「お前はもういらない」――役立たず扱いされた聖女ですが、私がいなくなったら王国中の騎士と魔導士が弱くなったそうです
感想で、聖女の派遣や契約についてご指摘をいただきました。
読み返してみると、たしかに説明が足りない部分がありましたので、そのあたりの設定を少し追加しております。
ご指摘ありがとうございました。
「お前はもういらない!」
婚約者である王子殿下から、突然そう言われました。
「……はい?」
私は思わず聞き返してしまいました。
目の前にいる王子殿下の腕には、若く美しい令嬢が抱きついています。
ふわりとした金色の髪。
大きな瞳。
そして。
とても女性らしい体つき。
ぷるん。
思わず私は、自分の胸元へ目を落としました。
……絶壁です。
「なぜ俺が、お前のようなチビで貧相な女と結婚しなければならない!」
「はあ……」
それは。
まあ。
見た目だけなら、隣の令嬢の方がずっと魅力的でしょう。
妙に納得してしまいました。
ですが。
王子殿下の言葉は、それだけでは終わりませんでした。
「それに、お前が本当に聖女なのかも怪しい!」
「え?」
「この国には、お前以外にも聖女がたくさんいるではないか!」
王子殿下は指を折り始めます。
「傷や病を治す聖女!」
「はい」
「畑へ祝福をかけ、作物を豊作にする聖女!」
「はい」
「騎士団全体へ祝福をかけ、力を強くする聖女!」
「はい」
「濁った水を清らかな水へ変える、浄化の聖女までいる!」
「はい」
「それに比べて、お前は何ができる!」
「……」
「いつも祈っているだけではないか!」
私は瞬きをしました。
「パフォーマンスしかできないような奴はいらん!」
「……そうですか」
「10年前に聖女として派遣されてきたそうだが、父上をたぶらかした詐欺ではないのか!」
そこまで言われるとは思いませんでした。
「よって!」
王子殿下は胸を張ります。
「お前を国外追放とする!」
ショックでした。
そんなふうに思われていたのですね。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
勇者と魔王が激しく争ったという、「勇者の聖戦」から121年後。
中央平原には、マゼンタ王国という国がありました。
魔物の被害が多く、長年その対処に苦しんでいた国です。
エリューシオン教会には。
そうした国々からの正式な要請を受け、聖女を派遣する制度があります。
派遣にあたっては。
教会と受け入れ国の代表者との間で、正式な契約を結びます。
契約期間は。
原則として10年間。
その間。
受け入れ国は聖女の住居や生活、安全を保障し。
聖女が治療や浄化、祝福など、その国で求められる役目を果たせる環境を整えることになっています。
もちろん。
聖女本人の意思を無視して。
勝手に知らない国へ送り出されるわけではありません。
派遣先や役割については。
本人の適性や希望も踏まえ。
教会と受け入れ国との間で決められます。
そして。
10年間の契約が終われば。
双方の合意によって、さらに契約を更新することもできます。
あるいは。
聖女本人がその国へ残ることを望み。
婚姻などによって、その国の一員になる道を選ぶこともあります。
10年前。
マゼンタ王国の国王陛下は、エリューシオン教会へ聖女の派遣を求めました。
そこで選ばれたのが。
当時、10歳だった私です。
私は孤児でした。
両親の顔も知りません。
ですが。
聖処女神エリューシオン様に認めていただき、聖女となりました。
そして。
10歳のとき。
初めてこの国へやってきたのです。
私は聖属性魔法が使えます。
傷を治す。
病を癒す。
魔物から受けた呪いを浄化する。
けれど。
私が得意だったのは、それだけではありませんでした。
私は付与魔法も得意でした。
人へ魔力を与える。
筋力を高める。
治癒魔法を使う者なら、その治癒力を増幅させる。
普通の付与魔法なら、効果はそれほど長く続きません。
ですが。
私は少しだけ特殊でした。
一度強く祈れば。
その効果を一か月ほど維持することができたのです。
だから私は。
毎月。
騎士団の皆様へ祈りました。
魔導士の皆様へ祈りました。
治癒士の皆様へ祈りました。
農地へ。
水源へ。
王都へ。
