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元トレーダー、金アレルギーなのに金本位制の異世界に翻弄される  作者: 夜明け一葉
第2章

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第31話『初調合』

錬金術師ギルド「煙と真理」の作業場は、受付の奥にあった。


重い木の扉を押すと、薬品の匂いが一段と濃くなった。酸味と甘みと、何か焦げたような匂いが混ざっている。室内は思ったより広く、石造りの作業台が四つ並んでいた。窓が高い位置にあり、煙が自然に抜けるような造りになっている。天井の梁に乾燥中の薬草の束がいくつも吊るされていた。


先客が二人いた。


一人は中年の女性で、土鍋を火にかけながら手元の書き付けを確認していた。たまに鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。もう一人は若い男で、石臼で何かを黙々と磨り潰している。どちらもこちらには目を向けなかった。


受付で作業台の使用許可をもらい、端の台に道具を並べた。石臼、土鍋、計量皿。借り物の道具だ。保存瓶を三本、別に買ってきた。


調合書の内容はメモ帳に図で書き写してある。文字は読めないが、図と記号で手順を再現した。シロクサの葉を石臼で粉砕、ハコネソウの葉を細かく刻む、イヤシゴケの粉末と清水を合わせて加熱——順番は分かっている。問題は加減だ。


石臼にシロクサの葉を入れた。磨り潰す。


硬い。思ったより力がいる。隣の若い男は軽そうにやっているが、腕の使い方が違う。手首を固定して体重をかけているのか。試してみると、少し楽になった。


粉末になるまで磨り潰し、計量皿に移す。次はハコネソウだ。


刻む。葉の縁が思ったより固い。ナイフの角度が悪いのか、繊維が残ってしまう。採取のときとは勝手が違う。


(まあ、最初は仕方ない)


土鍋に清水を入れ、火にかけた。火加減が分からない。調合書の図には炎の大きさを示す記号があった気がするが、再現できているか自信がない。


粉末と刻んだ葉を鍋に入れる。かき混ぜる。


匂いが変わった。薬草の青臭い匂いが、熱を加えることで少し丸くなる。悪くない変化だ、と思った次の瞬間、鍋の底から焦げた匂いが上がってきた。


火が強すぎた。


急いで火を弱める。だが遅かった。鍋の中身が茶色に変色している。底に固まりができていた。


中年の女性がちらりとこちらを見た。何も言わなかった。若い男も目を向けたが、すぐ作業に戻った。ノービスが失敗するのは想定内ということだろう。


(分かってた)


鍋を下ろして中身を捨てた。焦げた匂いが鼻に残る。


次に向かう前に、若い男に声をかけた。「火加減を聞いていいか。初めてで加減が分からない」


男が手を止めた。「初級なら弱火で十分だ。沸かすんじゃなくて、温める感じ」


「沸騰させないということか」


「そう。薬効成分が飛ぶ。じっくり溶け出すのを待つ」


「ありがとう」


男は頷いて作業に戻った。中年の女性が「ハコネソウは繊維を断ち切る方向に刻むと出やすくなるよ」と、手元を見ながら言った。こちらを向きもしない。それが作業場の流儀らしかった。


素材をもう一度準備する。今度は丁寧に。ハコネソウは繊維を断ち切るように。火は弱く、沸騰させずに。


時間をかけた。


三十分ほど経ったとき、鍋の中に澄んだ緑色の液体ができていた。


保存瓶に移す。色は調合書の図に描いてあった色と同じだ。澄んでいる。初級ポーションの成功色だ。


(できた)


そう思った。思ったが——何かが引っかかった。


解析を展開した。


視界の端に光の層が滲む。瓶の中の液体を見た。魔力の反応が……薄い。


(薄い)


澄んだ色をしているのに、有効成分の魔力反応が明らかに弱い。試しに先ほど失敗した鍋の残りを解析で見ると、焦げて台無しになっているが、成分の痕跡自体は濃かった。


こめかみが軽く痛んだ。解析を閉じた。


(色と成分量が一致していない)


