王国の民の願いを捌く没落男爵令嬢、違和感を覚える
もしかしたら私は、この王国のいろいろな問題を一番よく知っている女性かもしれない。
一方で、私のことを知っている王国の人々は、そんなに多くはないだろうけれど。それに、問題を知ってはいるけれど、解決できる力があるわけでもない。
王国をより良くするという国王ヴィルヘルム陛下の意向により、広く国民からの意見を取り入れるために請願局が設置されたのが2年前のことで、私、リーゼロッテ・ヴァイゲルトはその仕分け係になった。
ヴァイゲルト男爵家の大きくもない領地が干ばつに見舞われて作物がほとんど採れなくなり、家の収入が激減したため、長女の私は仕事を探さないといけなくなった。
そこで、何でもいいから仕事をください、と王宮に押しかけたところ、宰相のアルノルト・エーレンベルク侯爵がちょうど新しい請願局の人員を探していたとかで、採用してくださったのだ。
ちなみにエーレンベルク侯爵領とヴァイゲルト男爵領は隣だ。エーレンベルク侯爵領は広大なので、隣人はたくさんいるのだけれど。
王国中の国民から、毎日たくさんの請願書が届く。
仕分け係の私はそれらに目を通して、必要な部署に仕分けして回すのだ。
だから、王国が今、どんな問題に悩まされているのか、私は知ることができる。
「仕分けは順調かい?」
そう声をかけてくるのは、アルノルト閣下だ。
お父上を早くに亡くし、若くして侯爵家を継ぎながら、その才覚を買われ、宰相に上り詰めた方だ。
その容姿も美麗で国民からの人気も高い。
請願局の仕組みを整えたのは、各関係部署と連携した内務局だが、そもそもの発案はアルノルト閣下からだと言われている。
「はい、今日も順調です」
私は微笑んで答えた。
「それはよかった。判断が難しいものがあれば、いつでも言って」
アルノルト閣下も微笑み返して、お優しい言葉をかけてくださった。
アルノルト閣下は才覚も見た目も優れている上に、人格者なのだ。
女性であれば誰だって憧れるような存在と、こんな近くでお話しできるとは私も幸運だ。その上、お給金もそれなりにいただけて、男爵家は何とか食いつなげているのだ。もしこの仕事に就けていなければ、間違いなく私は「男爵領を助けてください」と毎日請願書を出していただろう。
「おい、アルノルト」
せっかく私がうっとりしているところに、割り込んでくる方がいた。
「王家への不満はないだろうな」
請願局の居室に入ってきたのは、王太子フェリクス殿下だ。
「はい、殿下。王家への目立った不満は特にございません」
アルノルト閣下が答えた。
「その言い方は含みがあるな。王家への不満はなくとも、俺個人への不満はあるのか?」
フェリクス殿下は冗談めかして言った。
「……なくはないですな」
「そうか。誰が文句を言っているのか教えてくれるか?」
「それはできません。ほとんどが匿名ですし、そうでなくとも、身元を公にしないことを保証しているからこそ正直な請願が出てきているのです」
「……それはそうだな」
「申し訳ございません」
「まあ、いい。いずれ必ず状況は改善する」
「ありがとうございます」
「だが、おまえの望む形になるとは思うなよ」
そう言うと、にやりと笑みを浮かべてフェリクス殿下は去って行った。
フェリクス殿下もお顔の整った美男子ではいらっしゃるけれど、私はあまり好きではなかった。
向こうも、貧乏男爵令嬢の私には何の興味もないでしょうけれど。
※
私は新しく採用された同僚ミレーネとその日の仕分けを進めた。
国民にも請願局の存在が徐々に浸透してきたため、請願書の数が増えてきて、私一人では捌ききれなくなり、アルノルト閣下が雇ってくださったのだ。
まずは分担して黙々と仕分けを進める。
判断が難しいものがあれば二人で相談して決める。それでも判断ができないものや、明らかにどうしようもないものはまとめてアルノルト閣下にお渡しする。
『領地で盗賊被害が出ています。退治してください』
これは治安局ね。
『うちの娘は天才です。王宮で雇ってください』
これはボツね。……いえ、本当に天才かもしれないじゃない。王宮が必要とする人材だったらどうするのよ。文部局かしら。
『領主のアルノルト様に収穫祭で最初の麦を刈っていただきたい』
これは請願局じゃなくて直接侯爵邸に手紙を送ったら良いのでは? まあ、でも来てしまったから農務局かしら。
アルノルト様は今年も収穫祭で帰郷されるのかしら。
『干ばつの影響で作物が採れません。助けてください』