マゼンタ王国が少しでも豊かになるように。
人々が魔物に襲われても生き残れるように。
10年間。
ずっと。
祈り続けてきました。
もちろん。
そのことは国王陛下をはじめ、王族の皆様にも説明してありました。
ただ。
王子殿下は。
あまり興味がなかったのでしょう。
10年も経てば、忘れてしまうこともあります。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
王子殿下とは。
私がこの国へ来た直後に婚約しました。
当時。
私も10歳。
王子殿下も10歳。
結婚なんてよく分かっていませんでした。
ただ。
聖女としての派遣契約は10年間。
私が20歳になったころには。
その契約も終わります。
その後。
王子殿下と結婚し。
教会から派遣された聖女ではなく。
マゼンタ王国の王族の一人として、この国に残る。
国王陛下は。
そんな未来も考えてくださっていたのでしょう。
国王陛下から、
「いつか我々の家族になってほしい」
そう言われたとき。
私は。
とても嬉しかったのです。
家族。
その言葉を聞くだけで。
胸が温かくなりました。
王子殿下も最初は、
「こちらこそ、よろしくね」
と笑ってくれました。
だから。
いつか。
本当の家族になれるのだと思っていました。
10年間の派遣が終わったあとも。
この国に残って。
王子殿下と結婚して。
ずっと。
ここで暮らしていくのだと。
ですが。
どうやら。
それは私だけだったようです。
「分かりました」
私は王子殿下へ頭を下げました。
「それでは、エリューシオン教会へ帰ります」
「そうしろ、そうしろ」
王子殿下は手を振ります。
「この10年間、大変お世話になりました」
「早く出て行け」
私はもう一度。
深く頭を下げました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
部屋へ戻ると。
侍女のメイルが、ものすごい顔をしていました。
「信じられません!」
「メイル?」
「聖女様にあれだけお世話になっておきながら!」
メイルは私と同い年です。
私が10歳でこの国へ来た日から。
ずっと私のお世話をしてくれました。
侍女ですが、私にとっては一番の親友です。
「聖女様!」
「はい」
「もちろん仕返しするんですよね!」
「しませんよ?」
「なんでですか!」
メイルは可愛らしい顔に似合わず、ときどき物騒です。
「仕返しなんて、とんでもないですよ。このまま教会へ戻ります」
「……」
メイルはしばらく黙っていました。
そして。
「私も行きます」
「え?」
「聖女様について行きます」
「でも、お仕事は?」
「辞めます」
「そんな簡単に」
「10年も一緒にいたんですよ?」
メイルが私の手を握りました。
「今さら離れるなんて嫌です」
「……」
胸が熱くなりました。
家族になれると思っていた王家とは。
家族になれなかった。
でも。
「まあ」
私は笑いました。
「なんて嬉しいことでしょう」
「聖女様?」
「私には、ちゃんと大切な人がいたんですね」
「……もう」
メイルは少しだけ泣きました。
私も。
少しだけ泣きました。
これで。
この国に思い残すことはありません。
……と。
思ったのですが。
「そうだ」
「どうしました?」
「このまま黙って出て行くのは心苦しいです」
「は?」
「10年間、お世話になった方へご挨拶をしましょう」
メイルはため息をつきました。
「聖女様らしいです」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
最初に向かったのは。
城の侍女長様でした。
「聖女様……」
私が事情を説明すると。
侍女長様は涙を流しました。
「お助けできなくて、申し訳ございませんでした」
「そんな」
私は慌てます。
「侍女長様には、本当にお世話になりました」
この国へ来たばかりの私は。
初めて見るお風呂の入り方も。
王宮での食事の作法も。
貴族への挨拶の仕方も。
何も知りませんでした。
全部。
侍女長様が教えてくださったのです。
「ありがとうございました」
私は深く頭を下げました。
次に。
長年、私の護衛を務めてくださった騎士団長様のところへ行きました。
