第48話『口の重さ』
朝の仕込みを終えて棚を確認していると、扉を叩く音がした。
開けると知らない顔の若い男が立っていて、天秤座の紋章が刻まれた小さな銅板を差し出す。
「商業ギルド天秤座より呼び出しです。本日第六鐘までにお越しください」
男は返答を待たずに去っていく。
銅板を裏返しても文字は読めないが、紋章と男の口ぶりから意味は分かった。第六鐘まで、あと二時間ほどある。
棚に淡く濁った初級ポーション四本と初級ポーション三本を並べ、扉に「本日一時閉店」の紙を貼ってもらうためリナを探しに行く。
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食堂でリナが朝食を取っていた。
「天秤座から呼び出しがあった。代筆を頼めるか」
リナが椀を置く。
「何の用かしら」
「分からない。急ぎだ」
リナが立ち上がる。
「行きましょ」
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天秤座の受付を通ると、奥の応接室に案内された。
待っていたのは四十代ほどの男で、帳簿を複数広げたまま腕を組んでいる。顔に感情が出ない、数字と向き合うことに慣れた顔だ。
「緑の雫の登録者か」
「そうだ」
「座れ」
椅子に座り、リナが隣に立つ。男が帳簿の一枚を指で叩く。
「苦情が二件入っている。一件は客からだ」
「内容は」
「駆け出しには複数本売っているのに、装備が整った冒険者には一本しか売らない、という訴えだ。不公平な販売制限だと言っている」
(転売を狙っていた者たちか)
「もう一件は」
「商人からだ。失敗品と思われる色のポーションを販売している、という申告だ。品質基準を満たしていない可能性があると」
男が帳簿から目を上げてこちらを見る。
「二件重なれば、勧告対象になる。理由を聞こう」
「販売制限については理由がある。一人で生産しているため在庫に限界があり、毎日品切れが出るほど供給が追いついていない」
男が少し頷く。
「在庫が少ない中でまとめ買いを許せば必要な客に届かなくなる。駆け出しを優先しているのは、使う目的の客を守るためだ」
「転売目的の者を排除したということか」
「そう判断した」
男が書き留める。
「品質については」
「色が薄く濁っているのは意図した品質で、効能を確認して販売している。失敗品ではない」
「根拠はあるか」
「実際に使って、効能を確認している」
男がペンを止める。
「自分で使ったのか」
「そうだ」
少し間がある。
「……生産量の問題について、今後の対応はどう考えている」
「職人を雇って生産量を増やす。契約の準備を進めている」
男が帳簿に何かを書いてから、顔を上げる。
「正規の製造者登録があり、自己検証の上で販売している——そう判断する。今回は勧告ではなく注意に留める。ただし」
男が帳簿を閉じる。
「販売制限に合理的な理由がある場合は認められるが、その判断は透明でなければならない。基準を明文化して掲示すること。品切れが継続するなら、生産体制の改善を加速させること。これ以上苦情が重なれば、次は登録資格の停止処分になる」
「分かった」
「以上だ」
男がすでに次の帳簿に目を移している。それだけだ。
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外に出ると、昼前の広場に人が動いている。
「上手く切り抜けたわね」
リナが歩きながら言う。
「職人の契約、まだ準備してない」
「知ってる。でもそう言うしかなかったでしょ」
そうだ。
天秤座の視線がここから増える。生産量の改善を見せなければ、次は本当に資格の停止になる。
(アルガスの提案を受けるか)
五分五分の利益分配、弟子を一年かけて育てる、その間も品質管理はこちらが負う——計算はつく。ただ、製造方法が外に出るのが問題だ。
「アルガスの提案は断る」
リナが少し視線を向ける。
「理由は」
「弟子を育てるということは、手順を全部教えるということだ。製造方法が漏れる」
「それで独自に雇うつもり?」
「そうしたい。ただ方法が分からない」
「ガッシュたちに聞いてみましょ」
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宿に戻ると食堂でガッシュたちが昼食を取っていた。リナと並んで向かいの席に座る。
