第8話『石と頭痛と大銅貨一枚』
アウラムの朝は、容赦のない光とともにやってきた。
ギルド二階、Gランクの吹き溜まりである安宿。木製ベッドの上に敷かれた、薄く硬い敷物は、寝返りを打つたびに板の感触をダイレクトに腰へ伝えてくる。現代日本の寝具に慣れた三十路の身体には、それはただの「布を被せた板」と大差なかった。
「……う、く……」
身体が鉛のように重い。昨日の体拭きだけでは落ちなかった汚れが肌に張り付く不快感と、全身を蝕む筋肉痛。ケイが痛みに顔をしかめていると、部屋の扉が遠慮なく叩かれた。
「いつまで寝てるの。行くわよ」
扉の向こうから聞こえたのは、リナの声だった。Cランクの彼女は当然ここには泊まっていない。もっと清潔で設備の整った一般の宿屋から、様子を見に来たのだ。
一階に降りると、リナはすでに身支度を終え、涼しい顔で待っていた。
「初仕事よ。怪我が治るまでは、ギルドの中でできる雑用を回してもらうように言っておいたわ。……あ、昨日の分までの合計、計算しておいたわよ。入街税に登録料、宿に飯代……薬代は昨日の協力に免じてサービスしておいてあげる。全部合わせて小銀貨四枚と大銅貨三枚。しっかり働きなさい」
ケイは昨夜と同じ獣臭いスープを胃に流し込んだ。5億の借金に、小銀貨四枚と大銅貨三枚。数字の単位は変わったが、追われる身であることに変わりはない。
案内されたのは、ギルドの裏手にある薄暗い地下倉庫。
そこには、赤ん坊の頭ほどの大きさの石の山がいくつも積み上げられ、埃っぽい空気が充満していた。
「『魔石の出がらし』の仕分けよ。魔力を使い切ったただの石ころの中に、稀に魔力が再充填されている『当たり』が混ざっているの。一つずつ測定器にかけて、反応があるものだけを箱に入れなさい。一山終わらせて、大銅貨一枚の歩合よ」
リナが立ち去ると、ケイは一人、石の山の前に座り込んだ。
周囲には、同じアイアンランクの男たちが数人、死んだ魚のような目で作業をしていた。
カチッ……カチッ……。
石を古びた測定器に押し当て、反応がないことを確認しては捨てる。その繰り返しの音が、虚しく響く。
(……効率が、悪すぎる。リナの言葉が頭をよぎった。『その眼、私が使い潰してあげるわ』と)
ケイは手を止め、石の山に意識を集中した。
最初は何も起きなかった。だが、乱れた呼吸を整え、諦め混じりに山をぼんやりと見つめた瞬間。
視界の端に、「ノイズ」が走った。
テレビの砂嵐のような歪みが、山の中ほどにある一つの石から漏れている。
(……なんだ、あれ?)
半信半疑でその石を拾い、測定器に押し当てる。
ピピッ!
ランプが緑色に灯った。「当たり」だ。
「へえ、運がいいな、新人」
隣の作業員が驚いたように見たが、ケイに余裕はなかった。
一度その「歪み」を捉えようとするだけで、脳が焼けるような頭痛に襲われたのだ。魔力三という底辺の数値。その僅かなリソースを絞り出す代償は、あまりに重かった。
「……っ、ハァ、ハァ……」
(たった一個の当たりを見つけるだけで、これか……?)
一山を終える頃には、ケイの体力も精神力も底を突いていた。
手にしたのは、たったの大銅貨一枚。
異世界での「稼ぐ」という行為の過酷さを、ケイは今、文字通り痛感していた。




