第58話『帰還』
朝、ガウルが店に来た。
木の板を脇に抱えている。昨日より大きい板だ。
「できた。確認してくれ」
板を受け取る。文字の形は分からないが、ガウルが彫った溝の深さと均一さは見て分かる。
「内容を読んでくれ」
ガウルが板を指でなぞりながら読む。
「緑の雫。製造責任者:当店。品質に責任を持つ。模倣品は当店と無関係——こういう内容だ」
「それでいい」
「後払いの大銅貨四枚を」
払う。板を受け取る。
店の外壁、入り口の脇に立てかける。既存の看板の横だ。
ミレイが外から確認して戻ってくる。
「これで少し説明が楽になります」
「頼む」
ミレイが頷いて棚の前に立つ。
その日の午前中、クレームを言いに来た客三人のうち二人は、看板を指さして説明が終わった。一人はまだ半信半疑だったが、本物を一本買って出ていった。
(効果はある。ただ客足は戻っていない)
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昼過ぎ、通りを一度確認する。
路地の角に荷袋を持った男がいて、駆け出し風の若者二人が立ち止まって話している。男が袋から瓶を出す。
(行商だ)
近づくと男は袋を抱えて路地の奥に消えた。こちらの顔を認識している。
舌打ちしたい気分をこらえて店に戻る。
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夕方、扉が開く。リナだった。
背負い袋が大きく、装備に傷がある。顔が日焼けして目の下に疲れが出ているが、足取りは確かだ。
「戻った」
「ちょうどよかった」
リナが少し眉を上げる。
「開口一番それ? 無事かどうか聞かないの」
「無事そうに見える。安心した」
「……まあ無事だけど」
リナが袋を下ろして椅子に座る。水を出すと、一口飲んで少し息をつく。
「話が色々ある。店の方も色々あったでしょ」
「ある。ただリナの話を先に聞く」
リナが少し驚いた顔をする。
「珍しいわね」
「向こうの情報が今後の判断に影響する可能性がある」
「なるほど、そういうことね」
リナが背筋を伸ばす。
「ダンジョンは深い。今回は第四層まで入った。Cランクで単独は正直ギリギリだった」
「無理をしたか」
「慎重にやった。ただ見てきたものは多い」
リナが話し始める。
「まず魔力ポーションの需要が跳ね上がっている。ダンジョン内では回復より魔力の消費が先に来る。特に第三層以降は魔法を使わないと戦えない構造になっている。今ある初級魔力ポーションは全然足りていない」
「うちで作れるか」
「作れる。ただ素材が違う。アオバクサとスイショウカズラの実が要る。ダンジョン近くの湧き水で育ったものが品質が高いけど、地上産でも作れる」
「需要はどのくらい」
「今のダンジョン組の人数なら、一日三十本は捌ける。値段も初級回復ポーションより上がる」
(計算が変わる)
「次に素材の話」
リナが袋から小さな布袋を取り出す。
「二種類、見たことない素材を採れた。一つは蜂蜜に似た色の雫が採れる草。もう一つは夜明け前にしか採れない水色の露。どちらもダンジョン産で、地上には出回っていない。錬金術師組合に持ち込んだら珍しいとは言われたけど、効能は分からないって」
布袋を受け取ると、二つの小瓶が入っていて一方は淡い黄色、もう一方は澄んだ水色だ。
「これを含む情報をまとめてギルドに売った」
「いくらになった」
「大金貨二枚」
胃の奥が少し動く。喉に何かが込み上げかける。
「大金貨二枚」
もう一度繰り返したのは確認のためだが、二度目の方が反応が来た。口の中に苦みが広がる。
(……落ち着け。金の話じゃない。枚数の話だ)
(大銀貨二百枚分だ)
「すごいな」
「私も驚いた。ただこれはダンジョンに命がけで入った対価だから、全部自分のものにする」
「当然だ」
リナが少し笑う。
「じゃあこちらの話を聞く」
順に話す。
粗悪品の流通、天秤座の調査、客足の減少、ミレイの疲弊と手当、看板の設置、刻印の相談。
リナが黙って聞いている。途中で何度か頷く。
「大変だったのね」
「代筆が必要なことが複数あって動けなかった。リナがいれば早かったことがある」
「そうか……」
リナが頷く。
「刻印用の魔道具について。天秤座に相談したところ、有効だが費用の回収に時間がかかると言われた。魔道具自体は繰り返し使えるが、初期費用が高い」
「いくら?」
「まだ調べていない。ただ今の手持ち資金では動けない」
リナが少し考える。
「今の残債に加えてまた借りるということ?」
「そうなる。ただこれは投資だ。刻印が入れば模倣品との区別ができて、客足が戻る可能性がある。戻れば収益が増えて返済も早くなる」
「……理屈は分かる」
リナが腕を組む。
「明日、魔法ギルドに価格を確認してみる。それから判断しましょう」
「頼む」
リナが立ち上がる。
「今日は疲れたから寝る。帳簿は明日確認する」
「分かった」
リナが扉に向かってから、少し振り返る。
「看板、見た。よくできてたわ」
扉が閉まる。
夜、仕込みをしながら今日聞いた話を整理する。
魔力ポーション、正体不明の二素材、刻印、大金貨二枚の情報売却。
状況が動いている。悪い方向だけではない。
ただ動くためには資金が要り、資金を作るためには売上が要り、売上を戻すためには刻印が要る。
(鶏と卵だ)
どこかで踏み切るしかない。
石臼を動かす。今夜の分、明日の棚に並べる分。
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【借金メモ・58話終了時点】
前話(57話)終了時:手元銀貨一枚と小銀貨六枚と大銅貨三枚・残債大銀貨二枚と銀貨五枚と小銀貨三枚と大銅貨六枚
58話収入:初級ポーション(作澄:緑)フィア作12本(大銅貨八枚×十二=小銀貨九枚と大銅貨六枚)+初級ポーション(作淡濁:緑)ケイ作8本(大銅貨六枚×八=小銀貨四枚と大銅貨八枚)=銀貨一枚と小銀貨四枚と大銅貨四枚
58話支出:従業員給与ミレイ(大銅貨六枚)+フィア・ソル・充填×2(小銀貨一枚と大銅貨六枚)+大工後払(大銅貨四枚)+食事分(大銅貨一枚)=大銅貨二十七枚
残債充当:なし(手元銀貨二枚と小銀貨八枚<返済条件の銀貨三枚)
ケイの手元:銀貨二枚と小銀貨八枚
残債:大銀貨二枚と銀貨五枚と小銀貨三枚と大銅貨六枚
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【所持アイテムメモ】
ポーション類
初級ポーション(作淡濁:緑) × 4本(今夜仕込み分・翌朝棚補充予定)
初級ポーション(作澄:緑) × 3本(今夜仕込み分・翌朝棚補充予定)
初級ポーション(作濁:黄緑) × 大瓶3本(保管中)
素材類
シロクサ乾燥葉 × 約40枚
ハコネソウ生葉 × 約25枚
イヤシゴケ乾燥粉 × 約25g
ミツロウソウの雫(小瓶) × 1本(ダンジョン産・効能不明)
ホシクサの露(小瓶) × 1本(ダンジョン産・効能不明)
道具類
調合道具一式(購入済み) × 石臼・土鍋・計量皿一式×2組
保存瓶 × 約10本(残)
大保存瓶 × 3本(保管中)
採用・勤務中
販売員:ミレイ(手当継続中)
生産者A(加熱担当):フィア
生産者B(濾過担当):ソル
充填作業員×2
看板
設置完了(品質責任・模倣品無関係の明記)
天秤座
調査段階2継続中
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