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元トレーダー、金アレルギーなのに金本位制の異世界に翻弄される  作者: 夜明け一葉
第2章

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第39話『根拠』

朝、薬草屋が開くのを路地の角で待った。扉が開く音がして、中に入る。


「シロクサを二束。それと保存瓶を二本」


「シロクサ二束で小銅貨四枚、瓶二本で小銅貨六枚です」と店の女が言う。


財布から出す。受け取って、すぐ作業場へ向かう。


錬金術師ギルドの作業場は朝から混んでいる。見慣れない顔が三人いる。訛りのある言葉を話している。どこかの街から来た錬金術師だろう。道具を並べる隙間を確保して、作業を始める。


シロクサを石臼に入れて押す。繊維が断ち切れる感触が掌に伝わる。ハコネソウを刻む。刃が当たるたびに青い匂いが立つ。清水を鍋に入れて火にかける。指先を水面に近づけて温度を確かめる。沸騰させない。これだけ守れば崩れない。


隣の台で見慣れない男が作業している。手つきが雑だ。火加減を見ていない。出来上がるものは推して知るべしだが、それはこちらの話ではない。


一本目が仕上がる。布で濾すとき、液体が瓶の中に落ちる音が細く続く。淡い濁りが、ゆっくりと底に向かって落ち着いていく。


二本目。今度は少し澄みすぎた。火加減のわずかなずれだ。腕がそれを覚えていない。三本目でまた淡濁に戻る。


保存瓶に並べる。淡く濁った初級ポーション二本、澄んだ一本。


昨日の在庫と合わせる——昨日は全部出た。今日この三本が今日の全てだ。


(少ない)


ハコネソウが足りない。今夜また買い足す。


---


作業場を出ると、ギルドの前の広場でガッシュ、ミーナ、テオが装備を確認している。いつもより荷物が重い。ミーナの腰に回復薬の小瓶が複数ぶら下がっている。


「ダンジョンか」


「上層の第一層だ」ガッシュが革鎧の留め具を締めながら言う。

「今日が初回だ。様子見で入る」


「何層まで」


「一層だけ。地図と魔物の確認が目的だ。深追いはしない」


テオが無言でナイフの刃を確かめている。ミーナが「怖いけど楽しみ」と小声で言う。


「ポーションはあるか」


「各自一本持ってる」ガッシュが言う。

「お前の淡く濁った初級ポーションじゃないがな」


「帰ってきたら話を聞かせてくれ」


ガッシュが少し目を細める。

「情報集めか」


「そうだ」


ガッシュが短く笑って歩き始める。

「相変わらず商売人みたいなことを言う」

ミーナが手を振る。テオが小さく頷く。


三人の背中が広場の人ごみに消えていく。


---


露店の区画に木箱を置く。布を敷いて、三本を並べる。板を立てかける。


第三鐘が鳴る。


今日の広場はいつもより人が多い。聞き慣れない言葉がそこかしこから飛んでくる。装備の重い冒険者がまとまって歩いている。宿に泊まれなかったのか、壁際で荷物を枕に座り込んでいる男もいる。


最初の一時間で一本出る。昨日買いに来た連中と似た顔つきだ。革鎧がくたびれている。財布を何度も確認してから、安い方を選ぶ。


第四鐘を過ぎた頃、露店の前に影が三つ止まる。


見上げる。男が三人。装備は一人前だ。ただ目が落ち着いていない。酒の匂いがする。朝から飲んでいるのか、昨夜から飲み続けているのか。


「ポーション売ってんのか」


「初級ポーション、大銅貨六枚です」


一人が台の上の瓶を掴む。返事を待たずに手に取る。

「なんだこれ。失敗作じゃないか」


「淡く濁った初級ポーションです。効きます」


「効く」男が繰り返す。後ろの二人が顔を見合わせて笑う。

「失敗作が効くって、どんな理屈だ。俺たちを馬鹿にしてるのか」


「馬鹿にしていません。ただ見た目と効能は別の話です」


「別の話ね」男が瓶を台に戻す。乱暴に置く音がする。

「こんなもん売ってんじゃねえ。他の客に迷惑だろ」


「迷惑をかけた客はいません」


男が一歩前に出る。背が高い。体格もある。台をわずかに指先で押す。瓶が揺れる。


「値段を下げろ。三枚でいい。それなら買ってやる」


「六枚です」


「ずいぶん強気だな」もう一人が口を開く。

「街の外から来たおれたちに売りたくないのか」


視線を男から外さない。


「売りたくないのではありません。六枚が価格です。市場の三割安で出しています。これ以上は下げません」


「なんで下げねえんだ。失敗作だろ」


「失敗作に見えるから三割安です。効くから売っています。値段はそこから動かない」


男が少し止まる。後ろの二人も黙る。


「……証明できるのか、効くって」


「今すぐここでは無理です。ただ、昨日買った駆け出し冒険者が戻ってきたとき、それが答えになります」


男が鼻から息を出す。嘲笑とも、呆れとも取れる音だ。


「戻ってくるといいな」


三人が歩いていく。台には触れなかった。瓶は揺れたが倒れなかった。


肩の力が、少し抜ける。


昼過ぎに残り二本が出る。今日は計三本完売。


木箱を畳む。布を巻く。


(素材が足りない)


今夜ハコネソウを買い足して、明日仕込む。それを繰り返す。


ただ今日感じたのは、在庫より別のことだ。


男三人に囲まれて、木箱を押された。値段を下げろと言われた。それでも動かなかった。腹の底がざわついたのは確かだ。ただ崩れなかった。


根拠があったからだ。


効く、と知っている。自分で確かめた。それだけで、声が止まらなかった。


---


夕方、採取道具を担いで街の西門を出る。


静寂の森まで一人で歩く。ガッシュがいない。テオもミーナもいない。


足が勝手に速度を確かめる。いつもより遅い。ガッシュのペースに合わせていたのだと今更分かる。


森の入り口で止まる。


木立の向こうが薄暗い。風が枝を鳴らす。何かの鳥が鳴いて、止む。


(入れる)


