第53話『仕込み初日』
朝、食堂でリナが先に椅子に座っていた。荷物が多く、背負い袋に装備が入っている。
「どこか行くのか」
「境界の森のダンジョン。数日、中に泊まり込みで潜る」
少し間を置く。
「一人か」
「そう」
「大丈夫か」
リナが少し眉を動かす。
「何が」
「ギルドで噂になっているのを聞いた。あのダンジョンにソロで潜ることを懸念している、と」
リナが椀を置く。
「心配してくれてるのね」
「否定はしない」
「大丈夫よ。Cランクは伊達じゃない」
短く言って立ち上がる。
「戻ったら状況を聞かせて。うまくいってるかどうか教えてほしい」
「分かった」
「フィアとソルのこと、うまくやって」
リナが扉に向かう。
「気をつけろ」
リナが振り返らずに手を一度上げて出ていく。
(何日かかるか分からない)
腕が立つのは知っている。ただあのダンジョンは特殊だ——スタンピードが起きた直後に発見された場所で、内部の規模も生態もまだ分かっていない。
リナを見送ってから、素材を仕入れに向かう。
今日から複数人で仕込むため量が大幅に変わる——シロクサの乾燥葉を百二十枚、ハコネソウの生葉を八十枚、イヤシゴケの乾燥粉を百二十グラム、保存瓶を五十本。当面の量産体制を作るために多めに確保する。
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第三鐘前、店に戻るとフィアとソルがすでに来ていた。二人とも早い。
ミレイがすでに棚の前に立っていた。時間前に来ていたらしく、在庫を自分で確認している。
「今日から仕込みを始める。二人には工程の流れを先に説明する」
フィアとソルが向かい合うように立つ。
「フィアは加熱担当だ。今日は初級ポーションを一から作ってもらう。手順を見せてから、隣で自分もやる。見ていてくれ」
フィアが頷く。
「ソルは今日は濾過側の部屋に待機してもらう。加熱工程は見せられない。濾過の手順は後で教えるから、部屋に入っていてくれ」
ソルが短く言う。
「分かった」
ソルが廊下のドアから充填室を通り抜けて濾過室へ向かう。
調合室の加熱側にフィアと入る。石臼・土鍋・計量皿一式が二組並んでいる。
シロクサの乾燥葉を十枚計量すると、フィアが横で同じように計量する。
「粉砕は粗くでいい。細かくしすぎると後の工程で詰まる」
フィアが石臼を動かす。力の入れ方を確かめているような動きだ。
清水を土鍋に入れて火にかけ、沸騰させないまま人肌より少し熱い程度で止める。
「温度の確認は手のひらを近づけて判断する。湯気が出始めたら火を落としてくれ」
フィアが鍋の縁に手を添えて確かめる。
砕いたシロクサを湯に入れ、十分かけてゆっくりと溶かす。この間フィアも自分の鍋で同じ手順を追っていて、無駄な動きがない。
イヤシゴケの粉を加える。さらに五分かき混ぜる。
(ここから先は少し違う)
フィアには火を止めるように伝える。ハコネソウを加えて蓋をして蒸らす——これが初級ポーションの最終工程だ。
自分の鍋はそのまま火を続け、温度を保ちながらさらに成分を濃縮する——淡く濁った色が出るまで時間をかける。フィアの手が時折こちらの鍋に視線を向けるが、何も言わない。
フィアの鍋が蒸らし終わり、布で濾すと澄んだ緑色の原液が出る。
「よくできている。その原液は充填室に持っていって自分で瓶に詰めてくれ。初級ポーションはフィアが担当する」
フィアが頷いて、廊下側のドアから充填室へ移る。
自分の作業はまだかかる。フィアには次の仕込みを続けてもらいながら、濾過側へ回る。
廊下のドアから充填室を通って濾過室に入ると、ソルが小窓の前に立っていた。持参した見本の原液容器を作業台に置く。
「濾過の手順を教える。布の角度と速度がすべてだ」
布を広げて容器の上にかけ、ゆっくり傾けながら一定の速度で落とす。急ぐと濁りが残る。
「この状態を確認してくれ。繊維や固形物が取れて液が均一になっている。これが正しい濾過後の状態だ。二回以上通すと有効成分まで布に吸着されて薄くなる。一回でいい」
ソルが黙って見ている。目が液面を追っている。
「やってみてくれ」
ソルが同じように布を広げ、傾ける。最初は少し速かった。