「王子殿下は何を考えておられる!」
騎士団長様は机を叩きました。
「聖女様がどれほどこの国へ尽くしてくださったか!」
「お気持ちだけで十分です」
「しかし!」
「私は怒っていませんから」
「……聖女様は人が良すぎます」
よく言われます。
そして。
次に向かったのは。
魔導士団でした。
正直に言うと。
私は少し苦手です。
魔導士団は、私が来てから創設された部隊でした。
創設当初は、皆さん私に敬意を払ってくださって。
私も熱心に魔法の実技を行ったものです。
ところが。
この10年間で。
魔導士団の皆様は、だんだん私を嫌うようになっていきました。
悲しいですね。
「なんだ、まだいたのか」
魔導士団長が私を見るなり言いました。
「申し訳ありません。ご挨拶だけと思いまして」
「王子殿下から国外追放されたんだろう? さっさと出て行けばいい」
後ろでメイルが殺気を放っています。
いけません。
「今までありがとうございました」
私は頭を下げました。
魔導士の一人が鼻で笑いました。
「聖女、聖女って呼ばれているけどよ。あんたに何ができるんだ?」
「……」
「俺たちには治癒に特化した聖女もいる。騎士へ祝福をかけられる聖女もいる。浄化の聖女だっている」
「そうですね」
「もうあんたなんかいなくても、俺たちはやっていけるんだよ」
私は微笑みました。
「そうですか」
それなら。
きっと大丈夫なのでしょう。
「長い間、お世話になりました」
最後に。
もう一度頭を下げました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
王城を出ました。
次は城下町です。
ここにも。
10年間でお世話になった方がたくさんいました。
最初は。
宿屋の女将さん。
私がマゼンタ王国へ来て。
初めて治療した患者さんが。
女将さんの息子さんでした。
当時。
まだ小さかった息子さんは。
高熱と下痢が止まらず。
ひどく衰弱していました。
私が治療を行い。
無事に元気になってから。
女将さんは。
私を見かけるたびにお菓子をくれるようになりました。
「女将さん。今までありがとうございました」
事情を説明すると。
女将さんは真っ赤になりました。
「何を馬鹿なこと言ってるんだい!」
「え?」
「王子は何を考えてるんだ!」
「まあまあ」
「王様は!?王様の考えじゃないんだろう!」
「たぶん、そうだと思います」
あの場に国王陛下はいませんでした。
ですが。
王子殿下から国外追放を命じられた以上。
私は従うしかありません。
それに。
ちょうど10年間の派遣契約も終わるところでした。
本来なら。
この先も私がこの国へ残るのか。
教会へ戻るのか。
契約を更新するのか。
王子殿下と結婚するのか。
教会と王国とで話し合う時期だったのでしょう。
でも。
もう。
その必要はないようです。
「私は教会へ戻ります」
「そんな……」
女将さんは泣きました。
私も。
少し泣きそうになりました。
私のために悲しんでくれる人がいる。
それだけで。
10年間。
この国でやってきたことは間違いではなかったのだと。
そう思えました。
次に向かったのは。
パン屋のおじさんです。
おじさんは。
若いころ。
兵士として魔物と戦い。
片腕を失いました。
私は。
全力でエクストラヒールを使いました。
欠損した腕を再生させるほどの治癒魔法。
私も初めてでした。
魔力を全部使い切って。
三日間寝込みました。
ですが。
腕は元通りになりました。
おじさんは泣きながら。
「俺にできることなら何でもする!」
と言ってくれました。
そこで。
私が何気なく、
「美味しいパンを食べたいです」
と言った結果。
おじさんは。
なぜかパン職人になりました。
人生とは分からないものです。
そのおじさんへ事情を話すと。
「王子をぶっ殺す!」
と言いました。
「いけませんよう!」
私は慌てました。
「王族殺害予告なんてしたら縛り首ですよ!」
「でもよ!」
「お気持ちだけで十分です!」
メイルは隣で、
「私は止めませんけど」
と言っています。
「止めてください!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
