第6話『最底辺からの出発』
アウラムの街の中心部に位置する冒険者ギルド「黄金の盾」の建物は、酒場の喧騒と事務所の静謐さが奇妙に混ざり合った空間だった。
「……ここが」
「突っ立ってないで、こっちよ」
リナに促され、ケイは受付カウンターへと向かった。
受付には、眼鏡をかけた知的な雰囲気の女性職員が座っており、リナの姿を見るとわずかに表情を和らげた。
「あら、リナさん。お帰りなさい。……そちらの方は?」
「森で拾った遭難者よ。身分証を失くしているみたいだから、新規登録をお願いしたいんだけど」
「新規登録ですね」
職員は手際よく厚手の羊皮紙を取り出した。
「ですが、身分証がない方の登録には、当ギルド所属の冒険者による『身元保証の署名』が必要となります。リナさん、あなたが引き受けるということでよろしいですか?」
「ええ、構わないわ」
リナは迷いなく頷き、差し出された別紙にさらさらと署名した。
「確認いたしました。なお、新規登録料として小銀貨一枚を頂戴します」
リナは無言でポーチから小銀貨を一枚取り出し、カウンターに置いた。
「……また貸しよ」
「分かってる」
「では、ケイ様。こちらの登録用紙に記入をお願いします。お名前、年齢、出身地……」
ケイは差し出された錆びた羽根ペンを手に取ったが、そのまま静止した。
(……読めない)
羊皮紙に並ぶ文字は、複雑な記号の羅列だった。リナとの会話に不自由はなかったが、文字までは「翻訳」されていないらしい。
「どうしたの、早く書きなさいよ」
リナが急かすように肩を叩く。ケイは困惑したまま、小声でリナに耳打ちした。
「……書けないんだ。文字が、俺のいた国のものと全然違う」
リナは一瞬、呆れたように天を仰いだ。
「……全く、手がかかるわね」
彼女は職員へ向き直ると、淡々と告げた。
「彼、東方のかなり遠い島国の出身で、こちらの文字が書けないみたいなの。私が代筆しても問題ないかしら」
「ええ、保証人のリナさんであれば代筆でも受理いたします」
リナはケイからペンを奪い取ると、淀みない動作で書き始めた。
「名前は『ケイ』。年齢は……二十歳そこそこね。出身は『東方の島国』。職歴は無し」
(……二十歳?)
ケイは思わず隣のリナを見た。三十二歳の自分が二十歳と書かれている。だが代筆を頼んでいる手前、ここで口を挟む勇気もなかった。
「はい、受け付けました。では最後に、適性の測定を行います。あちらの台座へ」
案内されたのは、複雑な魔導回路が刻まれた石板だった。
「この上に手を置いて、意識を集中してください。体内の魔力量と、その質を測定します」
ケイが手を置くと、石板が低く唸るような音を立てた。
数秒後、石板の上にぼんやりとした数字が浮かび上がる。
【魔力量:3】
【適性:解析(未覚醒)】
「……3?」
職員が困ったように眉を下げた。
「リナさん、これでは一般人の平均値である『10』にも遠く及びません。この数値では、最も初歩的な生活魔法すら維持できませんよ」
リナは露骨に落胆したように肩を落とした。
「知ってたわよ。あんなにバテてたんだもの。……でも、適性の『解析』って何よ。聞いたことないわね」
「文字通り、物の構造や魔力の流れを読み取る適性ですが……魔力量がこれでは、発動させることすら不可能でしょう。残念ですが、ケイ様。あなたのランクは最低の『G』となります。いわゆる雑用係からのスタートですね」
ケイは、手元に発行されたアイアンの、少しくすんだギルドカードを見つめた。
名前も、地位も、魔力もなく。残ったのは「若造」という誤解と、最低ランクの評価、そしてリナへの借金だけだ。
「……いいわ。死ぬよりはマシでしょう。とりあえず、ギルドの二階にある安宿を確保するわ。大銅貨二枚はかかるけど」
「……リナ、また借金が増えるな」
「出世払いで返して。……もし返せなかったら、そうね」
リナは、ケイのギルドカードに刻まれた『解析』という文字をじっと見つめ、不敵に微笑んだ。
「その『眼』、私が使い潰してあげるわ」
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【借金メモ・6話終了時点】
前話(5話)終了時:残債小銀貨3枚
6話収入:なし
6話支出:冒険者ギルド登録料(小銀貨1枚・リナ立替)+宿代(大銅貨2枚・リナ立替)
残債充当:なし
ケイの手元:0枚
残債:小銀貨4枚・大銅貨2枚




