第51話『分業の穴』
朝、天秤座から使いが来る。
「販売員の募集について。応募者が一名おります。本日第四鐘以降にお越しください」
掲示から三日目だ。来た。
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第四鐘を少し過ぎたところで天秤座へ向かう。リナが隣を歩く。
受付に案内されると、待合の椅子に若い女が座っていた。二十代の前半ほどで革の前掛けをしていて、こちらを見て軽く頭を下げる。
「ミレイと申します」
「緑の雫の店主だ。仕事の内容を話す」
「はい」
「店番だ。客の対応と、硬貨の受け取りと、棚の在庫を確認して俺に伝えること。読み書きは不要だが、計算は必要だ」
「計算は問題ありません」
「硬貨の種類と換算は分かるか」
「大銅貨と小銀貨まで使い慣れています」
「ポーションの値段は大銅貨六枚と八枚の二種類だ。計算は単純だ」
女が頷く。
「一人で来る客もいれば、連れで来る客もいる。一人につき一本しか売らない。これは変えない」
「分かりました」
「理由を訊かれたら、在庫が少ないためと答えてくれ。それ以上の説明は不要だ」
女がまた頷く。迷いがない。
「いつから来られるか」
「明日からでも」
「日当は大銅貨四枚。第三鐘から第八鐘まで。昼の賄いは出ない」
「問題ありません」
(悪くない)
受け答えが短く、条件を確認してから返す。店番に向いている人間の返し方だ。
「採用する。明日の朝、店に来てくれ」
「ありがとうございます」
受付でリナが書類を書く。天秤座のギルド保証は今回は使わない——期間が短いため手数料が割に合わないので、口頭での取り決めで進める。
外に出ると、リナが口を開く。
「早かったわね」
「話が短い人間は信用できる」
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昼過ぎ、錬金術師ギルドへ向かう。
中年の調合師が奥から顔を出す。
「また来たわね」
「もう一人、調合補助を探している。前回の三人以外で、紹介できる者はいるか」
「いるかどうかは分からない。ただ最近また外からの登録者が増えてる。見てみる」
少し待つと、二人を連れてくる。
一人目は四十代の男で、目線が落ち着いている。話が少ない。
「前は何をしていたか」
「薬草の乾燥と選別。調合の補助は初めてだ」
「工程を一つだけ担当する。全体は教えない。それで構わないか」
「構わない。指示通りにやる」
(悪くない)
二人目は二十代の女で、目がよく動く。質問が多い。
「どんな素材を使うのか。配合はどのくらい複雑か。他にも補助が入るのか」
全部が製造の核心に触れる質問だ。好奇心の問題ではなく、情報を集めようとする動きに見える。
(無理だ)
「少し待ってくれ」と言い、一人目の男のところに戻る。
「今日の午後、店に来てもらえるか。棚の様子を見てほしい」
男が「分かった」と短く言う。
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店に戻る途中、頭の中で計算が動く。
フィアは粉砕か加熱の一方を担う。今日面談した男がもう一方を担えれば、工程の分業が成立する。
(ただ——)
頭に引っかかりがある。
フィアが粉砕を担当し、別の誰かが加熱を担当する。二人は互いの工程を知らないからここまでは問題ない。
ただ——完成した薬液を保存瓶に移す。その作業をどちらかが見れば最終的な品質を目で確認でき、色を見ればそこから逆算できる部分がある。
(充填も、切り離す必要がある)
薬液を瓶に移すだけなら錬金術の知識は要らない。生産者とは別に充填だけを担当する人間を雇い、生産者は薬液を大容器に入れるところまでで終わりにすれば、生産者は最終的な瓶の色を知らないで済む。
(穴が一つ塞がる)
店に戻って棚を確認すると、淡く濁った方がすでに四本出ていて在庫の残りが少ない。
天秤座に寄る時間はある。
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天秤座の受付で、リナが代筆する。
充填作業員一名、薬液をポーション瓶に移す単純作業で錬金術の知識と読み書きは不要、正確さと丁寧さが求められる、日当大銅貨三枚。
「この職種、珍しいですね」と受付が言う。
「調合の工程を分けている。充填だけを担当する者が必要になった」
受付が特に反応せず書類を進める。掲示料の大銅貨五枚を払う。
外に出る。
「また一つ穴が塞がった」
独り言になる。
リナが「随分細かく分けるのね」と言う。
「一人が知る情報を減らすほど、漏れるものが減る」
「それは分かる。ただ管理が複雑になる」
「そうだ。ただ今は複雑でも、仕組みを作る方が先だ」
リナが少し考えてから、短く言う。
