑わしげなソラの視線。ソラは、そのまま言葉を続けた。


「さて、それじゃあ、アルツフェムへ行くぞ。準備しておけよ」

「りょーかいっ」


 リィラが歩き出し、ソラもこの場を離れようとする。その背中に、アリスは声をかけた。


「あの、隊長。報告したいことが――」


 言う。感じたことを。

 あの『鎧武者』との戦いで、見たことを。


「――おそらくですが、『鎧武者』の奏者は、〈フェンリル〉の奏者と同一かと」

「だろうな」


 存外あっさり、ソラは頷く。


「奏者なんざそうそういるもんじゃなし。ま、誰だろうと変わらんさ。敵に違いはない。じゃあ、中尉。頼むぞ」


 合理的な言葉を残し、ソラは立ち去る。その背中を見送ってから、アリスは小さく吐息を零す。

 ……私は、今更。

 もう戻れないのだと、自らへと言い聞かせた。



◇ ◇ ◇



 深い森の一角。窪地となり、洞窟がある一角に〈毘沙門天〉を隠し、一行は僅かな休息をとっていた。このような生活を毎日続けていた護やその細身からは想像できない体力を誇る天音はともかく、他の者たちは厳しい環境に晒され続けてきた女子供に老人だ。強行軍には耐えられない。


「指示通り、トラップを仕掛けてきた」

「ご苦労様です」


 天音に渡された爆弾のトラップを取り付けてきた護に、天音が微笑して応じる。そのまま彼女は地図を広げると、さて、と言葉を紡いだ。


「一時間、休息をとった後に出発します。よろしいですね?」

「待て、一時間だと? 短過ぎる」

「おや。もう根を上げましたか、少年?」

「俺は大丈夫だ。けど、ここにいる人たちは違うだろ。迎え撃つための準備をする段階から、ほとんど休みなしに動いてるんだぞ? 少しは休ませるべきだ」


 言いながら、護は周囲を見る。誰もが疲れ切った顔をし、子供でさえもその表情が沈んでいる。中には、頭を抱えて震えている者がいるくらいだ。

 当然だと、護は思う。統治軍による支配は、決して楽な生活をシベリア人に許さなかった。働き手である男たちを奪われた中、文字通りに死に物狂いでこの極寒の地を生きていくしかなかったのだ。

 そこから、この数日で統治軍に襲われ、持ったこともない銃を手に、反旗を翻した。肉体的にも精神的にも、疲労はかなりのものである。

 護としては、少しでも落ち着けるように休んでもらうつもりだった。だが、天音がそれを拒否する。


「甘えたことを言うものではありませんよ、少年。問うたではありませんか、私たちは。彼らに、『選べ』とそう言ったではありませんか。辛いといいました。地獄だと申しました。まさか、この程度が限界だと? だというならば、どこまでも浅はか。待っていても誰も救ってはくれないんですよ。抗うと彼らが選んだ以上、この程度で根を上げて頂いては困ります」

「だが、見ればわかるだろ? この人たちは限界で」

「見ずともわかりますよ。抗うというのは、川魚と同じでしてね。流れに乗るのは容易く、どうしようもないくらいに楽なのです。しかし、流れに逆らうのは相当な力を必要とする――人を殺すことにも多大な力がいるのですから、まあ、耐えられる道理はないでしょうね」


 地図から目を離さないままに、天音は言った。護は、ふざけんな、と天音に詰め寄る。


「そこまでわかってて、それでも休ませねぇってのか!?」

「――少年、勘違いをしていませんか?」


 そこで初めて、天音は地図から目を離した。眼鏡の奥で輝く冷たい視線を護へと向け、天音は言葉を紡ぐ。


「そもそも私は、彼らを助ける気などなかった。時にリスクを負うことは必要でしょう。リスクの先にこそ、価値のある勝利と利益がある。しかし、今回はどう転ぼうと勝利にはならない戦。利益などどこにもない」

「んだと……!? テメェは人の命を何だと思ってんだ!」

「何とも。問いますが、少年。あなたは鬱陶しい羽虫を潰す時、いちいちその命のことを考えますか? 食事をする時、その生命について考えますか? 考えないでしょう? 私にとって人の命などその程度です。ああ、例外はいますよ? 少年、あなたはその例外です。死なれては困る」

