第60話『刻印』
朝、リナが帳簿を出して硬貨を並べる。
「大銀貨五枚。確認してちょうだい」
数える。合っている。
「借りた」
リナが頷く。
「魔術師ギルドと刻印魔道具、今日一気に動くの? 私も行った方がいいわね」
「頼む。文字が書けないから書類を自分で進められない」
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蒼天灯台は街外れの高台にある。近づくと空気がわずかに変わる感覚がある。
受付で用件を伝える。魔力ポーション製造のための登録だ。
担当の魔術師が書類を出し、リナが代筆して手順を進める。登録料は銀貨三枚だ。
「登録が完了しました。製造可能な品目は初級・通常・中級魔力ポーションで、上級はこの支部では認可できません」
「分かった」
魔道具の購入についても確認すると、在庫はあるという。担当が奥から木箱を持ってきた。
「精密型刻印魔道具です。大銀貨五枚になります」
払う。
箱を開けると、手のひらに収まる大きさの金属製の道具が入っている。
「使い方を教えてくれ」
担当が実演する。道具の先端を瓶の底面に当てて軽く魔力を流すと刻印が入り、模様は設定できる。
「模様はどうする」
リナが「見せて」と言って、道具の設定部分を確認する。文字を入れられると分かると、こちらに向く。
「何か入れる?」
考える。
「緑の雫と入れる。ただし——日本語で」
リナが目を上げる。
「日本語?」
「俺の元の世界の文字だ。この世界では誰も読めない——写すことはできるが書き方を知らないと正確に模倣できないから、偽造が格段に難しくなる」
道具の設定部分に向かう。文字は書けないが、ひらがなの形なら手で書ける——元の世界でずっと使ってきた文字だ。
担当の魔術師が隣で興味深そうに見ている。
試し打ちに端の瓶を使う。底面に細かい文字が入る。
「みどりのしずく」
リナが覗き込んで首を傾ける。
「全然読めないわね」
「それでいい」
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店に戻って充填作業員に説明する。
「今日から瓶の底に刻印を入れてから充填する。順番はこうだ」
道具の使い方を見せると二人が確認する。難しくはない——瓶の底に当てて魔力を流すだけだ。
「在庫の瓶に全部入れてほしい。新しい瓶が届いたら同じように」
充填作業員が作業を始める音がする。
ただ問題がある。
保存瓶の在庫が少ない。今ある分に刻印を入れても、数日分しか持たない。
(瓶を大量に確保しないといけない)
ミレイに声をかける。
「今から天秤座に行く。店を頼む」
ミレイに看板の修正を頼む。ただし書く内容をリナに伝えてもらう形だ。
「当店で販売するポーションには全て底面に刻印が入っています。刻印のないものは当店の商品ではありません——こういう内容を看板に追記してほしい」
リナが頷いて代筆する。ミレイが看板に貼り付ける。
天秤座と冒険者ギルドにも報告が要る。自分で動く。
ミレイに「少し出る」と告げて店を出る。
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天秤座に入ると、担当者がこちらを認識して受付に向かってくる。
「緑の雫さん。今日はどういったご用件ですか」
「刻印を導入した。今日から全ての瓶に刻印が入っていて、刻印のないものは当店とは無関係だと掲示板に出してほしい」
「了解しました。調査記録にも続報として追記します」
担当者が書き留める。
「合わせて、保存瓶の業者を紹介してほしい。今の在庫が少なくて、定期的に大量発注できる取引先が要る」
「数軒心当たりがあります。明日にでも連絡先をお伝えします」
「助かる」
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冒険者ギルドに向かう途中、採取クエストの納品があるか受付で確認する。
今日分が届いていて、シロクサ三十枚、ハコネソウ二十枚、イヤシゴケ二十グラム。素材代を払って受け取り、クエストは継続で残す。
受付の担当者に刻印の掲示を頼む。
「掲示板に一枚貼ってほしい——緑の雫のポーションには刻印が入っていて、刻印のないものは当店の商品ではないという内容だ」
担当者が書いた内容を確認してから頷く。
「貼っておきます。最近、偽物の話がギルドでも出てますから」
「そうか。駆け出しにも伝わるといい」
素材を抱えて店に戻る。
