第41話『店舗の検討と決断』
朝、薬草屋でハコネソウを五束と保存瓶を六本買う。
「ハコネソウ五束で小銀貨一枚、瓶六本で小銀貨三枚と小銅貨二枚になります」
財布から出す。残りが薄くなる。今日売れれば戻る。
作業場に入ると先客が一人いる。端で石臼を動かしている。こちらに目も向けない。
石臼を押す。土鍋に火を入れる。手順は体に染みている。一本目、淡い濁り。二本目、また淡い濁り。三本目で少し澄みすぎる。四本目から六本目、安定して淡い濁りに戻る。
並べる。淡く濁った初級ポーション五本、澄んだ初級ポーション一本。
木箱に収める。今日の在庫はこれだけだ。
第五鐘が鳴る頃、作業場を出る。
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木箱を担いで露店の区画へ向かう。
いつもの角に差し掛かったとき、すでに誰かがいる。
男が二人、木箱を台代わりに据えて布を敷いている。こちらの区画だ。
「ここは申請した区画です」
男が振り返る。がっしりした体格だ。
「知らないな。今朝から使ってるが」
「天秤座に登録しています。書類があります」
「書類」男が鼻を鳴らす。
「そんなもの、天秤座にでも見せろ。露店なんて早い者勝ちだ」
「天秤座に確認を取ります」
「好きにしろ」男が背を向ける。
「ただし俺たちが先に使ってる。それだけだ」
連れの男が薄く笑っている。足元に荷物が積まれている。
木箱を抱えたまま、来た道を戻る。
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商業ギルド「天秤座」の窓口へ向かう。
登録書類と区画の番号を指で示す。受付が確認する。「確かにこの区画はあなたの登録です」
「今朝から別の人間が使っている」
受付が少し眉を動かす。
「……確認します。ただ立ち退きの執行には時間がかかります。今日中には難しい」
受付が少し言いにくそうに続ける。
「それと、もう一つ。あなたのポーションについて陳情が出ています」
「陳情」
「濁ったポーションを売るのは危険だ、と。購入者が事故に遭う可能性がある、と主張しています」
「問題があるのか」
「品質基準には違反していません。ただ前例が少ないので……」
「明日は使えるか」
「保証はできません」
受付が書類を閉じる。
「その陳情を出した商人ですが」
「誰だ」
「申し訳ありません。名前は出せません」
少し間がある。
「……ただ、露店区画の利用者です」
「分かりました」
外に出る。風が石畳を渡っていく。木箱を脇に挟んだまま少し立つ。
露店は使えない。
今日は売れない。素材代は持ち越しになる。
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昼、食堂でガッシュとリナに話す。
「区画を奪られた。申請済みの場所を、堂々と」
ガッシュが眉を上げる。
「どういうことだ」
「先に使ってるから関係ないと言われた。天秤座に訴えたが、今日中は無理だと。明日も保証はないと言われた」
ガッシュが腕を組む。
「外から来た連中は地元のルールを知らないか、知っていて無視する。厄介だな」
リナがペンを置く。
「一時的な問題じゃないわ。人が増えれば同じことが繰り返される」
「分かってる」
「露店じゃ限界があると思うからお店を借りるのはどうかしら。南西区の薬屋通りあたりなら空きが出てると聞いた。大家に当たってみる価値はあると思うけど」
「金の問題がある」
「分かってる。でも今日みたいなことがまた起きる」
返す言葉がない。
椀の音がする。食堂の声が遠い。
(……動く)
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午後、リナと商業ギルドへ向かう。窓口で「南西区に店舗兼住居を探している」と告げると、担当の男が帳簿を出す。薬屋通り手前に一軒あると言う。大家への橋渡しも天秤座が行う。
大家は中年の男だ。天秤座の紹介状を確認してから口を開く。
「一軒空いてる。調理場もついてる」
「ポーション調合で使いたい。問題ないか」
大家が少し目を細める。
「薬草を煮炊きするなら追加料金をもらう。通常の賃料は銀貨一枚と小銀貨五枚。調理場を使うなら小銀貨二枚上乗せで、銀貨一枚と小銀貨七枚だ」
リナが眉をわずかに動かす。
「ずいぶん高いわね」
「前の倍近い。ダンジョンが解禁になってから上がった」大家が続ける。
「保証金も要る。銀貨八枚だ」
膝の力が抜けかける。それを踏みとどめる。
「中を見せてもらえるか」
鍵を借りて中に入る。間口は狭い。扉を開けると埃の匂いがする。棚の跡が壁に残っている。奥に調理場がある。竈と作業台、水桶を置く台。その隣に小さな部屋がある。
(ここで調合できる)
リナが小さく頷く。
「作業場を借り続けなくて済む分は節約になるわ」
窓から大通りが見える。人の流れがある。
ただ金が、ない。
露店なら借金は増えない。
だが今日みたいなことがまた起きる。
リナが指を折りながら言う。