「ふざけんな! だったらテメェは目の前で殺されてる人たちを見捨てられんのか!?」

「――見捨てますよ、それが必要ならば。そう思ってきましたし、事実、そうして生きてきました」


 護の激昂に対し、酷く冷静に天音は答えた。そのまま、天音は更に言葉を続ける。


「問うたはずですよ、少年。未来の一万人と、今の百人――どちらを選ぶのか、と。私は『未来』を選ぶ人間です。救うならば、より多くを救うのが私のやり方。それだけです」

「……人は、紙の上の数字じゃねぇ」


 拳を握り締め、護は言う。


「この人たちを見ろよ! その目で、その体で体感しろよ! 死んだら終わりなんだぞ!? もう何も言わないんだぞ!? 言いたかったことも、言えなかったことも――もう、何一つ届かないんだぞ!?」


 ズキン、と頭に頭痛が走った。一瞬、とある二人の面影が脳裏を過ぎる。

 ずっと変わらないと思っていた、両親の笑顔が――


「そうですね……人の命は足し算や引き算ではありません。しかし、少年。時に人はそうして生きていくしかない時があるのですよ」

「だが!」

「少年、理解しろとは言いません。しかし、そういう生き方もあると知っておきなさい。殺した相手を数で数えなければ、死なせた者を数で数えなければ、この身が押し潰されてしまうような生き方があるということを」


 そう言って、天音は微笑した。その微笑はいつもの、こちらを試すような余裕の笑みでなく。

 今にも泣きそうな、そんな――笑顔だった。

 ぐっ、と護は唇を引き結ぶ。その上で、天音に言った。


「そんな生き方、俺は認めねぇ」

「構いませんよ。ですが、少年。わかっているでしょう? 救える命など知れているのですよ。その全てが、いずれ必ず掌から零れ落ちていく。首都において、あなたは救えなかったではありませんか」

「…………ッ!!」


 ギリッ、と歯を食い縛る。殺された人と、目の前で殺されそうになっていた命を見捨てることが出来ず、飛び出したあの時。

 結局――護・アストラーデは、誰一人として救えなかった。

 結果は見なくてもわかる。あの状況で無事に済んだ者は、決して多くないはずだ。

 その全てを殺したのは護の行動であり、救えなかったのが護の力だ。


「――それでも」


 だが、歯を食い縛り、目を険しくしながらも。

 それでも、折れぬわけにはいかぬために――護は言う。


「それでも俺は、理不尽に泣く全ての人を救いたい」


 どうしようもないほどに、この世界は理不尽で、不条理だ。

 そんなことは知っているし、幾度となくそんな場面を目にしてきた。

 折れそうになった。壊れそうになった。けれど。

 ――それでも折れなかったし、壊れなかった。

 だから戦ってきたのだ。理不尽に対し、抗うために。諦観が人を殺す。護・アストラーデは、理不尽と不条理という絶望に、屈しないために。

 約束を――諦めないために。


「足りないのはわかってる。俺が弱いのも、情けないのも。けど――認めねぇ。俺が弱いことと、世界が理不尽なことは関係ねぇし、理不尽で苦しんでる奴が泣いてるのも関係ねぇだろうが。俺の力不足が! 誰かが泣く理由にはならねぇだろうが!」

「――青い、青いですよ少年。奏者であろうと英雄であろうと、救える命は知れています。あなたは人を殺して誰かを救うとそう言った。どうしようもない矛盾です。それはいずれあなたという存在を蝕む猛毒となり、あなたは地獄を目にする。それでもなお、あなたは叫ぶのですか?」