ミーナが「呼び出しって大丈夫だったの」と顔を上げる。
「何とかなった。ただ別の問題がある」
「何」
「生産量を増やすために人を雇いたい。ただ技術を教えることになるから、外に漏れると困る」
ガッシュが椀を置く。
「秘密保持の話か」
「そうだ。約束を取り付けても守られるか分からない。どうすればいい」
しばらく間があってから、ガッシュが腕を組む。
「口約束は破られる。書類はリナに頼めば形になるが、破った相手を訴える先が問題だ。辺境の街でそういう裁定をしてくれる機関があるかどうか」
テオが小さく口を開く。
「ギルドの保証制度を使う手がある」
「どういうことだ」
「冒険者ギルドや商業ギルドには、仕事の取り決めを証明する保証制度がある。破った場合にギルドが制裁を加えられる仕組みだ。ただし手数料がかかる」
ガッシュが頷く。
「あれは使える。ただ相手がギルドの登録者でないと適用できない」
「雇う人をギルド登録者の中から選べばいいんじゃないの」
ミーナが言う。
「それと」
テオが続ける。
「技術の全部を一人に教えない方がいい。工程を分けて、別々の人間が担当すれば、一人が漏らしても全部は揃わない」
「それは考えた」
テオが少し止まる。
「ただ問題がある。担当者二人が話せば、揃う」
テオが少し黙り、ガッシュが息を吐く。
「確かにな。雇った人間同士が仲良くなれば終わりだ。分業で防げるのは外部への単独漏洩だけで、内部で合わされたら意味がない」
テオが少し間を置いてから口を開く。
「……そうなると、制度と分業を組み合わせても完全には塞げないな」
ガッシュが腕を組み直す。
ミーナが「難しいね」と小さく言う。
「信用できる人間をどう見分ける」
「分からん。そこは経験と運だ」
ガッシュが短く言って、また椀を持つ。
黙って聞いていたリナが器を置いた。
「一つだけ、ほかに手があるかもしれない」
「何だ」
「魔術師ギルドに、魔法で縛る契約があると聞いたことがある。破れば術が発動するとか、嘘をついた瞬間に何かが起きるとか……詳しくは知らないけど」
ガッシュが眉を寄せる。
「そんなものがあるのか」
「噂の域を出ないわ。ただ錬金術師ギルドに登録してるなら、あちらと接点がある。確かめてみる価値はあるかもしれない」
頭の中で地図が動く——街外れの高台の塔、薬品の刺激臭とは違う魔力の空気。
「確かめてみる」
食堂の声が続いている。制度、分業、そして魔法の契約——選択肢が三つ並んだが、どれが使えるかはまだ分からない。
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【借金メモ・48話終了時点】
前話(47話)終了時:手元銀貨1枚と小銀貨8枚と大銅貨6枚・残債大銀貨2枚と銀貢1枚と小銀貨9枚と大銅貨9枚
48話収入:初級ポーション(作淡濁:緑)4本(大銅貨6枚×4=大銅貨24枚)+初級ポーション(作澄:緑)3本(大銅貨8枚×3=大銅貨24枚)=小銀貨4枚と大銅貨8枚(一時閉店のため午前分のみ)
48話支出:食事分(大銅貨1枚)
残債充当:なし(手元が銀貨3枚未満のため)
ケイの手元:銀貨2枚と小銀貨3枚と大銅貨3枚
残債:大銀貨2枚と銀貨1枚と小銀貨9枚と大銅貨9枚
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【所持アイテムメモ】
ポーション類
初級ポーション(作淡濁:緑) × 5本(今夜仕込み分・翌朝棚補充予定)
初級ポーション(作澄:緑) × 3本(今夜仕込み分・翌朝棚補充予定)
素材類
シロクサ乾燥葉 × 40枚
ハコネソウ生葉 × 28枚
イヤシゴケ乾燥粉 × 42g
道具類
調合道具一式(購入済み) × 石臼・土鍋・計量皿一式
保存瓶 × 7本(残)
採取クエスト
次回依頼:翌朝発注予定
店舗
店舗兼住居「緑の雫」(南西区・薬屋通り手前)
月賃料:銀貨1枚と小銀貨7枚(調理場使用料込み)
開店七日目終了
天秤座
注意処分(警告1回目):販売基準の明文化・掲示を指示
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