第45話『噂の足音』
朝の空気が冷えている。石畳を踏む音だけが続く。素材屋へ向かう。
シロクサ、ハコネソウ、イヤシゴケ。湿った葉の匂いが混じる。三種類を補充する。ハコネソウがまだ高い。ダンジョン解禁で採取者が境界の森に流れているせいだ。それでも買う。手元の計算をしながら道具屋に寄って保存瓶を二十本買う。
店に戻って調理場に素材を並べる。今日仕込める量と、今の客足のペースを頭の中で合わせる。
数字が頭の中で噛み合わない。指先が一度止まる。
ただそれは後で考える。まず仕込む。
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第四鐘を少し過ぎた頃、扉が開く。
見知らぬ顔だ。若い。装備が薄い。扉の冷気を背負ったまま、棚をざっと見てカウンターに来る。
「ここ、緑の雫ですよね」
「そうだ」
「知り合いに聞いて来ました。ダンジョンで怪我したとき飲んだら思ったより効いたって」
「そうか」
「淡く濁った初級ポーションを二本」
硬貨を出す手に迷いがない。
瓶を渡す。男が袋に入れて出ていく。
扉が閉まる。
(噂だ)
次の客が来る。
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昼前、ミーナが入ってくる。
棚を一通り見てカウンターに来る。
「駆け出しの間で話題になってるよ」
「どういう話だ」
「ダンジョン行ったやつが怪我して飲んだら効いたって。何人か、同じこと言ってる」ミーナが棚の瓶を一本手に取る。光に透かし、指先で軽く回して戻す。「誰って聞いてないけど、同じ話が何人かから出てる」
「分かった」
「売れてる?」
「まあまあだ」
ミーナが少し口の端を上げる。「じゃあ私も一本」
硬貨を受け取る。ミーナが出ていく。
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午後、リピーターが二人来る。
一人目は開店初日に来た顔だ。財布から迷わず硬貨を出す。「また来た。昨日知り合いに話したら一緒に来ようって言ってたんだけど、今日は来られなかったって」
「来たら渡す」
「そうします」男が出ていく。
しばらくして別の男が入る。「友達に聞いて来ました」と言う。淡く濁った初級ポーションを三本買っていく。
棚の在庫を確認する。
淡く濁った初級ポーションが残り四本。今朝仕込んだ分がまだ上がっていない。
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夕方、冒険者ギルドへ向かう。
受付で「依頼を出したい」と言う。受付の女が少し顔を上げる。「依頼側ですか」
「そうだ。素材の採取を頼みたい」
「依頼票に記入していただく形になります」
依頼票を前にして手が止まる。文字が書けない。リナに連絡を入れておいた。しばらく待つと来る。
リナが依頼票を見て、黙ってペンを取る。
「素材の種類と量と、単価を言って」
「シロクサ乾燥葉、五十枚。ハコネソウ生葉、三十枚。イヤシゴケ乾燥粉、五十グラム。単価は買取の二割増し」
リナが書く。必要事項だけ書く。余計なことは聞かない。
依頼票を受付に渡す。確認が入って、クエスト掲示板に貼られる。
掲示板を少し見る。他のクエストに混じって、自分の出した依頼が一枚貼られている。
(これで採取に出なくていい)
店に戻る時間が増える。
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食堂でガッシュを見つける。
「今日、クエスト板に見慣れた素材名が出てたぞ」
「出した」
「俺たちが受けた」ガッシュが椀を置く。「ミーナが気づいて、テオが頷いて、終わりだ」
テオが向かいで静かに頷く。ミーナが「分かりやすすぎたもん」と言う。
「礼を言う」
「いらない」ガッシュが短く言う。「ただそのうち」
「淡く濁った初級ポーション、ガッシュとテオの分を一本ずつ融通する」
「言おうとしたことを先に言うな」
ガッシュが椀を少し強く置く。
「……そうか」
ガッシュが鼻を鳴らす。テオが小さく息を吐く。ミーナが笑う。
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夜、調理場で数字を並べる。煮沸した瓶の匂いがまだ残っている。
今日の売上。明日以降の客足の予測。一日に仕込める本数。素材の補充頻度。保存瓶の在庫。
書けないので頭の中だけで動かす。
一日に作れる最大本数は十二本。今の客足のペースで行けば、三日後には在庫が底をつく計算になる。素材の補充は二日に一度が限界だ。採取クエストの結果が戻るまでには時間がかかる。
保存瓶も問題だ。一度に二十本買えば費用がかさむ。買わなければ仕込めない。
(供給が需要に追いつかない)
口コミが動き始めている。そのことは分かった。ただそれは同時に、今の仕込み量では足りなくなるということでもある。
手を打つ必要がある。
ランタンの炎だけが揺れている。
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【借金メモ・45話終了時点】
前話(44話)終了時:手元大銅貨一枚・残債大銀貨二枚と銀貨七枚と大銅貨五枚
45話収入:初級ポーション(作淡濁:緑)12本(大銅貨六枚×12=小銀貨七枚と大銅貨二枚)+初級ポーション(作澄:緑)3本(大銅貨八枚×3=大銅貨二十四枚)=小銀貨九枚と大銅貨六枚
45話支出:素材補充(小銅貨八枚相当)+保存瓶二十本(大銅貨四枚)+食事分(大銅貨一枚)=大銅貨五枚と小銅貨八枚
残債充当:小銀貨九枚→残債大銀貨二枚と銀貨七枚と大銅貨五枚から充当→大銀貨二枚と銀貨七枚と大銅貨五枚(充当後)
ケイの手元:大銅貨一枚程度
残債:大銀貨一枚と銀貨八枚と大銅貨一枚
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【所持アイテムメモ】
ポーション類
初級ポーション(作淡濁:緑) × 4本(店舗在庫)
初級ポーション(作澄:緑) × 3本(店舗在庫)
初級ポーション(作淡濁:緑) × 1本(既存・棚端)
初級ポーション(作澄:緑) × 1本(既存・棚端)
初級ポーション(作濁:黄緑) × 大瓶1本分(保管中・用途未定)
素材類
シロクサ乾燥葉 × 30枚(補充済み)
ハコネソウ生葉 × 20枚(補充済み)
イヤシゴケ乾燥粉 × 30g(補充済み)
道具類
調合道具一式(購入済み) × 石臼・土鍋・計量皿一式
保存瓶 × 15本(20本購入・5本使用)
採取クエスト
シロクサ乾燥葉50枚・ハコネソウ生葉30枚・イヤシゴケ乾燥粉50g(依頼中・ガッシュたち受注)
店舗
店舗兼住居「緑の雫」(南西区・薬屋通り手前)
月賃料:銀貨一枚と小銀貨七枚(調理場使用料込み)
開店三日目終了
登録済み
商業ギルド「天秤座」露店区画(妨害により一時停止中)
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