「難しいことはわからねぇ! ただ俺は! 目の前で泣いてる奴を見捨てねぇ!」


 見捨ててしまえば、見限ってしまえば。

 それは、自分という存在の否定になってしまうだろうから。


「……面白い」


 クスリと、天音が微笑を漏らした。そのまま、ならばと彼女は言う。


「その信念、守り切れますか?」

「守るんじゃねぇ。抱き続けるんだよ」

「それもよし。前にも言いましたが、その信念を違えたならば――私があなたを殺します」


 天音は言い切る。そして、さて、と言葉を紡いだ。


「休憩は三時間としましょう。それがギリギリのラインです。よろしいですね?」


 三時間――それでも短いが、しかし、天音の言う通りそれがデッドラインなのだろう。

 わかったと頷く。天音も頷き、彼女は再び地図へと視線を落とした。そして、呟く。


「……森を抜けると、川がありますね。少年、この川の規模はわかりますか?」

「テュール川か? 川幅は広いが、下流に行かなければそこまで深くはないぞ。水深は精々、太ももくらいだ」


 天音が指差す、テュール川というものについて知っていることを護は告げる。川幅は三、四キロもある大きな川だが、その水深は深くない。

 ふむ、と天音は頷いた。そして、告げる。


「ならば渡河自体はそこまで難しくなさそうですね。そこを越えると……アルツフェム、ですか」


 天音の地図――シベリア連邦の全体を示した地図の東の一角に、その都市はある。

 城塞都市アルツフェム。

 かつて――それこそ歴史の教科書に載るような以前はシベリア連邦に逆らった者たちが拠点にした場所らしく、三重の巨大な防壁が張られたその都市は、大戦までは圧倒的なまでの堅牢さを以てシベリア連邦東部の要だった。

 しかし、『アルツフェム』の虐殺において一番外側の第三障壁をイタリア・フランス連合軍が破り、その後、戦況が膠着していたところを大日本帝国の神将騎二機が一点突破で破壊。文字通り、敵味方もなく鏖の憂き目に遭い、それ以来廃墟と化しているという。

 天音はそこを指差し、言葉を紡いだ。


「おそらく、あなたの参謀はここへ向かえと暗に申したのではありませんか?」

「アルツフェムにか? 確かに、首都からは真東にあるが」


 あの日、首都で聞いたレオンの言葉を思い出す。確か、東へ向かえとだけあの男は言っていたのだが……。


「シベリア連邦最大の敗戦を経験した場所であり、大戦において『上海上陸作戦』に並ぶ、数百万人という規模の死者を出した『アルツフェムの虐殺』が起こった場所……情報によれば、統治軍の連隊もここへ向かっていたといいますし。何かがあるのは確実でしょうね」

「…………」


 無言で、地図を睨む。アルツフェム――どこよりも戦争の傷跡を残すその場所に、何があるというのか。

 護は、黙して空を見上げた。


 灰色の空が――広がっていた。



◇ ◇ ◇



 首都モスクワ。

 スラムの件もようやく片付き、総督不在の中でもドイツの名門貴族シュトレン家の当主として総督代理の任務を受けていたカルリーネは、《赤獅子》とまで謳われるイタリアの英雄、朱里・アスリエル大佐と共に総督室にいた。

 カルリーネは貴族でこそあるが、階級は大尉とそこまで高いわけではない。しかし彼女が総督代理という任務に就いているのは偏に総督であるイギリスの貴族、ウィリアム・ロバートの意向だ。

 ウィリアムは選民思想が強いことで有名な男である。貴族とは選ばれた人間であり、それ故に平民を導く義務があると考える男だ。少々偏った考えをする男だがその能力は確かに優秀で、イギリス女王エリザベスからは絶大な信頼を受けている。

 カルリーネとはその考え方から共感する部分がいくつもあり、それ故に今回もここを任された。

 しかし、カルリーネは軍事の面においても優秀ではあるが、その階級から誰もが納得して従うわけではない。自分より階級が低い者からの命令は、相手が貴族だからといってすんなり受け入れられるものではないのだ。

 そこで、朱里・アスリエルだ。

 彼は《赤獅子》という通り名が示すように、イタリアのみならず世界中で名が通った人物である。その人物がカルリーネと共に総督のいない間、統治軍を取り仕切る――これにより、今のところ表立った問題はなかった。

 そして、今。

 二人は、一人の客人と対面している。


「――大日本帝国からの特使、だと?」


 眉をひそめ、カルリーネは目の前にいる青年に問いかけた。黒髪短髪。日本人の特徴である、混じりっ気のない黒髪に、整った顔つきをしている。体は随分と細い。


「はい。残念ながら、非公式という形にこそなりますが」


 青年は言う。そして、ああ、と思い出したように呟いた。


「名乗るのが遅れましたね。申し訳ありません。――大日本帝国枢密院特別管理官をしております、蒼雅隼騎(そうがしゅんき)と申します」


 立ち上がり、隼騎は優雅に一礼した。礼儀作法を心得ている者の動きだ。

 カルリーネも朱里も、隼騎の名前は聞いていた。当然だ。身元のわからない者をここへ通すわけにはいかない。だが、こういう場では互いに名乗り、互いの立場を明確にしておくのが重要になる。


