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元トレーダー、金アレルギーなのに金本位制の異世界に翻弄される  作者: 夜明け一葉
第2章

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第36話『天秤の紋章』

数日かけて条件を変えた。火加減、加熱時間、素材の粉砕の粗さ、混合の順番——一つずつ動かして、結果を記号でメモ帳に記録した。保存瓶が足りなくなって買い足した。


焦げたものや条件が外れたものは捨てた。ただ濁り方が惜しい試作品は捨てなかった。大きめの保存瓶を一本買って、そこに少しずつ注いでいった。いつか何かに使えるかもしれない——そう思うだけで、具体的な算段はまだない。


三日目の昼過ぎ、布で濾した液体を瓶に移した。


わずかに濁りを帯びた色だ。初級ポーションの色でも濁った黄緑でもない。


液体が光を通しながら、淡く濁っている。見た目は「惜しい失敗作」の手前、ぎりぎり「悪くない」と言われるかもしれない程度の色だ。


解析を展開する。今日で三回目だ。こめかみに軽い痛みが走る。


三本を並べて順に見る。初級ポーション、淡く濁った初級ポーション、濁った初級ポーション。


反応の薄い方から順に——初級ポーション、淡く濁った、濁った。


(中間に収まった)


位置づけだけ分かればいい。初級ポーションより濃く、濁った初級ポーションより薄い。飲める味かどうかは、あとで確かめる。


解析を閉じる。目の奥が少し鋭く痛む。こめかみを押さえて、少し待つ。


瓶を光にかざす。淡い濁りが、ランタンの光をぼんやりと透かす。売れない色ではない。ただ「良品」とも言い切れない微妙な色だ。


少し飲む。


苦みはある。ただ濁った初級ポーションほどではない。飲み込める範囲だ。


(これでいく)


---


数日後の夕方、食堂でガッシュが「ダンジョンが近いうちに解禁になるらしい」と言う。


「どこからの話だ」


「今日来た冒険者から聞いた。ギルドマスターが動いてるって話だ。正式にはまだだが、準備しとけってことだろ」


ミーナが顔を上げる。「本当に解禁になるの」


「噂だ。ただ根拠のない話でもなさそうだ」


テオが椀に視線を落としたまま、小さく頷く。


頭の中で計算が動く。解禁になれば冒険者の数が増える。怪我をする人間も増える。ポーションの需要はさらに上がる。ギルドへの納品だけでは追いつかない。


(売り方を変える)


---


翌朝、リナを捕まえたのは第二鐘が鳴る前だった。


「ポーションを露店で売りたい。どうすればいい」


リナが食事の手を止める。「露店?」


「ギルドへの納品だけじゃ足りなくなる。ダンジョンが解禁になれば特に」


「……天秤座に登録しないと露店は出せないわよ。登録なしで売ると面倒なことになる」


「天秤座というのは」


「商業ギルド。中心広場に面した建物よ。街の物価をほぼ握ってる組織」


頭の中で地図を描く。広場の切り石造りの建物、天秤の紋章——通りかかったことがある。


「何を売るの」とリナが続ける。


「淡く濁った初級ポーション。市場の三割安で出す」


リナが眉を寄せる。「それって失敗作じゃないの」


「見た目はそう見える。ただ実際は初級ポーションより効く」


「……効くの」


「先日ガッシュたちと使ったとき、濁った初級ポーションの方が傷の塞がりが早かった。あれが根拠だ。今回のはその中間の品質になる」


しばらく間がある。リナが湯気の立つ椀を両手で包む。「……効き目がいいから買い戻しに来る、ということ」


「その流れを作りたい」


「なるほどね」リナが小さく息を吐く。「登録するなら付き合うわよ。どうせ代筆が必要でしょ」


「頼む」


「ただ」リナが椀を置く。「登録料、銀貨一枚かかるから。また借金よ」


「銀貨一枚」


思ったより高い。


「なんでそんなに高いんだ」


「参入障壁よ。既存の商人を守るためにそうなってる」リナが静かに言う。「小さな街ほど露骨だわ」


「……分かった。頼む。利息は払う」


「分かってる」リナが立ち上がる。「行きましょ」


---


商業ギルド「天秤座」は中心広場に面した切り石造りの建物だ。入口の柱に天秤の紋章が彫られている。内部は帳簿と棚が整然と並び、薬品の匂いも薬草の匂いもない。金と数字の場所だ、という空気がある。