解析は使わない。使えば頭が痛くなる。目と耳で確認する。周囲に動きはない。


シロクサの群生地は覚えている。真っ直ぐ入って、左に折れて、低い岩場の手前だ。


歩き始める。落ち葉が踏まれて乾いた音を立てる。ガッシュと歩くときと違って、周りの音がよく聞こえる。鳥の羽音、遠くで水が流れる音、何かが茂みの中を逃げる小さな音。


岩場の手前でシロクサを見つける。群生している。かがんで摘む。手が素材の感触を覚えている。


三束分を確保して立ち上がる。


あたりを確認する。動くものはない。


帰り道を辿る。来た道を戻る。それだけだ。


西門が見えたとき、息を一度深く吐く。


気づかなかったが、ずっと呼吸が浅かった。


---


食堂に戻るとガッシュたちが先に夕食を食べている。ミーナの顔色がいい。テオが静かに椀を傾けている。ガッシュの表情が、いつもより少し緩んでいる。


「どうだった」


「一層は広い」ガッシュが言う。

「魔物は三種確認した。最下位ばかりだ。慣れれば問題ない」


「怪我は」


「ない。今日は触りだけだ」ミーナが続ける。

「でも空気が違う。外と全然違う」


「ポーションは使ったか」


「使ってない」ガッシュが言う。

「使う場面がなかった。ただ次は分からない。もう少し深く入るなら数が要る」


頭の中で計算が動く。ガッシュたちが定期的にダンジョンへ入るなら、一人一本では足りなくなる。二本は必要になる。三人で六本。それが毎回出ていく計算だ。


「次に入るのはいつだ」


「三日後だ。慣らしながら進む」


「分かった」


ガッシュが「そういえば」と続ける。

「今日ギルドで面白い話を聞いた」


「ダンジョンの構造の話か」


「聞いてたか」


「まだ聞いていない」


ガッシュが椀を脇に置く。

「一層から五層は草原だそうだ。今日入った感じだと確かにそう見える。ただ六層から先は森に変わると噂になってる」


「六層から丸ごと変わる?」


「そういう話だ。ただ今のところ誰も六層に届いていない。噂の段階だ」ガッシュが腕を組む。

「面白いのはそこじゃなくて、一気に変わるという点だ。ダンジョンの環境がそんな風に切り替わるのは聞いたことがないという話だ」


ミーナが「そっから先はどうなるんだろ」と言う。


「誰も知らない。六層に届いた者がまだいないんだから」


頭の中で何かが引っかかる。草原から森へ、層ごとに環境が切り替わるなら——生息する魔物も変わる。使うポーションの種類も変わる可能性がある。


「六層まで届いたら、また教えてくれ」


ガッシュが少し間を置く。

「俺たちがGランクだと忘れてるか」


「忘れてない」


「今日の一層は最下位の魔物ばかりだったから何とかなった。それでも綱渡りだ。六層がどんな場所か、今の俺たちには話にならない」ガッシュが椀を持ち直す。

「お前が気にするのは分かるがな」


---


夜、リナと向かい合う。


食堂の声は昨日よりさらに多い。知らない言葉が混ざる割合が増えている。


メモ帳を広げる。今日習う文字を書く。リナが紙に五つの新しい形を書いて差し出す。


「昨日の五つ、覚えてる?」


紙を見ずに書く。五文字。リナが確認する。

「悪くない。一つ形が甘いけど、覚えてる」


「どれだ」


「四つ目。跳ねが足りない」


書き直す。


「今日、露店で絡まれた」


リナがペンを止める。

「怪我は」


「ない。木箱を押されただけだ」


「……どうした」


「値段を下げなかった。それだけだ」


リナが紙から目を上げる。

「怖くなかったの」


「怖かった」


「それでも動かなかった」


「根拠があったから」


リナが紙に視線を落とす。

「そう」とだけ言う。


「練習を続けよう」


「そうね」


窓の外で第八鐘が鳴る。夜の空気を揺らして、遠くへ消えていく。


ペンを動かす。力を抜いて、形を確かめながら書く。


リナが隣で新しい文字を書く。二人分のペンの音だけが、しばらく食堂の声の隙間に続く。


---

【借金メモ・39話終了時点】

前話(38話)終了時:手元大銅貨十四枚と小銅貨二枚・残債小銀貨一枚+銀貨一枚

39話収入:初級ポーション(作淡濁:緑)2本(大銅貨六枚×2=大銅貨十二枚)+初級ポーション(作澄:緑)1本(大銅貨八枚)=大銅貨二十枚

39話支出:宿+食事1日分(大銅貨三枚)+シロクサ2束(小銅貨四枚)+保存瓶2本(小銅貨六枚)

残債充当:大銅貨十七枚→残債銀貨一枚(小銀貨一枚完済)

ケイの手元:大銅貨十四枚

残債:銀貨一枚

---

【所持アイテムメモ】

ポーション類

 初級ポーション(作濁:黄緑) × 大瓶1本分(保管中・用途未定)


素材類

 シロクサ乾燥葉 × 約30枚(採取分)

 ハコネソウ生葉 × 約10枚(買い足し要)

 イヤシゴケ乾燥粉 × 約8g


道具類

 調合道具一式(借り物) × 残12日

 保存瓶 × 2本


登録済み

 商業ギルド「天秤座」露店区画(使用中)

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