「私は統治軍大尉、今はここを離れられている総督の代理をしているカルリーネ・シュトレンだ。総督不在については、申し訳ない」

「いえ。事前の連絡はしていたとはいえ、そちらもお忙しい身です。それに、総督殿がおられるアルツフェムへは、別の者が向かっておりますので」


 隼騎が微笑を浮かべながら微笑む。その中で、朱里が口を開いた。


「俺は統治軍大佐、朱里・アスリエルだ。総督がアルツフェムへ行っていると言ったな? 他国の――それも、EUとは明確な交流を持たぬ大日本帝国の特使であるという貴様が、何故それを知っている?」


 敵意さえ滲ませた言葉だった。僅かな挑発も含まれた物言い。しかし、隼騎は苦笑して首を左右に振るだけである。


「それは機密です。申し訳ありませんが、答えられません」

「諜報員か」

「ノーコメントで」


 口元に指を当て、苦笑する隼騎。そのまま彼は、さて、と言葉を紡いだ。


「しかし、丁度良かった。我が主君――帝より、千年ドイツ大帝国と聖教イタリア宗主国へ書を預かっております」


 言って、隼騎は手紙を二通取り出した。それを机の上に並べる。


「内容は?」

「自分は存じておりません。ただこれは、帝と《七神将》が第一位、藤堂暁の連名書です」


 カルリーネは、封筒の片方を手に取る。そこには大日本帝国の印と、帝と《七神将》――世界最強国たる大日本帝国の軍事のトップであろう人物の印が押されていた。


「それで、わざわざ俺たちに何の用だ?」


 書簡を一瞥し、鋭い視線を隼騎に向けながら朱里が問う。


「総督がいる場所を知っているなら、俺たちのところへ来る必要はなかったはずだ。統治軍に要求があるなら、総督の方へ通せばいい。違うか?」

「……大日本帝国は、統治軍には興味がございません」


 一言。隼騎は言ってのけた。


「ご存じの通り、大日本帝国は他国との交流を絶っています。しかし、それはあくまで表向き。帝は『連盟』などの枠組みに縛られない、一対一の国同士の交流を望んでおられます」


 連盟――その言葉に、二人は眉をひそめた。浮かぶのは、一つの組織だ。

 国際連盟。合衆国アメリカが中心となって作った世界協調のための連盟だが、大日本帝国やEU内のいくつかの国が加盟していないこと、そして何より世界協調を謡いながら大戦を防げなかったとしてその存在の是非に疑問符が浮かべられている。


「多くの国が集まれば、そこで無用な駆け引きが発生します。それは不利益を生む。しかし、国同士ならば。確かに駆け引きは生まれますが、それは互いの国の利益のみを追求した故に生まれるもの。第三者の無用な横槍を受ける心配もございません」

「……成程」


 カルリーネが頷く。隼騎の言い分はわかる。理に適っているといえるだろう。

 大日本帝国という国に対する、一対一の交渉、いや、外交。本国に持ち帰れば、喰いつく者はきっと多い。


「わかった。国に伝えよう」

「……受けておこう。返事は後日になるが、いいな?」

「構いません。ただ、できるだけ非公開でお願いします。帝の意向でして」

「了解した」


 カルリーネが頷く。それを見て取った後、隼騎はさて、と言葉を紡いだ。


「枢密院としての任務はここまでです。次は特別管理官として統治軍へ一つ、お聞きしたいことがあります」


 言って、隼騎は一枚の写真を取り出した。そこに移っているのは、眼鏡をかけた女性だ。何かの作業をしているところなのか、笑顔を浮かべ、白衣を纏った姿で手に資料の束を有している。


「大日本帝国は、この女性を探しています。ご存じではありませんか?」

「いや……知らんな。大佐はどうですか?」

「俺も見たことがない。この人物がどうした?」


 問いかけ。隼騎は、はい、と頷いた。


「我が国より姿を消した人物で、多くは語れませんがこの二年間、ずっと探しております。お見かけしましたら、教えて頂けませんか?」

「ふむ、それほど重要な人物なのか?」

「はい。――そうですね、名前を告げておきます」


 言って、隼騎は名前を告げた。


「――出木、天音」

最新話です!

今回登場した蒼雅隼騎くんですが、オル=トロス・クラフト先生に考えて頂きました!

ありがとうございます!!

わ~! パチパチ!


さてさて、キャラも多くなってきた上に、どんどんダークな一面が出てきているこの作品。一応、軽いキャラ紹介を載せた方がいいのか思案中です。

アドバイスをお願いします。


ではでは、ありがとうございました!


感想、アドバイスなどお待ちしております!

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