受付の男が書類を出す。リナが代筆を始める。


「品目は」と受付が聞く。


「初級ポーション」


「製造者登録の有無は」


「錬金術師ギルド、ノービス」


受付がこちらを一瞥してから書類に何かを書く。「露店の場所は申請制です。ギルドが指定した区画から選んでください」地図を出す。ギルド周辺の区画に印がついている。


「ここ」指を置く。冒険者ギルドの正面、人の流れが変わる角だ。


受付が確認して頷く。「審査に二日かかります」


銀貨一枚を出す。受付が受け取って帳簿に記録する。


書類にリナが最後の一行を書いて、受付に返す。それだけだ。


---


外に出ると昼前の広場に人が行き交っている。


「ありがとう」


「いいわよ」リナが歩きながら言う。「これで何回目かしら、代筆」


「数えてない」


「私は数えてる」


少し間を置く。


「リナ」


「なに」


「文字を教えてくれないか」


リナが足を止める。振り返って、こちらを見る。


「……今更?」


「今更だ」


「ずいぶん経ってから言い出すのね」


「分かってる」


リナがしばらく無言でこちらを見ている。呆れているのか、何か別のことを考えているのか、表情から読めない。


「……まあ、いいけど」リナが歩き始める。「覚える気があるなら教える。ただ簡単じゃないわよ」


「分かってる」


「本当に分かってるの?」


「分かってる」


リナが小さく息を吐く。それ以上は何も言わなかった。


広場を抜けて薬屋通りへ向かう。露店の区画がどこになるか、頭の中でもう一度地図を描く。冒険者ギルドの正面、人の流れが集まる角。あそこに淡く濁った初級ポーションを並べる。


失敗作に見える色で、三割安で。


買った人間が効能に気づいて戻ってくるまで、待つ。


---

【借金メモ・36話終了時点】

前話(35話)終了時:手元大銅貨12枚・残債小銀貨7枚

36話収入:初級ポーション(作澄:緑)4本売却(大銅貨20枚・通常価格)+採取報酬2日分(大銅貨4枚)=大銅貨24枚

36話支出:宿+食事4日分(大銅貨12枚)+保存瓶追加・素材補充(小銅貨5枚)+商業ギルド登録料(銀貨1枚・リナに借用)

残債充当:大銅貨10枚→残債小銀貨6枚

ケイの手元:大銅貨13枚・小銅貨5枚

残債:小銀貨6枚+銀貨1枚(リナへの新規借用分追加)

---

【所持アイテムメモ】

ポーション類

 初級ポーション(作淡濁:緑) × 3本(販売用・試作完成品)

 初級ポーション(作濁:黄緑) × 大瓶1本分(試作残・保管中・用途未定)


素材類

 シロクサ乾燥葉 × 35枚

 ハコネソウ生葉 × 15枚

 イヤシゴケ乾燥粉 × 15g


道具類

 調合道具一式(借り物) × 残4日

 保存瓶 × 5本


登録済み

 商業ギルド「天秤座」露店区画(審査中)

試行錯誤を経て淡く濁ったポーションが完成します。


解析で澄んだ・淡く濁った・濁った三本を比較します。反応の濃さは薄い順に並んでいます。数字は見せません。


ダンジョン解禁の通達が届きます。露店販売を決めて商業ギルドに登録します。登録料の銀貨一枚はリナに借ります。「参入障壁よ。既存の商人を守るためにそうなってる」というリナの説明は、後の展開への布石です。代筆もお願いします。


最後にリナに文字を教えてくれと頼みます。「今更?」と言われます。「まあ、いいけど」で終わります。


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