第47話『在庫と商人』
朝、調理場から棚へ仕込み分を運ぶ。
前夜に瓶に移した淡く濁った初級ポーション六本と初級ポーション五本、昨日の残りと合わせれば棚がほぼ埋まる。
瓶を並べながら、瓶同士が触れる小さな音を聞く。昨日の棚の隙間では聞こえなかった音だ。
第四鐘になる前に駆け出しが一人入ってくる。装備が薄く、棚を見てから迷わず淡く濁った初級ポーションを一本選ぶ。
硬貨を受け取る。
次の客も、その次も同じで、必要な分だけ取っていく。
昼前、見知らぬ顔が入ってくる。若い女で、棚の前で目が動く。
「淡く濁った初級ポーション、三本ください」
女は迷いなく硬貨を出す。知り合いから聞いてきたのだろう。
「いくつ必要か」
女が少し視線をぶらす。
「三本欲しいのですが」
「一人一本です。そう決めています」
女が少し考えてから、瓶を一本だけ取る。
「分かりました」
出ていく。
昼を過ぎた頃、ガッシュが一人で入ってくる。
「素材の納期はいつだ」
「明日か明後日だ」
「分かった。それでいい」
ガッシュが棚を見る。昨日より瓶が増えている。
「売上、上がってるな」
「まあまあだ」
ガッシュが鼻を鳴らして出ていく。
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午後、店の外を確認する。
商人がいない。三十歩先に立っていた場所に誰もおらず、通りを見渡しても姿は見えない。
(何をしている)
昨日と今日で、何か動きがあった。監視から別の行動に変わったのか。
店に戻り棚を確認すると、淡く濁った初級ポーション二本、初級ポーション三本。午前中より四本減っている。
夕方、装備が整った客が来る。採取に出ていた者だ。
棚を見て眉がわずかに動いてから、初級ポーションを一本だけ選ぶ。
「また明日来る」
出ていく。
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開店六日目の朝。
扉を開ける前に棚を見る。淡く濁った初級ポーション二本、初級ポーション三本——昨日の夜に仕込んだ分がまだ上がっていない。
第四鐘を少し過ぎた時間に、二人連れの客が入ってくる。
「緑の雫ですね。聞きました」
一人が棚に近づく。
「淡く濁った初級ポーション、二本ください」
「一本です」
「えっ」
二人が視線を合わせる。
「え、二人いるんですが」
「一人一本です」
二人がそれぞれ一本選んで、硬貨を置いていく。納得していない顔だ。
出ていき、棚に初級ポーション二本だけが残って、昼前には両方なくなっている。
次の客が入ってくる。棚が空だ。
「売り切れました。また明日」
出ていく。
午前中、ガッシュたちから素材が届く。
「早い」
ガッシュが肩をすくめる。
「昨日中に全部取り終わってた。今朝、ギルドに納めに行った」
「礼を言う」
「いらない」
ガッシュが袋を下ろすと、シロクサ、ハコネソウ、イヤシゴケが出てくる。昨日より量が多い。
「次の依頼、出してくれ」
「今日中に」
「分かった」
ガッシュが出ていく。ミーナとテオが頷いて続く。
調理場に運んで素材を棚に並べる。昼から仕込みを始め、石臼の音がしばらく続く。
昼過ぎ、新しいクエストを出しに冒険者ギルドへ向かう。
リナが受付にいる。
「また出すのか」
「そうだ。同じ内容で」
リナが依頼票を書く——シロクサ五十枚、ハコネソウ三十枚、イヤシゴケ五十グラム、単価は買取の二割増しだ。
依頼票を掲示板に貼り、店に戻る。
夕方、棚を確認する。淡く濁った初級ポーション四本に初級ポーション三本——午前の仕込み分が上がり、朝の品切れから棚はようやく埋まりかけている。
(明日はもっと多く客が来る)
今日の売上数と明日の予測、一日に仕込める本数、素材の消費速度が頭の中で回転する。
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第二十鐘を過ぎた頃、扉が開く。
遅い時刻だから客が来ることは少ないはずだ。
中年の男が入ってくる。装備は冒険者だが、背負った鞄が採取道具ではない。目がこちらをさりげなく計測している。
(商人だ)
棚を見ずにカウンターに直接来る。
「営業中か」
「そうだ」
「閉店間近のようだが」
「まだ開いている」
商人が小さく笑う。
「いい。用があるのは、お前さんだ」
視線をこちらから動かさない。
「商業ギルドの規定は知っているか」
「知らない」
「怠慢だな」
「そうか」
商人が頬杖をつく。
「ギルド登録者は、正当な理由がない限り、適正な在庫を保つ義務がある。品切れ状態の継続は」
「知らない」
「聞きなさい」
商人の声が低くなる。
「品切れ状態が三日以上続けば、営業停止処分の対象になる。今のお前さんは、毎日品切れしている」
