第43話『開店』
第四鐘の少し前、扉を開ける。
外の空気が入ってくる。朝の冷えた匂いだ。
看板を壁に立てかける。「緑の雫」の文字。リナが書いた形は覚えた。読めないが、何が書いてあるかは分かる。
カウンターの内側に椅子を引いて座る。
棚の瓶が並んでいる。ランタンの光を透かして、淡い緑が壁を埋めている。
待つ。
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第四鐘が鳴る頃、足音が四つ近づいてくる。
扉が開く。
ミーナが一番先に入る。目が広場を見回すような動きで棚を見る。「わあ」と小さく言う。テオが続いて入る。無言だが、棚をゆっくり見ている。ガッシュが腕を組んで入る。リナが最後に入って、棚を一周するように見る。
「形になったな」
「なった」
ミーナが棚の前に立つ。淡く濁った瓶を一本手に取る。光にかざして、首を傾ける。「これ、前に飲んだのと同じ?」
「同じだ。ただ今回は素材がいい。前より効くかもしれない」
ミーナが瓶を二本カウンターに置く。「二本もらう」
「大銅貨十二枚だ」
ミーナが財布を出す。一枚ずつ数える。テオが隣で「俺も一本」と言う。静かな声だ。珍しい。
「大銅貨六枚だ」
テオが硬貨を出す。
ガッシュが棚を見ながら言う。「俺は今日はいい。ただそのうち買う」
「来てくれただけでいい」
「商売人みたいなことを言うな」ガッシュが鼻を鳴らす。
三人が店を出る。ミーナが扉のところで振り返る。「繁盛するといいね」と言う。
扉が閉まる。
静かになる。
最初の客は来た。
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第五鐘を過ぎた頃から、通りに人が増えてくる。
二人が店の前で立ち止まる。看板を見ている。扉に手をかけようとした瞬間、横から声がかかる。
「そこのポーション、危ないですよ」
振り返ると、商人風の男が二人立っている。装備ではなく商売の格好だ。見た顔ではない。
「濁った色でしょう。品質基準を満たしていない可能性があります。お体に関わることですから」
客の二人が手を引く。目が店とその男の間を行き来する。
「大丈夫ですよ、こっちの店の方が安全です」男が別の方向を指す。
二人が去っていく。
カウンターの内側から見ている。
男たちはそのまま店の前に立ち続ける。通りがかる人に同じことを言う。三人目、四人目が足を止めかけて、引き返す。
(来る)
五人目が入ってくる。駆け出しの装備だ。男たちの声を聞いていたはずだが、構わず扉を開けた。
「淡く濁った初級ポーション、二本」と言う。財布を出す迷いがない。前に買ったことがある顔だ。
瓶を渡す。硬貨を受け取る。
男が出ていく。
外の男たちがその様子を見ている。
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昼前、リナが戻ってくる。
扉を開けて、外の男たちを一瞥してからカウンターに来る。
「いつから」
「朝から」
リナが少し間を置く。振り返って、扉の外に目をやる。それから男たちの方へ歩いていく。
カウンターから見ている。
リナが男たちに近づく。声は聞こえない。ただ男の一人がリナを見て、少し表情が変わる。リナが何か言う。男が答える。また何か言う。
やりとりが続く。
男たちが顔を見合わせる。もう一度リナが何かを言う。穏やかな声に見える。怒っていない。ただ引かない。
しばらくして、男たちが歩いていく。
リナが戻ってくる。
「何を言った」
「この通りで商売をしているのは私たちだけじゃない、と言った」リナがカウンターに手をつく。「それと、天秤座の登録商人として正規に営業していることは確認済みだ、とも」
「それだけか」
「あとは」リナが少し間を置く。「あちらも正規の商人だから、同じ通りで長く仕事をするなら関係を悪くしない方がいい、と言った」
「配慮したのか」
「揉め事を大きくしても得にならない」リナが静かに言う。「今は、ね」
「今は、か」
リナは何も言わない。