「もう少しゆっくり」
ソルが速度を落とす。液体がゆっくり落ちる。
「そうだ。その速さで通す」
濾過が終わると、ソルが容器を持ち上げて光に透かし、色の変化を自分で確かめようとしている。
(この判断ができる人間は信用できる)
加熱側に戻ると、フィアがすでに次の仕込みを始めていた。石臼が動いている。
自分の原液の状態を確認すると、加熱は終わっているが繊維が多い状態だ。
(すり潰しはまだ教えていない。今日はソルに基本の濾過をさせる。出来上がりは濁った版になる)
小窓の扉を開けて容器を差し入れる。
「この原液を濾過してくれ。さっきと同じ手順でいい」
小窓越しにソルが頷く気配がする。扉を閉める。
ここからは量産に入る。フィアに初級ポーションを続けてもらい、自分は自分のペースで淡濁を仕込む。
朝の一往復で十分だった。
午後、調理場の加熱側で仕込みを続ける。フィアは隣の鍋でリズムよく動いていて、教えた手順を自分のものにしつつあり余計な確認が減っている。
自分の鍋では淡濁を仕込む。フィアには見せない——煮込み時間が違い、それだけで工程の違いが伝わってしまう。
夕方までに淡濁を十本仕上げ、フィアの初級ポーションは昼分と合わせて十五本になった。ソルが濾過した練習分は大保存瓶行きだ。
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昼前から棚に並べ始め、ミレイが客対応を続けていた。
駆け出しが来て、冒険者が来て、昼過ぎには淡濁の在庫が一時切れる。追加が出るたびミレイが棚に補充する。
(この数でも足りなくなる)
仕組みが動き始めている。
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夕方、天秤座から使いが来る。
「充填作業員の募集について。本日、応募が二名ございました。ご都合のよい日時に面談においでください」
(来た)
予想より早い。
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【借金メモ・53話終了時点】
前話(52話)終了時:手元銀貨六枚と小銀貨三枚と大銅貨八枚・残債大銀貨三枚と銀貨三枚と小銀貨二枚と大銅貨五枚
53話収入:初級ポーション(作澄:緑)フィア作15本(大銅貨八枚×十五=小銀貨十二枚)+初級ポーション(作淡濁:緑)ケイ作10本(大銅貨六枚×十=大銅貨六十枚)+初級ポーション(作澄:緑)既存在庫3本(大銅貨八枚×三=大銅貨二十四枚)=銀貨二枚と大銅貨四枚
53話支出:素材大量仕入れ(銀貨六枚)+保存瓶追加50本(小銀貨五枚)+従業員給与ミレイ・フィア・ソル(小銀貨一枚と大銅貨四枚)+食事分(大銅貨一枚)=銀貨六枚と小銀貨六枚と大銅貨五枚
残債充当:なし(手元銀貨一枚と小銀貨七枚と大銅貨七枚<返済条件の銀貨三枚)
ケイの手元:銀貨一枚と小銀貨七枚と大銅貨七枚
残債:大銀貨三枚と銀貨三枚と小銀貨二枚と大銅貨五枚(53話以降は全額返済対象)
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【所持アイテムメモ】
ポーション類
初級ポーション(作淡濁:緑) × 8本(今夜仕込み分・翌朝棚補充予定)
初級ポーション(作澄:緑) × 6本(今夜仕込み分・翌朝棚補充予定)
初級ポーション(作濁:黄緑) × 大瓶2本(保管中)+本日ソル濾過分(大瓶3本目追加開始)
素材類
シロクサ乾燥葉 × 116枚
ハコネソウ生葉 × 77枚
イヤシゴケ乾燥粉 × 113g
道具類
調合道具一式(購入済み) × 石臼・土鍋・計量皿一式×2組(加熱・濾過用)
保存瓶 × 62本(残)
大保存瓶 × 2本(保管中)
採用確定
販売員:ミレイ(女・20代前半)勤務中
生産者A(加熱担当):フィア 研修1日目完了
生産者B(濾過担当):ソル 研修1日目完了
充填作業員×2:応募2名・面談待ち
不在
リナ:境界の森ダンジョン(数日・魔物よけキャンプ装備持参)
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