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「これが本物ってこと?」
「そうです。刻印のないものは当店とは無関係です」
ミレイが迷いなく答える。声に張りが戻っている。
夕方の来客数をミレイが報告する。
「今日は十九人でした」
昨日より三人増えた。刻印を導入した日の数字としては悪くない。
夜、帳簿を確認する。
今日の来客数、刻印の効果、瓶の在庫。
数字が少し動き始めている。ただまだ元の水準には戻っていない。
(初級魔力ポーションの製造・販売登録も済んだ。素材を確保できれば試作に入れる)
やることが積み重なっている。ただ一つずつ動いている。
石臼を出す。今夜の仕込みを始める。
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街の通りを、男が荷袋を持って歩いている。
「淡く濁ったポーション、一本大銅貨五枚。緑の雫の品だ」
駆け出しが立ち止まる。
「底に刻印がついてますか」
男が一瞬止まる。
「刻印?」
「緑の雫のポーションには刻印が入ってると聞いたんですが。掲示板に書いてありましたよ」
男が別の駆け出しに声をかける。同じ反応が返ってくる。
男が袋を抱えて路地の奥へ消えた。
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街の南東区。商人の男が手伝いと向かい合っていた。
「刻印を入れた」
「どういうことだ」
「緑の雫が瓶に刻印を入れ始めた。刻印のないものは偽物だという告知も出ている」
男が少し沈黙する。
「うちで同じ刻印を入れれば」
「精密型で、模様が複雑だから設定が分からないと再現できない。それに——読めない文字で入っている」
男が顎に手をやる。
「読めない文字」
「異国の文字だ。写すことはできるが、どう書くか分からないと正確には再現できない」
しばらく間が空く。
「行商の売れ行きは」
「今日から急に止まった。駆け出しが刻印を確認するようになっている」
男が窓の外を見る。
「次の手を考える」
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【借金メモ・60話終了時点】
前話(59話)終了時:手元銀貨三枚・残債大銀貨二枚と銀貨四枚と小銀貨一枚と大銅貨二枚
60話収入:初級ポーション(作澄:緑)フィア作十六本(大銅貨八枚×十六=小銀貨十二枚と大銅貨八枚)+初級ポーション(作淡濁:緑)ケイ作十二本(大銅貨六枚×十二=小銀貨七枚と大銅貨二枚)=銀貨二枚
60話支出:従業員給与ミレイ(大銅貨六枚)+フィア・ソル・充填×二(小銀貨一枚と大銅貨六枚)+魔術師ギルド登録料(銀貨三枚)+刻印魔道具精密型(大銀貨五枚・リナ借用分)+食事分(大銅貨一枚)=大銀貨五枚と銀貨三枚と小銀貨二枚と大銅貨三枚
リナからの新規借用:大銀貨五枚→残債に追加
残債充当:なし(手元銀貨一枚と小銀貨七枚と大銅貨七枚<返済条件の銀貨三枚)
ケイの手元:銀貨一枚と小銀貨七枚と大銅貨七枚
残債:大銀貨七枚と銀貨四枚と小銀貨一枚と大銅貨二枚
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【所持アイテムメモ】
ポーション類
初級ポーション(作淡濁:緑) × 6本(今夜仕込み分・翌朝棚補充予定)
初級ポーション(作澄:緑) × 4本(今夜仕込み分・翌朝棚補充予定)
初級ポーション(作濁:黄緑) × 大瓶三本(保管中)
素材類
シロクサ乾燥葉 × 約二十枚
ハコネソウ生葉 × 約十五枚
イヤシゴケ乾燥粉 × 約十グラム
アオバクサ生葉 × 約八枚(残)
スイショウカズラの実 × 約五粒(残)
ミツロウソウの雫(小瓶) × 一本(ダンジョン産・効能不明・解析待ち)
ホシクサの露(小瓶) × 一本(ダンジョン産・効能不明・解析待ち)
道具類
調合道具一式(購入済み) × 石臼・土鍋・計量皿一式×二組
保存瓶 × 約二十本(うち刻印済み十五本)
大保存瓶 × 三本(保管中)
精密型刻印魔道具 × 一個(購入済み・稼働中)
採用・勤務中
販売員:ミレイ(手当継続中)
生産者A(加熱担当):フィア
生産者B(濾過担当):ソル
充填作業員×二
保存瓶の大量確保:天秤座で業者探し依頼済み(リナ)
天秤座
調査段階二継続中
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