「朝も夜も仕込んでる」
「それでは足りないのだろう」
商人が身を少し乗り出す。
「素材の買い付けはどこか。採取者との契約はあるか。初級ポーションの買取価格はいくらか」
質問が続く。
「製造方法は」
「教えられない」
「なるほど。そこは固いな」
商人が身を引く。
「では別の提案だ。お前さんの製造したポーション、全て買い取ってもいい。相場より高く出す」
「売らない」
「値上げすれば」
「売らない」
商人が目を細める。
「品質がいいと評判で、駆け出しどもがよく話題にしている。濁ったものは高効能で澄んだものより重宝され、初級ポーションなのにダンジョン産と比較される。珍しい話だ」
(知っている)
地上産は濁るほど高効能で、世間の認識は逆だが実態はそこにある。計算した通りだ。
「製造方法は、誰から学んだ」
「教えられない」
「さすがだ。秘密を守る」
商人が身を正す。
「では、この話はどうか。町には似たような店が出始めていて、精製度は低いが価格は安い。お前さんの品質を享受してきた客は安い店に流れ始めるだろう——競争だ。今のお前さんでは保つことはできない」
品質ではなく競争の話だ。
「既に何軒」
「数えていない」
商人が腕を組む。
「ただ増えるのは時間の問題で、一月もすれば五軒は出るだろう。お前さんは一人だ。仕込みの量には限界があり、品質も落ちるだろう」
推測の範囲だ。情報収集と一致しない。
商人の口ぶりが変わる。
「最後の提案。お前さんが製造を担当し、販売と卸をこちらで引き受ける。利益は五分五分だ」
「仕込みの量を増やすことはできない」
「そこだ」
商人が指を立てる。
「弟子を取って修行させる。一年も経てば二人分の仕込みが可能になり、一人の仕込みでも五分五分なら充分な利益が出る」
計算がついている。提案ではなく、説得だ。
「返答は」
「考える。すぐには決められない」
商人が目を動かし棚の瓶を見つめる。
「考える間に、品質を維持しつつ仕込み量を増やす方法を探すといい。無理をすれば品質が落ち、客は離れる——そこが生存線だ」
身を起こし、テーブルに一枚の紙を置く。
「後日、返答をくれ。連絡先は書いてある。仕入れ業者アルガスと言えば通じる」
商人が扉に向かう。
「待て」
振り返る。
「お前は何者か」
商人が笑う。
「商人だ。それ以上でもそれ以下でもない——お前さんが何をしているか、それだけに関心がある。製造方法ではなく、なぜ品質を保つのか。その答えが気になっているだけだ」
「答えは」
商人が少し間を置く。
「お前さんの返答を聞いてから、考える」
扉が開いて商人が出ていき、扉が閉まる。
紙を拾い上げるが、何が書いてあるかは分からない。商人の言葉だけが頭に残る——競争、弟子、品質の維持と量の両立。
棚の瓶を見る。
明日もまた品切れになるだろう。
仕込みの速度が、足りていない。
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【借金メモ・47話終了時点】
前話(46話)終了時:手元大銅貨8枚程度・残債大銀貨1枚と銀貨3枚と大銅貨1枚
47話収入:初級ポーション(作淡濁:緑)9本(大銅貨6枚×9=小銀貨5枚と大銅貨4枚)+初級ポーション(作澄:緑)4本(大銅貨8枚×4=大銀貨2枚と大銅貨4枚)=大銀貨2枚と小銀貨5枚と大銅貨8枚
47話支出:食事分(大銅貨1枚)※クエスト手数料は翌朝発注時に支払い
残債充当:大銀貨2枚と小銀貨5枚→残債大銀貨1枚と銀貨3枚と大銅貨1枚から充当→銀貨3枚と大銅貨1枚
ケイの手元:大銀貨1枚と大銅貨15枚程度
残債:銀貨3枚と大銅貨1枚
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【所持アイテムメモ】
ポーション類
初級ポーション(作淡濁:緑) × 4本(今夜仕込み分・翌朝棚補充予定)
初級ポーション(作澄:緑) × 3本(今夜仕込み分・翌朝棚補充予定)
素材類
シロクサ乾燥葉 × 54枚(本日納品分+既存残)
ハコネソウ生葉 × 37枚(本日納品分+既存残)
イヤシゴケ乾燥粉 × 55g(本日納品分+既存残)
道具類
調合道具一式(購入済み) × 石臼・土鍋・計量皿一式
保存瓶 × 7本使用(計15本から)
採取クエスト
次回依頼:本日発注済み(手数料小銅貨3枚・翌朝支払い予定)
店舗
店舗兼住居「緑の雫」(南西区・薬屋通り手前)
月賃料:銀貨1枚と小銀貨7枚(調理場使用料込み)
開店六日目終了
接触
仕入れ業者アルガス:夜間来店・提案(弟子取り+利益五五分)
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