「そうね」
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夕方、今日面談した男——ソルが店に来る。
「棚の横に立っていてくれ。フィアという女性が来る。二人を引き合わせる」
ソルが頷く。
少し後にフィアが来て、二人が顔を合わせ互いに軽く頭を下げる。
「二人に伝えておく。それぞれ別の工程を担当してもらう。互いの工程の内容は教えない。これが条件だ」
フィアが「分かりました」と言う。ソルが頷く。
「明日、魔術師ギルドへ二人を連れていく。開示禁止の契約を結んでもらう。これが採用の前提条件だ。来られるか」
フィアが「来ます」と言う。ソルも「問題ない」と返す。
それだけだ。
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夜、調理場で仕込みをしながら、工程の全体を頭の中で整理する。
加熱はフィア、濾過はソル、充填は募集中、販売はミレイ。
(穴はどこか)
フィアは素材の種類・粉砕度・量と火加減を知り、ソルは素材の種類・粉砕度・量と濾過手順を知る——二人は共通の素材情報を持つが、互いの固有工程は知らない。充填担当は薬液の色と量だけを知り、販売担当は価格と販売ルールを知る。
魔法契約で固めれば、単独での漏洩は防げる。
(ただし——)
フィアが加熱を終えた後、その液体を濾過側に渡す。その受け渡しの瞬間に、互いの作業空間が見える。
(部屋を分けなければならない)
同じ調理場を使う限り、どこかで互いが見える。壁で仕切り、小窓で液体だけを受け渡せれば、二人は互いの作業を見えないまま進められる。
もう一つある。
(濾過後の薬液の色は製造方法を直接明かすものではなく、色だけで配合や火加減を逆算するのは難しい)
ただ色は品質の目安になる。フィアやソルが完成後の瓶を見れば工程と品質の関係を蓄積でき、積み重なればいずれ別の場所で再現を試みられる可能性がある。
(念のため、充填も切り離す)
(可能性は低いが、低いと無いは別だ)
フィアとソルは充填に関わらない。充填だけを担当する人間を別に二人置く——二人必要なのは仕込み量が増えたとき一人では間に合わないからだ。
(大工に頼む必要がある)
費用がかかる。また足りなくなる。
石臼を押す手を止めて、厨房の壁を一度見る。仕切りを入れるとしたらどこか、小窓の位置はどこが使いやすいか、頭の中で寸法を測る。
(リナに借りる。また増える)
どうしようもない。仕組みを先に作らないと、後で全部崩れる。
石臼を押す音が調理場に響き、シロクサの繊維が断ち切れる。今夜の分、明日の棚に並べる分。
ここまでは一人でやれる。ここから先が、一人では間に合わない。
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【借金メモ・51話終了時点】
前話(50話)終了時:手元銀貨3枚・残債大銀貨2枚と銀貨1枚と小銀貨6枚と大銅貨8枚
51話収入:初級ポーション(作淡濁:緑)5本(大銅貨6枚×5=大銅貨30枚)+初級ポーション(作澄:緑)3本(大銅貨8枚×3=大銅貨24枚)=小銀貨5枚と大銅貨4枚
51話支出:天秤座掲示料(大銅貨5枚)+食事分(大銅貨1枚)=大銅貨6枚
残債充当:小銀貨4枚と大銅貨8枚→残債大銀貨2枚と銀貨1枚と小銀貨6枚と大銅貨8枚から充当→大銀貨2枚と銀貨1枚と小銀貨2枚
ケイの手元:銀貨3枚
残債:大銀貨2枚と銀貨1枚と小銀貨2枚(魔法契約費用・大工費用・リナへの借用が確定見込み)
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【所持アイテムメモ】
ポーション類
初級ポーション(作淡濁:緑) × 4本(今夜仕込み分・翌朝棚補充予定)
初級ポーション(作澄:緑) × 3本(今夜仕込み分・翌朝棚補充予定)
初級ポーション(作濁:黄緑) × 大瓶2本(保管中・2本目使用中)
素材類
シロクサ乾燥葉 × 20枚
ハコネソウ生葉 × 14枚
イヤシゴケ乾燥粉 × 25g
道具類
調合道具一式(購入済み) × 石臼・土鍋・計量皿一式
保存瓶 × 4本(残)
大保存瓶 × 2本(保管中・2本目使用中)
採用確定
販売員:ミレイ(女・20代前半)明日から勤務開始
生産者A(加熱担当):フィア 魔法契約後に正式採用
生産者B(濾過担当):ソル 魔法契約後に正式採用
充填作業員×2:天秤座掲示中(応募待ち・魔法契約不要)
魔術師ギルド
開示禁止契約:明日フィア・ソル連れて施術予定
調理場改修
仕切り壁・小窓(扉付き)の設置:大工への依頼が確定見込み
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