あ、うちの領地じゃないの……。恥ずかしい……。でもどうか何とかしてください、農務局様。
『領地に魔女が出て怖いので何とかして欲しい』
これは勘違いの可能性もあるけれど、何かある可能性もあるので、治安局。
『領主の税が重い』
これは必ずいつもあるのよね。去年から税は減らしているはずなのに……。税がゼロになるまで続くのでしょうね。……いえ、ゼロになっても、今度はお金をよこせとか言ってきそうだわ。
『お金をください』
ボツ。がんばって働いて。
『領主様に収穫祭の挨拶をお願いしたい。近くで見たいので、壇上ではなく畑で皆の前でお願いしたいです』
またアルノルト閣下のところの収穫祭ね。農務局か……儀礼に関することだから宗務局? うーん、でもアルノルト様がご本人で判断すべきことね。
『収穫祭で、昔ながらに皆で鎌を使って刈り取りをしたい。領主様も一緒に!』
また収穫祭? 毎年似たような要望は多いけれど、今年は妙に具体的な要望になっているわね。
これは儀式に関することだから宗務局かしら。
『最近隣に急に引っ越してきた人が気味悪い』
うーん、気味悪い程度だとどうなんでしょう……。一応、治安局。
『隣に引っ越してきた人がうるさい』
うーん……。治安局。
『領主様と結婚したい』
これはアルノルト閣下のところね。これであのお方と結婚できるなら私だって請願書出すわよ。ボツ。
『王位は王太子ではなく、第二王子殿下か宰相閣下が継承すべき』
これは……宮内局かしら。いえ、さすがにアルノルト様と相談したほうがいいわね。
『冬が気に食わないので無くして』
魔法局。……なんてない。ボツ。
『王太子殿下がお金を払ってくれない』
『王太子殿下に蹴られた』
『王太子を殺したい』
王太子三連発。領民に何をしているのかしらあの方は。治安局か宮内局か……。……アルノルト様で。
「ねえ、リーゼロッテさん」
ミレーネが声をかけてきた。
「どうしたの? 分からないのがあったかしら」
私が尋ねるとミレーネはくすくす笑った。
「こんな面白いのがあったんです」
そう言って、ミレーネがひとつの請願書を差し出してきた。
『うちの犬が立派なので、爵位をください』
私は思わず吹き出してしまった。
「犬に爵位を与えてどうするのよ。領地を運営させるつもりかしら」
「これもおかしくないですか?」
『まだ収穫前なのに、畑で鎌を振り回している変な人がいます。薄気味悪いです』
「何これ、怖い」
「え? おかしくないですか。収穫の練習ですかね?」
「確かに意味がわからないわ。そんなの治安局案件よ」
「それにしてもアルノルト閣下は人気がありますよね。これ見てくださいよ」
そう言ってミレーネが差し出した請願書にはこう書かれていた。
『宰相が国王になればいい』
「こんなのフェリクス殿下が見たら、憤慨してしまうわ……」
「破棄したほうがいいですよね」
私はふと何か嫌な予感に襲われた。
「ミレーネ、さっきの請願書って、どこの領地の請願?」
「犬はヴァイゲルト男爵領の領民からですよ。あ、リーゼロッテさんのところじゃないですか。もし犬が子爵にでもなったら、領地を取られちゃいますね」
「それじゃないわよ。もうひとつのほう」
ミレーネのつまらない冗談に、私は不機嫌に答えた。
「宰相を王様にとか、収穫祭関連のものはだいたいエーレンベルク侯爵領ですよ。侯爵領なんて王都より人が多いんですから、そうなりますよね」
「そうよね……。侯爵領で反乱でも起こすつもりなのかしら……?」
「やめてくださいよ、リーゼロッテさん。そんな物騒な。……ありえなくなさそうなのが怖いです」
……いや、違う。これは……別の可能性があるのでは……。
※
アルノルト閣下が、ご自身のエーレンベルク侯爵領の収穫祭のため、帰郷することになった。
「どうしても行かれるのですか、閣下」
「何だ、リーゼロッテ、私がいないのが寂しいのか?」
「そうではないのです。……いえ、まあ少し寂しいですけれど、そうではなくて……」
アルノルト閣下が優しい笑みを浮かべた。
「私もリーゼロッテの顔が見られないのは寂しいのだが、多くの領民にお願いされているからね。行かないと」
私に会えないのが寂しい、というのは少し嬉しかったけれど、今話したいのはそこではない。
「確かに請願書もたくさん来ていましたね。閣下は領民の方にとても好かれているのだと改めて思い知らされました」
そう言うと照れたように閣下は苦笑いした。