10年という年月は。
思ったより長いものでした。
挨拶は。
一日では終わりませんでした。
その日は女将さんの宿屋へ泊めてもらい。
翌日も。
その翌日も。
お世話になった方々を訪ねました。
結局。
一週間。
「ずいぶん時間がかかりましたね」
メイルが笑います。
「10年ですから」
「そうですね」
いよいよ。
マゼンタ王国を出ます。
国境へ向かう途中。
魔導士団の方々が待っていました。
「まだいたのか」
「申し訳ありません」
「王子殿下から、お前が本当に国外へ出るところまで見届けろと言われている」
「そうでしたか」
私は頭を下げました。
「お待たせして申し訳ありませんでした。お世話になった方への挨拶に、思ったより時間がかかってしまいまして」
「もう戻ってくるなよ」
「はい」
国境を越える前。
私は一度だけ。
振り返りました。
10年間暮らした国です。
楽しいことも。
悲しいことも。
たくさんありました。
そして。
本当なら。
この先も暮らすつもりだった国です。
「聖女様」
メイルが私の手を握りました。
「行きましょう」
「はい」
私は。
マゼンタ王国をあとにしました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一週間ほど歩き。
エリューシオン教会へ到着しました。
私は大聖女ラベンダー様へ事情を説明しました。
ラベンダー様は。
しばらく目を閉じていました。
そして。
「わかりました」
と言いました。
「10年間、ご苦労さまでした」
「はい」
「派遣契約も満了しています。しばらく休みなさい」
「ありがとうございます」
それだけでした。
怒られるのではないかと思っていたので。
少し驚きました。
メイルも。
教会で働くことを許可されました。
それから。
二か月後。
私とメイルが部屋でお茶を飲んでいると。
聖女仲間が飛び込んできました。
「大変!」
「どうしました?」
「マゼンタ王国!」
私はティーカップを置きました。
「何かあったのですか?」
「騎士団も魔導士団も、急に弱くなったんですって!」
「まあ」
「特にひどいのが魔導士団!今までできていたはずの魔法が使えない人が続出してるらしいですよ!」
「そうですか」
「治癒士の回復魔法も弱くなって、畑の収穫量も落ちて、水源の浄化も以前ほどできなくなってるって!」
メイルが。
ゆっくり私を見ました。
「聖女様」
「はい?」
「これ」
「はい」
「全部、聖女様ですよね?」
「そうですね」
私はお茶を飲みました。
私が毎月。
祈りながら付与していたものです。
騎士の筋力。
魔導士の魔力。
治癒士の治癒力。
農地への祝福。
水への浄化力。
一度の祈りで。
およそ一か月。
私が国を出て。
二か月。
もう。
ほとんど残ってはいないでしょう。
「……魔導士団の人たち、自分たちだけで強くなったと思ってたんですね」
メイルが言いました。
「きっと、皆さん努力もされたのでしょう」
「聖女様は優しすぎます!」
「あ」
私は。
そこで一つ思い出しました。
「そういえば、王子殿下は皆さんのことを『聖女』と呼んでいましたね」
「……はい?」
メイルが嫌な顔をしました。
「治癒の聖女とか、祝福の聖女とか」
「いましたね」
「でも、あの方々は聖女ではありませんよ?」
「もちろんです」
皆さん。
マゼンタ王国で働いていた普通の治癒士や魔導士です。
聖処女神エリューシオン様から聖女として認められた方ではありません。
私の付与によって。
治癒力が増え。
魔力が増え。
祝福の力が増え。
結果として。
聖女のような力を発揮していただけです。
「王子殿下……」
メイルが額を押さえました。
「まさか、本当に聖女が何人も誕生したと思っていたんですか?」
「そうみたいですね」
「なんで本物の聖女と10年も婚約していて、聖女のことを何も知らないんですか!」
「興味がなかったのでしょう」
「そこを普通に納得しないでください!」
でも。
少し心配でした。
マゼンタ王国は。
強くなった騎士団や魔導士団を背景に。
周囲の貴族へ強い態度を取るようになっていたと聞いています。
その力が失われれば。
これから大変なことになるでしょう。
あそこには。
女将さんも。
パン屋のおじさんも。
