第5話『真実の天秤』
高くそびえ立つ石造りの外壁が、夕闇の中で篝火に照らされていた。森の薄暗さとは対照的に、その壁は威圧的なまでに頑強に見えた。
「いい、ケイ。さっきも言ったけど、街の中では絶対に家名を口にしないで。余計な厄介事に巻き込まれたくないなら、あなたはただの『ケイ』。いいわね」
門の手前で、リナが足を止めて念を押し、ケイは重く頷いた。
「止まりなさい」
検問所の警備兵が二人、槍を交差させて道を塞いだ。リナは慣れた手つきで腰のポーチからシルバーのカードを取り出し、提示する。
「冒険者ギルド所属、リナ。入街を申請するわ」
「確認した。……隣の男は?」
警備兵の鋭い視線がケイに向けられる。泥だらけの奇妙な服、生気の薄い顔。警備兵は不審げに目を細めた。
「連れよ。森で遭難していたところを保護したわ。身分証は紛失しているけれど、私が保証人になるわ」
「……市民証か、ギルドカードがないなら入街税を払え。小銀貨三枚だ。アウラム所属のギルド員なら無料だが、そうでないなら例外は認められん」
ケイは反射的にポケットを探ったが、中にあるのはこの世界では無価値な紙切れと端切れだけだ。
「……持って、いないんだ」
「金なしか。おい、身分証も通行料も出せん者を、むやみに通すわけにはいかんぞ」
警備兵の声には、侮蔑よりも「規則だから仕方ない」という淡々とした拒絶があった。
その時、リナが小さくため息をつき、腰のポーチから小銀貨を三枚取り出した。それを、手近な警備兵の手元へ無造作に差し出す。
警備兵は受け取った小銀貨を指先で弾き、その音と重さを確かめるようにして頷いた。
「……私のツケにして。貸しよ、ケイ」
「リナ、すまない……」
「後で耳を揃えて返してもらうわよ。利息は高いんだから」
警備兵は小銀貨を懐に収めると、顎で検問所の奥にある台座を指した。
「払いがあった以上、拒否はせん。だが最後にあれを通ってもらう。罪人は一歩も通さん」
そこには、不気味なほど透明な水晶が埋め込まれた石板――『真実の天秤』が置かれていた。
「やましいことがないなら大丈夫よ」リナが短く言った。「手を置きなさい」
ケイは生唾を飲み込んだ。
(5億の借金を抱えて夜逃げ同然で消えた俺は、この世界の基準で『罪人』なのか?)
震える右手を、冷たい水晶の上に置いた。
一瞬、ケイの鼓動が激しく打つ。水晶の奥で、淡い光が渦を巻いた。
数秒の静寂。
水晶は、透明なままだった。
「……潔白のようだな。通りなさい」
警備兵が槍を引くと、重々しい音を立てて鉄格子の門が上がり始めた。
門をくぐり、石畳の道へ足を踏み込んだところで、ケイは小声で尋ねた。
「……助かった。でも、小銀貨三枚って、どのくらいの価値なんだ?」
「一般家庭の食費、数日分くらいかしら。無一文のあなたにとっては、今の命より重いでしょうね」
リナは前を向いたまま、歩調を緩めなかった。
両脇には石造りの商店が並び、魔力の灯火が街をオレンジ色に染めている。アスファルトの街とは違う、重厚で冷徹な「富」の気配がそこにはあった。
「これからどうする?」
「まずはギルドへ行くわ。そこであなたの身分証――見習い用でも何でもいいから作らせる。じゃないと、明日からあなたは路上で寝ることになるわよ」
リナの背中を追いながら、ケイは自分の現状を噛み締めていた。
異世界に来て数時間。
命は助かったが、借金は「5億」から「小銀貨三枚」へと、形を変えて増え始めていた。
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【借金メモ・5話終了時点】
前話(4話)終了時:なし
5話収入:なし
5話支出:入街税(小銀貨3枚・リナ立替)
残債充当:なし
ケイの手元:0枚
残債:小銀貨3枚