「領地のことは家宰に任せっきりで何もしていないんだけどねえ」
「家宰の方も閣下のご指示で動いていらっしゃるのですから、やはり閣下の人徳ですよ」
あと見た目もいいですからね、とは言わなかった。
「それはそうと請願書で気になることがあったのですが……」
「そういえば今年はえらく儀礼の内容に関する請願が多かったようだな」
「はい。あの、一通一通見た限りは何もおかしいものではないのですが……。いくつか組み合わせてみると違和感があるんです……。閣下、今年は収穫祭に行かないでいただけませんか?」
「……そういうわけにはいかないよ」
「私のことが信用できないのですか?」
「いや、リーゼロッテのことは誰よりも信用している」
「それなら……」
なおも止めようとする私を閣下が制した。
「そんなに心配するな」
そう言ってアルノルト閣下は笑った。
結局、私の制止を振り切るように、閣下は王宮を発った。
アルノルト閣下が、ご自身のエーレンベルク侯爵領の収穫祭の最中に暴漢に襲われたという知らせを受けたのは、その二日後だった。
※
私の嫌な予感は当たってしまった。
なぜもっと真剣になってアルノルト閣下の帰郷を止めなかったのだろうかと強く後悔した。
今、改めて請願書の内容を思い返すと、こうなることはわかっていたはずだ。
私が絶望に打ちひしがれているところに、ひとりの人物が現れ、私は恐怖に身がすくんでしまった。
「お……おばけ……。ち、治安局案件……。いえ、宗務局案件だわ……」
「何を言っているのだ。私は悪人でも悪霊でもないぞ。……たぶん」
「たぶん!? やっぱりおばけ! 誰かー!」
「おい、よしなさい。リーゼロッテ」
「だって、亡くなられたのではないですか?」
それは暴漢に襲われたはずのアルノルト閣下だった。
「おばけだと思うのなら、手を握ってみなさい」
アルノルト閣下が手を差し出してきたので、私は恐る恐るその手を握った。
温かい手だった。自然と私の目から涙が溢れた。
閣下は生きている……。
「やだ、私ったら……」
急に恥ずかしくなって、私はアルノルト閣下の手を慌てて放した。
「短い間離れていただけなのに、そこまで再会に感激してくれるとは、私も嬉しいよ」
「でも……なぜご無事なのですか……?」
「君のおかげだ、リーゼロッテ。君が警告してくれたからだよ。君のことはとても信用していると言っただろう?」
「えっ……?」
「君に言われて、いくつか請願書の内容を思い返すと、どうも私と領民の距離を縮めて、自然に武器まで手に取れる状況を作ろうとしているように思えてきてね。暴漢に襲われることも想定していたのだ。ただ、兵士や騎士を常に護衛につけると領民が怖がるからね、侯爵家の信頼できる剣士に農民の服を着せて私の近くで警戒してもらったのだ」
そう。そうなの。
今年はいつになく具体的な要望が多かった。
おそらく、アルノルト様を狙った者が手配したような請願書もあったはずで、あるいは不審な動きに気づいた領民もいただろう。
例えば、妙にアルノルト様との距離を縮めたがる請願書。
『領主のアルノルト様に収穫祭で最初の麦を刈っていただきたい』
『領主様に収穫祭の挨拶をお願いしたい。近くで見たいので、壇上ではなく畑で皆の前でお願いしたいです』
近づきながら、自然と武器——鎌まで持てるような状況を作れるようなものも……。
『収穫祭で、昔ながらに皆で鎌を使って刈り取りをしたい。領主様も一緒に!』
あるいは不審な人物を示唆するものも。
『最近隣に急に引っ越してきた人が気味悪い』
『まだ収穫前なのに、畑で鎌を振り回している変な人がいます。薄気味悪いです』
これなんか、アルノルト様を収穫祭で襲う練習でもしていたのではないかと今となっては思う。
アルノルト様はこれら全ての請願書に目を通していたわけではないだろうけれど、私の言葉を信頼してくれていたのだ。
「暴漢は捕まえたのですか?」
「ああ、収穫祭で、皆で麦を刈っていた最中に鎌で襲いかかってきたところを、侯爵家の剣士が取り押さえた」
「なぜ暴漢はアルノルト様を狙ったのですか?」
「その男はただの傭兵だった」
「雇われただけということですか? 誰に?」
「まだ口を割っていないよ」
「お心あたりはないのですか?」
「そんなに誰かに恨まれるようなことをした覚えがないのだけれど……」
「いえ……アルノルト様の問題はそこなんですよ。人徳者であり、皆に好かれすぎているんです」
「そんなことを言われてもな」