侍女長様も。
騎士団長様もいます。
どうか。
まともな方が国を治めて。
立て直してくださればいいのですが。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それからさらに一か月ほど経ったころでした。
大聖女ラベンダー様から呼び出されました。
部屋へ入ると。
一人の男性が立っています。
「……陛下」
マゼンタ王国の国王陛下でした。
ずいぶん。
やつれていました。
「久しぶりだね」
「はい」
国王陛下は。
私を見るなり。
深く頭を下げました。
「申し訳なかった」
「陛下?」
「すべて聞いた」
国王陛下は。
頭を上げません。
「私が王都を離れている間に、あの馬鹿息子が君を追放した」
あ。
やっぱり。
国王陛下の命令ではなかったのですね。
「そして、すぐに迎えに来られなかったことも申し訳なく思っている」
「……」
「私は軍を率いて近隣国と対峙していたのだ。王都へ戻ったころには国中が混乱しており、その立て直しのため、城を離れることもできなかった」
「そうだったのですね」
大聖女ラベンダー様が静かに言いました。
「国王陛下」
「はい」
「10年契約は、すでに満了しております」
「……承知しております」
「本来であれば」
ラベンダー様は続けました。
「契約を更新するのか。あるいは本人が婚姻によって貴国へ残る場合、どのような扱いとするのか。教会と貴国、そして本人との間で協議を行う時期でした」
「……はい」
「ですが」
ラベンダー様の声は。
静かなままでした。
「貴国は更新の申し出を行うどころか、その協議が始まる前に、当教会の聖女へ国外追放を命じた」
「……」
「しかも」
「……」
「国境まで監視を付け、実際に国外へ退去させています」
国王陛下は。
目を閉じました。
「……その通りです」
「本人はすでに帰還しております。契約も満了しております」
「……はい」
「我々としても、簡単に再派遣を認めるわけにはまいりません」
「理解しております」
国王陛下は。
もう一度。
私へ頭を下げました。
「それでも」
「……」
「戻ってきてもらえないだろうか」
私は黙りました。
国王陛下は続けます。
「騎士団も魔導士団も、以前の力を失った」
「……」
「魔物への対応も遅れ始めている」
「……」
「作物も。水も。治療も」
国王陛下は。
苦しそうに言いました。
「すべて」
そこで言葉を詰まらせます。
「すべて、君が支えてくれていたのだな」
私は。
少しだけ笑いました。
「皆様も努力なさっていましたよ」
「それでもだ」
国王陛下は首を振ります。
「あの馬鹿息子は何も理解していなかった」
どうやら。
王子殿下は。
本当に何も知らなかったようです。
国王陛下が王都へ戻ったとき。
私がいないことに気づき。
王子殿下へ尋ねたそうです。
『聖女はどうした?』
『追い出しました』
『……誰を?』
『あの役立たずを』
国王陛下は。
その場で倒れそうになったそうです。
『この国の騎士団が、なぜここまで強くなったと思っている!』
『騎士が鍛えたからでしょう?』
『魔導士団は!?』
『優秀な魔導士が増えたからです』
『治癒士たちは!?』
『新しい聖女が増えたから――』
『あれは聖女ではない!』
『え?』
『ただの治癒士や魔導士だ!あの子の付与で、聖女のような力を発揮していただけだ!』
『……』
『全部あの子の付与だ!!』
国王陛下は。
そこまで話してから。
深いため息をつきました。
「10年前にも説明したのだがな」
「10年は長いですから」
「君は本当に……」
国王陛下は何か言いかけ。
やめました。
「それだけではない」
「はい?」
国王陛下は。
苦しそうな顔をしました。
「私は、10年後」
「……」
「君と息子が結婚して、この国へ残ってくれるものと思っていた」
私は。
何も言えませんでした。
「だから」
国王陛下は。
目を伏せます。
「我々の家族になってほしいと、あのとき君へ言った」
「……はい」
「それを」
「……」
「私の息子が、自分からすべて壊した」
長い沈黙。
そして。
国王陛下が。
もう一度言いました。
「戻ってきてくれないだろうか」
私は。
目を閉じました。
マゼンタ王国。
