第40話『手応え』
朝、薬草屋でハコネソウを四束買う。今日は二束では足りない。
「四束で小銀貨一枚と小銅貨六枚です」と店の女が言う。
財布から硬貨を出しながら計算する。一本に五枚。四束で八本。シロクサとイヤシゴケは足りている。
問題がある。保存瓶が二本しかない。
「瓶を六本追加で」
「小銀貨一枚と小銅貨八枚になります」
合わせて小銀貨三枚と小銅貨四枚。財布が軽くなる。
それでいい。在庫がなければ売れない。
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作業場に入ると先客が二人いる。どちらも見慣れない顔だ。外から来た錬金術師だろう。声の訛りが違った。
道具を並べる。石臼、土鍋、計量皿。
シロクサを石臼に入れて押す。ハコネソウを刻む。清水を鍋に入れて火にかける。手順は体に入っている。手が勝手に動く。
一本目。淡い濁り。
二本目。少し澄みすぎた。火加減のわずかなずれだ。澄んだ品として保存瓶に移す。
三本目。また淡濁に戻る。
四本目、五本目と続ける。六本目で指先が疲れてくる。石臼を押す力が均一でなくなる。七本目は仕上がりが甘い。解析は使わない。色を見れば分かる。
八本目を終える。遠くで第五鐘が鳴る。
並べる。淡く濁った初級ポーション六本、澄んだ初級ポーション二本。
これを持って露店に出る。
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木箱を区画に置いてひっくり返す。布を敷いて八本を並べる。板を立てかける。
いつもより瓶が多い。台の上が少し賑やかに見える。
最初の一時間は誰も止まらない。いつもと同じだ。
昼前、見覚えのある顔が露店の前に立つ。
革鎧の肩が擦り切れた男だ。三日前に初めて買っていった駆け出しだ。目が少し落ち着かない。
「また来た」
「……効いた」男が少し間を置いてから言う。
「ダンジョンで魔物に引っ掻かれてそのまま飲んだ。塞がりが早かった。普通のより確かに早かった」
「以前、同じような傷で普通の初級ポーションを飲んだことがある。あのときより明らかに早かった」
「残り全部もらえるか」男が台の上を見る。
「今ある分、全部だ」
「今日は六本です。澄んだものが二本、淡く濁ったものが四本」
「全部くれ。いくらだ」
「淡く濁ったものが六枚で四本、澄んだものが八枚で二本。合わせて小銀貨四枚です」
男が財布を出す。中身を確認して、眉が少し寄る。
「……小銀貨三枚と大銅貨八枚しかない」
「では淡く濁った四本と澄んだ一本で。小銀貨三枚と大銅貨二枚です」
男が硬貨を数えて差し出す。瓶を五本まとめて渡す。男が鞄に押し込む。
「なんで全部買うんだ」
「仲間に回す」男が鞄の口を閉じながら言う。
「今日またダンジョンに出る。こっちの方が効くなら、持っていた方がいい」
「使う場面がないのが一番いい」
「分かってる」男が短く言って歩いていく。
台の上に一本残る。
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昼過ぎ、別の駆け出しが一人来て澄んだ一本を買っていく。
それで台の上が空になった。
第七鐘を少し過ぎた頃だ。今日はここで終わりだ。
木箱を畳む。布をたたむ。
今日の収入を数える。小銀貨三枚と大銅貨二枚、それと大銅貨八枚。合わせて小銀貨四枚。
手が少し止まる。
在庫が足りなかった。
まだ売れたかもしれない。
(量を増やす必要がある)
木箱を脇に抱えて宿へ向かいながら、頭の中で計算を続ける。
ハコネソウ四束で八本作れた。ただ五本がまとめて出た時点で在庫が底をついた。次は最低でも十本は用意したい。五束買えば十本になる。ただ一日に安定して作れる本数には限りがある。六本目あたりから手が疲れる。
問題は量より先に手順の安定だ。八本作って二本が澄んだ色になった。手順は同じでも結果がずれる。まず六本を安定して作れるようになる。それから増やす。
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食堂に戻るとガッシュが夕食を食べている。
「今日は早かったな」ガッシュが言う。
「もう終わりか」
「昼過ぎに在庫が切れた」
「売り切れか」ガッシュが少し目を上げる。
「何があった」
「初日に買った駆け出しが戻ってきて、残り全部持っていった」
「全部」
「五本まとめてだ。仲間に回すと言っていた」
ガッシュが椀を置く。
「そいつ、今日またダンジョンに出るって言ってたか」
「そうだと言っていた」
ガッシュが腕を組む。
「だとすると、今日中に誰かが使う場面が出るかもしれないな」
「そうなれば話が広がる」
「広がるかどうかは分からんが」ガッシュが続ける。
「俺も今日ダンジョンで似たような話を聞いた。別のパーティの話だが、探索中に仲間が怪我して持ってたポーションを使ったら塞がりが早かったって。あの色の悪いやつじゃないかって話になってた」
「それは」
「お前のところのかどうかは分からない。ただ似た話が出てきてるのは確かだ」
頭の中で線がつながった。初日に買った駆け出しが使った。仲間か周囲の誰かが見ていた。その話がギルドの中で動いている。
うまくいけば、明日にはもう少し売れる。
胸の奥に、手応えが残る。
「ありがとう」
ガッシュが眉を上げる。
「何が」
「情報だ」
ガッシュが鼻を鳴らす。
「相変わらず商売人みたいなことを言う」
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夜、リナと向かい合う。
メモ帳を広げる。今日の文字を書く。手が少し疲れている。朝から石臼を回し続けた腕だ。それでもペンを持つ。
リナがペンを持ちながら聞く。
「今日はよく売れたの」
「過去最高だった。リピーターが来た」
リナがペンを止める。
「効いた、って戻ってきた」
「そうだ」
「……よかったね」
「次は量だ。一日に安定して作れる本数を増やす必要がある」
リナが小さく息を吐く。
「今日の文字を見せて」
メモ帳を差し出す。リナが確認する。
「悪くない。ただ右側の画が崩れてる。疲れてるの」
「朝から調合した」
「手が疲れてるなら今日は短くしましょ。無理に詰め込んでも入らないから」
「それでいい」
三文字だけ書く。リナが横で確認する。
「これは合ってる」
窓の外で第八鐘が鳴る。食堂の声が一瞬静まって、また戻る。
ペンを置く。リナが紙を片付ける。
「リナ」
「なに」
「残債の話だ。今日の分を充当すると、だいぶ削れる」
リナが数える手を止める。
「いくら残る」
財布から硬貨を出してテーブルに並べる。
「計算してくれ。今日残ったのはこれだけだ」
リナが数える。少し考える。
「銀貨一枚のうち、小銀貨六枚分は返せる。残りは小銀貨四枚分」
「小銀貨四枚か」
「そう。あと少しね」
「あと少しだ」
リナが紙を重ねて立ち上がる。
「おやすみ」
「ありがとう」
リナが一瞬だけ止まる。何か言いかけて、言わない。そのまま歩いていく。
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