「今年は、一部の国民の本心が垣間見えるような、こんな請願書もたくさん来ていましたよね」
私は手元の請願書の一枚を手に取って差し出す。
そこには『宰相が国王になればいい』と記されていた。
「あるいは、『王位は王太子ではなく、第二王子殿下か宰相閣下が継承すべき』というものも多かったです。王位の継承権などお持ちでないのにもかかわらず」
「何が言いたいのだ?」
気づかない閣下に向かってため息をついた。
「人徳者だからといって、人のお気持ちがわかっているわけではないのですね……。閣下みたいに誰からも好かれるような方が嫌いな方もいるのだということです。『妬み』ですよ」
「『妬み』……? ではリーゼロッテ……」
「最も疑わしいのは王太子フェリクス殿下です。アルノルト閣下を賞賛する請願書ほどではないですが、それでも少ないとは言い切れないほど届いているのが、こんな請願書です」
私はまた別の請願書を手にして示した。
『王太子は早々に死んでほしい』
「王太子殿下を嫌う国民は多く、宰相閣下は大人気なんです。これらも見てみると、ただの仕分け係の私ですら、アルノルト様がまるで領民や国民を率いて反乱でも起こせそうな気がしてきてしまうのです。場合によっては、すでに計画が進んでいるのではないかと」
「そんなことをするわけがないだろう?」
「はい、アルノルト様がそんなことをするとはまったく思っていませんよ。ですが、フェリクス殿下には、この状況に危機感を抱いている可能性は高いと思います。しかし表立って、『人気があるから危険だ』という理由で宰相閣下を死刑でもすれば、それこそ国民が黙ってはいないでしょう。だから、鎌を持った農民たちに囲まれる収穫祭で、事故に見せかけて命を落とすような状況を作ろうとしたのではないでしょうか。もちろん、証拠はないのですが、フェリクス殿下が最も強い動機を持ちうると思うのです」
アルノルト閣下はじっと私の話を聞いていたが、やがて口を開いた。
「君はすごいな……」
「じゃあ、やっぱり……」
「君の推測は鋭い。実際に私が殺されていたら、そのストーリーどおりになっていた可能性は高いだろう。だが……」
そのとき、請願局の狭い居室の扉が勢いよく開いた。
※
「俺がアルノルトを殺そうとしているだと?」
請願局に入ってきたのは、フェリクス殿下だった。
私はあまりに驚いて、口が開いたまま、なかなか声が出せなかった。
「……聞いてらしたのですか?」
「ああ。『王太子など早々に死んでしまえ』のあたりからな」
「私の気持ちではないですよ! 請願書です」
フェリクス殿下はいたずらっぽく笑みを浮かべた。
「ははは。わかっている。だが、リーゼロッテ、おまえは間違えている。俺はアルノルトのことを殺そうなどとはしていない。なぜなら俺はアルノルトを誰よりも尊敬し、大好きだからだ」
「それはそれで気持ち悪いですね」
「何?」
「いえ、何でもございません」
私は頭を下げながら思った。——確かにこの人に妬みなどなさそうだ。
「リーゼロッテ、君には見えているようで、見えないこともあったようだ」
私は顔を上げてアルノルト閣下の顔を見た。
「見えていないことですか?」
「君は領民の想いは感じ取っているが、王宮内の人々のことはあまりわかっていないだろう? 国王ヴィルヘルム陛下や第二王子レオナルト殿下にお会いしたこともなければ、他の大臣級の人々との交流もない。王宮には様々な思惑が入り乱れているのだ」
「何が仰りたいのですか?」
私が尋ねると、横からフェリクス殿下が口を挟んできた。
「アルノルトを個人的に憎んでいる者など、王宮にもそうおらん。アルノルトの王家への忠誠を疑う者もいないだろう。少なくとも俺は、この男が王位を狙うなど想像もできん。だが一方で、俺を引きずり下ろしたいやつは多くいるということだ」
「じゃあ、フェリクス殿下をこき下ろすような請願書も……」
「おそらく犯人が捏造したものだろう。いや、捏造だと信じたい」
フェリクス殿下の表情に必死さが窺えた。
「殿下は、平民の方を蹴ったり、お金を払わずにものを取ったことはございますか?」
「あるわけないだろう。そもそも平民と近づく機会は限られているし、自分で買い物などしたことはない」
となると……確かにフェリクス殿下への誹謗中傷も捏造の可能性が高そうだ……。
「閣下はフェリクス殿下が王位を継承することを支持されているのですか?」
私はアルノルト閣下に尋ねた。