澄んでいるのに薄い。何かが逆転している。調合書の「澄んだ色が良い」という記述——28話で最初に感じた違和感が、今度は数字として目の前にある。


「できたの?」


振り返ると、リナが作業場の入り口に立っていた。


「いつから」


「今来たところ。受付で教えてもらった」リナが歩み寄り、保存瓶を覗き込んだ。「きれいな色ね。成功じゃないの」


「色は合ってる」


「じゃあ成功でしょ」


「……失敗作かもしれない」


リナが眉を寄せた。「色が合ってて失敗作? 意味が分からない」


「俺にも分からない。ただ何かが足りない気がする」


リナが瓶を持ち上げて光にかざした。「売れる色よ、これ。充分じゃないの」


俺は何も言わなかった。


中年の女性が火を止めながら、独り言のように言った。「澄んだ色は良いものだよ。ダンジョン産の上等品がそうだからね」


「そうですね」とリナが返した。


俺はもう一度瓶を見た。初級ポーション。世間の基準では合格だ。解析が見せた薄い反応は、俺にしか分からない。


(なぜ色と成分量が逆になる)


答えはまだない。ただ、この問いは捨てられなかった。


「帰るわよ」リナが言った。「道具の返却は明日でいいの?」


「十日ある」


「じゃあもう少し試すの?」


「今日分は使い切った。一回失敗してるから」


リナが先に扉へ向かった。俺は保存瓶を袋に入れた。売れる色のポーションと、解消されない疑問を一緒に。


作業場を出るとき、中年の女性が「また来なさい」とだけ言った。


宿に戻って部屋の扉を閉めると、薬品の匂いがまだ服に残っていた。


保存瓶を卓に置いた。澄んだ緑色が、ランタンの光を透かしている。見た目は合格品だ。だが解析が見せた反応は薄かった。


メモ帳を開いた。


図を描く。澄んだ色の瓶、そこに薄い反応の記号。失敗した鍋の残り、そこに濃い反応の記号。二つを並べて眺めた。


(なぜ逆になる)


加熱で成分が変質した可能性がある。化学的に言えば、熱で揮発する成分と熱で引き出される成分がある。澄んだ色になったのは、弱火でじっくり加熱したからだ。その過程で何かが失われたのか。それとも最初から「澄んだ色=良品」という前提が間違っているのか。


(調合書を書いた人間は何を基準にしていた)


ダンジョン産のポーションは澄んでいて効能が高い。それは事実らしい。だが地上産の素材で作るとき、同じ基準が成り立つのか。


答えが出なかった。


扉を二回叩く音がした。


「入っていい?」


リナだった。


「ああ」


扉が開いた。リナが部屋を見回し、卓のメモ帳と瓶に目を止めた。


「まだやってるの」


「考えてた」


「明日もあるでしょ」リナが瓶を一瞥して言った。「きれいな色ね、やっぱり」


「そうだな」


返事が短かったのが気になったのか、リナが少し間を置いた。「何か問題でもあった?」


「……いや。もうすぐ寝る」


リナが「そう」と言って扉を閉めた。廊下の足音が遠ざかる。


仮説が固まっていない。言葉にできない段階で話しても混乱させるだけだ。


もう一度メモ帳を見た。自分の字が答えを出さないまま、ランタンの灯りが揺れていた。



---

【借金メモ・31話終了時点】

前話(30話)終了時:手元大銅貨6枚・残債小銀貨10枚

31話支出:宿+食事1日分(大銅貨3枚)

31話収入:なし(ポーション未売却)

残債充当:なし

ケイの手元:大銅貨3枚

残債:小銀貨10枚(変わらず)

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【所持アイテムメモ】

ポーション類

 初級ポーション(作澄:緑) × 1本(未売却・解析で有効成分薄いと確認)


素材類

 シロクサ乾燥葉 × 18枚

 ハコネソウ生葉 × 18枚

 イヤシゴケ乾燥粉 × 20g


道具類

 調合道具一式(借り物) × 残9日

 保存瓶 × 2本

初調合の回です。


一回目は火が強すぎて失敗します。周りの調合師に火加減と刻み方を教わって二回目で澄んだ緑色のポーションができます。見た目は成功です。


ただ解析で確認すると有効成分が薄い。焦げた失敗作の残りの方が成分の痕跡は濃かった。「色と成分量が一致していない」という問いが生まれます。


リナが来て「色が合ってる、成功じゃないの」と言います。ケイは「失敗作かもしれない」と言いますが、理由を説明できない段階です。


夜、一人で考えるが答えが出ない。


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