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午後から客が戻り始める。
一人、二人と入ってくる。淡く濁った初級ポーションを見て、初級ポーションを見て、値段を聞いて買う者と、迷って帰る者がいる。リピーターが二人来て、まとめて買っていく。
夕方近く、在庫を数える。
淡く濁った初級ポーションが十七本出た。初級ポーションが四本出た。合計二十一本。
棚に残るのは淡く濁った初級ポーション八本、初級ポーション七本、既存の六本のうち残り二本。
悪くない。ただ、男たちがいなければあと五本は出ていたはずだ。
今日の収入を計算する。淡く濁った初級ポーション十七本で小銀貨一枚と大銅貨二枚、初級ポーション四本で大銅貨三十二枚。合わせて小銀貨四枚と大銅貨二枚。
初日だ。
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夜、錬金術師ギルドへ向かう。
受付のオルヴァが帳簿を見る。「道具の残りは五日ですね」
「購入したい。石臼、土鍋、計量皿一式」
オルヴァが少し考える。「新品でよろしいですか」
「新品でいい」
「石臼が銀貨二枚、土鍋が銀貨一枚と小銀貨五枚、計量皿が小銀貢五枚。合わせて銀貨五枚です」
頭の中で数字が止まる。
「分かった」
「お支払いは今日ですか」
「一度持ち帰る。明日来る」
ギルドを出る。夜の石畳が冷えている。
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食堂でリナを見つける。
「道具を買う。銀貨五枚かかる」
リナが椀を置く。
「また」
「また」
リナが少し天井を見る。何かを数えているような間だ。「残債がいくらになるか、分かってる?」
「大銀貨三枚と大銅貨六枚になる」
リナが視線を戻す。「合ってる」少し間がある。「毎回計算してるのね」
「してる」
「……分かった」リナが椀を持ち直す。「ただし」
「利息は払う」
「それと」リナが静かに言う。「次に境界の森に行くときは必ず言って」
少し間を置く。
「分かった」
リナが椀に視線を落とす。それだけだ。
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【借金メモ・43話終了時点】
前話(42話)終了時:手元ほぼ零・残債大銀貨二枚と大銅貨六枚
43話収入:初級ポーション(作淡濁:緑)17本(大銅貨六枚×17=小銀貨一枚と大銅貨二枚)+初級ポーション(作澄:緑)4本(大銅貨八枚×4=大銅貨三十二枚)=小銀貨四枚と大銅貨二枚
43話支出:食事分(大銅貨一枚・宿代不要)
残債充当:小銀貨四枚→残債大銀貨二枚と大銅貨六枚から充当→大銀貨二枚と大銅貨二枚
新規借金:調合道具一式購入(銀貨五枚)
残債合計:大銀貨二枚と大銅貨二枚+銀貨五枚=大銀貨二枚と銀貨五枚と大銅貨二枚→大銀貨三枚と大銅貨二枚
ケイの手元:大銅貨二枚程度
残債:大銀貨三枚と大銅貨二枚
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【所持アイテムメモ】
ポーション類
初級ポーション(作淡濁:緑) × 8本(店舗在庫)
初級ポーション(作澄:緑) × 7本(店舗在庫)
既存ポーション × 2本(作淡濁1+作澄1・棚端)
初級ポーション(作濁:黄緑) × 大瓶1本分(保管中・用途未定)
素材類
シロクサ乾燥葉 × 約十枚(残)
ハコネソウ生葉 × 約五枚(残)
イヤシゴケ乾燥粉 × 約十二g(残)
道具類
調合道具一式(借り物) × 残五日(購入検討中)
調合道具一式(購入予定) × 翌日受け取り予定
保存瓶 × 0本
店舗
店舗兼住居「緑の雫」(南西区・薬屋通り手前)
月賃料:銀貨一枚と小銀貨七枚(調理場使用料込み)
開店初日終了
登録済み
商業ギルド「天秤座」露店区画(妨害により一時停止中)
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