「備品も要る。カウンター、棚、椅子、ランタン、看板……最低限で銀貨一枚と小銀貨五枚はかかる」
頭の中で数字を並べる。
保証金、初月賃料、備品。合計で銀貨十一枚と小銀貨二枚。
今の残債に積み上がる。
「全然足りないわ」リナが少し首を傾ける。
「まあ、貸してあげてもいいけど。高いわよ?」
少し間がある。
「頼む」
「はいはい」リナが扉に手をかけ、振り返りもせずに言う。
「利息は払ってね」
「分かってる」
「看板はどうするの。あなた書けないんだから、書いてあげるけど」
「ポーション屋でいい」
「それだけ」リナが少し考える顔をする。
「……まあいいわ。任せて」
扉が閉まる。夕暮れの路地に二人分の足音が続く。
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翌朝、商業ギルドで手続きをする。リナが代筆する。書類に判を押す場所をリナが指さして、ケイが親指の跡を押す。保証金を渡す——実際に渡すのはリナだ。
鍵を受け取る。
小さな鉄の鍵だ。掌の中でひんやりとした重さがある。
帰り道、リナが「開店はいつにするの」と聞く。
「棚とカウンターが届いてから。明後日になる」
「そう」それだけだ。
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道具屋と木工所を回る。
木工所の中は木屑の匂いがする。鋸の音が奥から断続的に聞こえてくる。カウンター用の板と脚、壁付けの棚、椅子一脚、ランタン二つ、布数枚、小箱一つ。リナが値段を確認しながら選ぶ。「これは高い、こっちの方がいい」と言いながら回る。値切るたびに職人の顔が少し渋くなる。それでもリナは引かない。
リナが計算する。
「銀貨一枚と小銀貨三枚になった」
「交渉で削れたか」
「少しだけ」
棚とカウンターは翌日設置の手配をする。今夜はランタンと布と小箱だけ持ち帰る。
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夜、食堂でガッシュが向かいに座る。
「どうなった」
「店を借りた」
ガッシュが少し目を上げる。
「早いな」
「リナに借金した」
「また増えたか」ガッシュが椀を置く。
「いくら」
「新規で銀貨十一枚。既存と合わせると大銀貨一枚と小銀貨五枚になる」
ガッシュがしばらく黙る。
「……でかいな」
「でかい」
「返せるのか」
「返す」
ガッシュが鼻を鳴らす。「まあ、お前が言うなら信じる」
ミーナが身を乗り出す。「お店!いつ開くの」
「二日後だ」
ミーナが即座に言う。「行く」テオが小さく頷く。
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夜遅く、リナが食堂のテーブルに板を置いて羽根ペンを走らせる。流れるような線が並んでいく。
「何て書いた」
「ポーション屋。それと店の名前。勝手につけた」リナが板を傾けて見せる。「『緑の雫』。どうせ淡く濁った緑色のポーションを売るんでしょ」
「悪くない」
「でしょ」リナが板を戻す。表情は変わらない。ただペンを持つ手が、少し丁寧に動いている。
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【借金メモ・41話終了時点】
前話(40話)終了時:手元大銅貨約十四枚・残債小銀貨五枚と大銅貨二枚
41話収入:初級ポーション(作淡濁:緑)0本・初級ポーション(作澄:緑)0本=大銅貨〇枚(露店妨害により販売なし)
41話支出:ハコネソウ5束(小銀貨一枚)+保存瓶6本(小銀貨三枚と小銅貨二枚)+その他雑費(小銅貨数枚)
新規借金:保証金(銀貨八枚)+初月賃料(銀貨一枚と小銀貨七枚)+備品(銀貨一枚と小銀貨三枚)=銀貨十枚と小銀貨十枚=銀貨十一枚
残債合計:銀貨十一枚+小銀貨五枚=銀貨十一枚と小銀貨五枚→大銀貨一枚と小銀貨五枚
ケイの手元:大銅貨数枚(素材代支出後)
残債:大銀貨一枚と小銀貨五枚
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【所持アイテムメモ】
ポーション類
初級ポーション(作淡濁:緑) × 5本(販売用・未売)
初級ポーション(作澄:緑) × 1本(販売用・未売)
初級ポーション(作濁:黄緑) × 大瓶1本分(保管中・用途未定)
素材類
シロクサ乾燥葉 × 約20枚
ハコネソウ生葉 × 約0枚(全使用)
イヤシゴケ乾燥粉 × 約六g
道具類
調合道具一式(借り物) × 残十日
保存瓶 × 0本(全使用)
店舗
店舗兼住居「緑の雫」(南西区・薬屋通り手前)
保証金:銀貨八枚(リナより借用)
月賃料:銀貨一枚と小銀貨七枚(調理場使用料込み)
備品:翌日設置予定(カウンター・棚・椅子・ランタン×二・小箱)
看板:リナ作「緑の雫」
登録済み
商業ギルド「天秤座」露店区画(妨害により一時停止中)
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