第7話『命の繋ぎ目』
ギルドでの登録を終え、リナに連れられて二階の宿舎へ向かった。
「今日はここで我慢して。一泊、大銅貨二枚よ。……もちろん貸しね」
「分かってる。……それより、リナ。身体がベタベタなんだ。どこか体を洗える場所はないか?」
ケイの言葉に、リナは不思議そうな顔をした。
「洗う? 裏庭に井戸があるわよ。桶で被ればいいじゃない」
「……風呂は? 湯船に浸かるとか、そういうのは」
「……ふろ? 何それ、貴族の贅沢? 庶民は雨か井戸水よ。せいぜい、温めた布で拭くくらいね」
ケイは絶望した。三十二年間当たり前だと思っていた「毎晩の入浴」という文化が、この世界では存在すら怪しい特権階級の嗜みだったのだ。
結局、裏庭の冷たい井戸水で顔と体を拭うのが精一杯だった。石鹸すらなく、ただ汚れを広げているような不快感。傷口が染みたが、リナがギルドで購入した「安価な薬草の塗り薬」を無造作に塗ってくれた。
「痛っ……」
「我慢しなさい。……ほら、ご飯よ。これ食べたら寝るのよ」
リナはギルドの食堂で最安値のスープと黒パンを注文し、大銅貨一枚をカウンターに置いた。「……これも貸しよ」
ギルドの一階、酒場の隅。
差し出されたのは、茶色いドロドロとしたスープと、石のように硬い黒パンだった。
(……これが、夕飯か。日本のコンビニで売れ残った弁当の方が、よほど豪華だろう)
だが、空腹は最大の調味料だった。一口啜ると、獣の脂の匂いと強烈な塩気が喉を焼いたが、今のケイにはそれが命の繋ぎ目に見えた。
「おい、見ろよ」
不意に、背後から下卑た笑い声が聞こえた。
三人の大柄な男たちが、ケイのギルドカード――真新しいアイアンの色――を覗き込んでいた。
「魔力3の『Gランク』様だぜ。リナ、お前、そんな出来損ないを拾ってどうするんだ? 盾にもなりゃしねえぞ」
男の一人が、ケイの肩を強く叩いた。その衝撃でスープが溢れる。
「……やめろ」
「あ? 何か言ったか? 雑魚の癖に生意気だぞ」
男が拳を固めた瞬間、リナのフォークが男の手の甲、数ミリ横のテーブルに突き刺さった。
「私の『連れ』に触らないでくれる? ランクが上だからって、私の機嫌を損ねていい理由にはならないわよ。……消えなさい」
リナの凍りつくような声に、男たちは毒づきながら去っていった。
ケイは震える手でスープを飲み干した。
「……リナ、助かった」
「勘違いしないで。あなたが潰れたら、私の小銀貨も大銅貨も返ってこなくなるからよ」
その夜、ケイは木製のベッドに横たわった。
背中の傷が脈打ち、周囲からは冒険者たちのいびきと酒の匂いが漂ってくる。
(お風呂に入りたい……。5億の借金どころか、入街税に登録料に宿代に薬に飯代――小銀貨三枚に大銅貨数枚。この世界では命を削らなきゃならないのか)
意識が遠のく中、ケイは自分のギルドカードに刻まれた『解析(未覚醒)』という文字を、暗闇の中で何度もなぞっていた。
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【借金メモ・7話終了時点】
前話(6話)終了時:残債小銀貨4枚・大銅貨2枚
7話収入:なし
7話支出:夕飯代(大銅貨1枚・リナ立替)+薬草塗り薬
残債充当:なし
ケイの手元:0枚
残債:小銀貨4枚・大銅貨3枚