「ああ。もちろんだ。よほど問題がなければ王家の長男が王位を継ぐのが慣例であるし、フェリクス殿下は軽薄そうに見えて、聡明な方だ」
「おまえら……うっすら俺への侮辱を滲ませるのには何か意図があるのか?」
フェリクス殿下が口を挟んでくるが、本筋ではないので今は無視した。
「アルノルト閣下がフェリクス殿下を支持している限り、フェリクス殿下の王位継承者としての立場は揺るぎません……。だから、アルノルト閣下を殺害したうえで、それを、『人気を妬んだフェリクス殿下』の仕業に見せかけたら……」
「フェリクス殿下は地位も王位継承権も失いかねないな。最悪の場合、廃嫡だ」
私の言葉にアルノルト閣下はそう続けた。
「おい、勝手に人を廃嫡するな」
フェリクス殿下が邪魔してくるが、私たちはもう真相にあと一歩のところまで来ているのだ。
「そんなことを画策するのは、第二王子レオナルト殿下か、あるいはその支持者ということですか?」
私が言うと、アルノルト閣下が大きく頷いた。
「ただ、レオナルト殿下ご本人ではないだろう。あの方にそんな野心はない。むしろ、レオナルト殿下が王位を継承することで利益を得る者のやり方に思える」
「フェリクス殿下より、レオナルト殿下を王位に、と考える方なんてたくさんいらっしゃいますよね」
フェリクス殿下が「おい」と声をかけてくるが、本当に今は邪魔しないでほしい。
「ああ。だが、各領地の状況に詳しく、エーレンベルク侯爵領に人を送ることができる。それに、まだ新しい請願局の仕組みに詳しく、どのような請願書を送ればどう利用できるかわかっている人物はそう多くない。それに、請願局の設置にまで関わった人物といえばなおさらだ」
閣下はそう言った。
「閣下には思い当たる方がいらっしゃるのですか?」
私は息を呑んで尋ねる。
「内務卿か!」
そう叫んだのはフェリクス殿下だった。
※
アルノルト閣下とフェリクス殿下は、傭兵の身元と来歴、事件に関連した請願書の出どころをたどり、証拠を固めた。そのうえで、内務卿コンラート・ヴァルテンベルク侯爵は捕縛され、正式に裁定にかけられた。
裁定の結果、コンラート内務卿は解任となり、爵位も領地も没収された。
支持していた頼みの第二王子レオナルト殿下も、「私の名を使って、兄上や宰相を陥れるなど許せない」と強く非難したという。皮肉にも、レオナルト殿下を王位につけようとした行動によって、逆にレオナルト殿下のフェリクス殿下への支持を、より強固にする結果となった。
コンラート内務卿の犯行の動機は概ねアルノルト閣下とフェリクス殿下の想定どおりだった。けれど、コンラート内務卿は、アルノルト閣下には「本来内務局で取りまとめるべき国民の声を、請願局によって乗っ取った」と、フェリクス殿下には「国民と触れ合うこともせず世間知らずで国王に相応しくない」と、それぞれ糾弾したそうだ。
アルノルト閣下はともかく、フェリクス殿下への言及は、まあ妥当かもしれないな、と少し思ったが、閣下が支持をするのであれば、きっと良いところもあるのだろう。
裁定の状況をお話しくださった閣下に、私は尋ねた。
「閣下は、請願局に何かこだわりがあったのですか? 『乗っ取った』なんてことまで言われて……」
「ああ、国民の声を聞くことほど為政者にとって大事なことはないからね。そのうえ、君のようなすばらしい人材まで採用できたものだから、ますます愛着が湧いてね」
「嫌だわ、閣下ったら……。そんなお世辞はいいですよ」
そんなことを言われたら照れてしまう。
「お世辞などではないよ、リーゼロッテ。今回も君の果たしてくれた役割は大きかったね。結果的に、私の命だけでなく、フェリクス殿下の王位継承権まで守ってくれたのだから」
「殿下はおまけで、たまたまですよ。むしろ疑っていましたから」
「そう言うな。フェリクス殿下にも頼んで褒賞も考えるから」
「そんなもの要りませんよ」
「何だったら、男爵家の昇爵でも打診してみるぞ」
「要りませんよ。だって、アルノルト閣下とこんなに近くで一緒にお仕事させていただけているだけで、王国の女性にとって、これ以上の褒賞はありませんから」
「ではこれからもずっとそばにいてくれるか?」
「はい、もちろんです」
「……仕事だけとは限らないが、よいかな?」
「それはどういう……」
私がその意味をいろいろと考えて顔を赤くしているのを見て、アルノルト閣下はいつもの優しい笑みを浮かべていた。
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