10年間。
暮らした国。
できることなら。
残りたいと思っていました。
王子殿下と結婚して。
家族になって。
ずっと。
あの国で暮らすつもりでした。
でも。
「申し訳ありません」
私は。
頭を下げました。
「私は戻りません」
国王陛下は。
目を閉じました。
「……そうか」
「はい」
「理由を聞いても?」
私は少し迷いました。
そして。
言いました。
「私は」
「……」
「マゼンタ王国へ来たとき、家族ができるのだと思っていました」
国王陛下の顔が歪みました。
「陛下が、我々の家族になってほしいとおっしゃってくださったこと」
「……」
「本当に嬉しかったんですよ」
「すまない」
「ですが」
私は首を振りました。
「王子殿下から国外追放を命じられたとき」
「……」
「私はもう、マゼンタ王国の家族ではないのだと思いました」
「……」
「城を出て」
「……」
「国境を越えて」
「……」
「私は、あの日にマゼンタ王国の聖女ではなくなったのだと思っています」
国王陛下は。
長い間。
何も言いませんでした。
やがて。
「分かった」
そう言いました。
「君の意思を尊重する」
大聖女ラベンダー様も頷きます。
「本人がそう申している以上、教会としても派遣を強制することはいたしません」
「……はい」
国王陛下は立ち上がりました。
私は。
一つだけ。
お願いしました。
「陛下」
「何だろう」
「マゼンタ王国を、どうか立て直してください」
国王陛下が私を見ます。
「私は戻りません」
「……」
「でも」
女将さん。
パン屋のおじさん。
侍女長様。
騎士団長様。
たくさんの顔が浮かびました。
「あの国が滅びればいいとは思っていません」
「……」
「あそこには、私の大切な人たちがたくさんいますから」
国王陛下は。
深く。
深く頭を下げました。
「約束する」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
王子殿下は。
その後。
王族から除籍されたそうです。
国王陛下は。
貴族や騎士団と協力しながら。
国の立て直しを始めました。
当然。
すぐに以前のような力を取り戻すことはできません。
それでも。
少しずつ。
少しずつ。
マゼンタ王国は立ち直っていったそうです。
「ざまあみろですね」
メイルが言いました。
「メイル」
「だって!」
「王子殿下にも反省していただければ、それで十分です」
「反省しますかねぇ」
「……」
それは。
私にも分かりません。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ある日。
大聖女ラベンダー様から声をかけられました。
「新たに聖女の派遣を希望している国があります」
「私ですか?」
「ええ」
ラベンダー様は。
少しだけ笑いました。
「もちろん、嫌なら断って構いません」
それが。
聖女派遣の決まりです。
教会が命令すれば。
聖女はどこの国へでも行かなければならない。
そんな制度ではありません。
派遣先。
求められる役割。
契約内容。
それらを確認したうえで。
最後に決めるのは。
聖女本人です。
私は少しだけ迷いました。
また。
同じことになるかもしれない。
でも。
隣に。
メイルがいました。
「聖女様」
「はい?」
「行きましょう」
メイルが笑います。
「今度は私も最初から一緒です」
私は。
思わず笑いました。
「そうですね」
マゼンタ王国には。
10年間の思い出があります。
悲しいこともありました。
でも。
女将さんも。
パン屋のおじさんも。
侍女長様も。
騎士団長様も。
そして。
メイルも。
私があの国へ行かなければ。
出会えなかった人たちです。
だから。
あの10年間が無駄だったとは思いません。
私は荷物を背負いました。
メイルも隣へ並びます。
「聖女様。次はどんな国でしょうね」
「そうですね」
私は少し考えました。
そして。
自分の胸元へ目を落とします。
相変わらず。
絶壁です。
「今度はもう少し、胸の大きさを気にしない王子様がいる国だと嬉しいですね」
「そこなんですか!?」
「大事ですよ?」
「もっと他にあるでしょう!」
私たちは笑いながら。
新しい国へ向かって歩き始めました。




