第29話『静寂の森へ』
冒険者ギルドの受付で、ガッシュが四人分まとめてクエストの申請を済ませた。受付の女性が書類を確認して「四名で受注ですね。採取クエストは人数で報酬は変わりませんが、規定量を超えた分は上乗せになります」と言った。
「なら、回れる場所は全部回ろう」ガッシュが頷いた。
「分かった」
外へ出ると、薄曇りの空に朝の湿気がまだ残っていた。
歩き出してすぐ、俺はガッシュに聞いた。
「採取のルールを教えてくれ。根こそぎ採っていいのか」
「駄目だ」ガッシュが即座に答えた。「根まで抜いたら翌年生えてこない。葉は三分の一まで。茎は切らない。実は熟れたものだけ。苔は表面だけ剥がして根を残す」
「量は」
「クエストに指定量がある。今日のシロクサは乾燥葉で五十枚、イヤシゴケは掌ひとつ分、ハコネソウは……」ガッシュが少し眉を寄せた。「あれは場所が読みにくい。運よく見つかれば十枚。なければ諦める」
「解析で薬草の気配を探せるか試してみる」
ガッシュが俺を見た。「……スタンピードのとき魔物を探知してたやつか」
「同じ仕組みだ。魔力の揺れを拾う。薬草にも反応が出るかもしれない」
「試す価値はあるな」ガッシュが頷いた。「使えるようなら、いける場所をできるだけ効率よく回る」
静寂の森へ向かう街道は、スタンピードの前よりも人の往来が多かった。採取者らしい荷物を背負った見慣れない顔がいくつか見える。街外から流れてきた冒険者だろう。ガッシュが小声で言った。「ここ二週間で一気に増えた。スタンピードの話を聞きつけて、薬草が高く売れると踏んで来てるやつらだ」
「実際、高騰してるのか」
「ああ。倍近い値がついてる草もある。ギルドの在庫が底をついたままだ」
ミーナが横から口を挟んだ。「ケイって、採取は前からやってたの?」
「いや。アウラムに来てから始めた」
「え、じゃあ最初から?」ミーナが目を丸くした。「ギルドに来たとき何も持ってなかったって聞いたけど、本当なんだ」
「リナに借金をして始めた」
「大変だったね」とミーナが言った。同情でも茶化しでもない、ただ事実として受け取った口ぶりだった。テオがちらりとこちらを見て、また前を向いた。
頭の中で計算が走った。スタンピード後の高騰で素材の買取価格は上がっている。今日採れる分を素材のまま売っても悪くない額になる。だがそれで終わりではない。
(調合できるようになれば、利幅はさらに広がる)
素材をポーションに変えれば買取価格は跳ね上がる。しかもポーション自体も高騰している。需要がある。スタンピードで消耗した分の補充、負傷者の回復、次に備える備蓄——どれも急いでいる。
ガッシュがいくつかのポイントを回りながら説明を続けた。どの植物がどの地形に好んで生えるか、魔力残量の高い個体の見分け方、採取時の角度と力加減。経験が言葉になっている。俺はその都度メモ帳に記号で書き留めた。
解析を使った。こめかみに熱が走る。薄く展開して、広範囲に引き延ばす——魔力の揺れを面で拾うやり方だ。点ではなく揺らぎのパターンを追う。
(ここだ)
一箇所だけ、密度の濃いまとまりが見えた。
「ガッシュ、北東の斜面。ハコネソウが密集してるはずだ」
「……あそこか」ガッシュが眉を上げた。「一回も採れたことなかった場所だが」
行ってみると、斜面の岩陰にハコネソウが三十五本生えていた。ガッシュが静かに口笛を吹いた。
「驚いたな」
「たまたまだ」
「違う」ガッシュが言った。「二年ここを回ってて一度も気づかなかった。たまたまじゃない」
その後も解析を数回使いながら採取を続けた。シロクサはクエストの規定量をすぐに達成した。イヤシゴケも川沿いの岩肌に集中していて、一箇所で掌ひとつ分以上を確保できた。ハコネソウは規定の十本を大幅に超えた。
帰り道、収支を頭の中で整理した。
「余った分、もらっていいか。シロクサもイヤシゴケも、今日確保した余剰分全部。調合の練習用に使いたい」
ガッシュが眉を上げた。「ハコネソウも含めてか」
「ああ。納品分はちゃんと出す。初級ポーションが四、五本作れるくらい手元に残せれば。最初は失敗するだろうから余裕を見ている」
ガッシュが少し考えてから「いいぞ」と言った。「余りはくれてやる。そのかわり——」
「できたら分け前を渡す」
「ポーションか」ガッシュが短く笑った。「楽しみにしてる」
ミーナが「私も欲しい」と手を挙げた。テオが小さく頷いた。
「善処する」と俺は答えた。
帰り道、ガッシュが「今日はハコネソウだけで三十五本か」と言った。「普通は十本見つけるのも運次第だ」
採取を終えて街道へ戻ったとき、正午を少し過ぎたくらいだった。帰り道に先ほどの四人組とすれ違った。彼らの採取袋は俺たちより明らかに薄かった。斜面のシロクサでは規定量に届かなかったかもしれない。
何も言わずに通り過ぎた。
「ざまあ」ミーナが小声でつぶやいた。ガッシュが「こら」と言い、ミーナが「だって」と口を尖らせた。テオが小さく息を吐いた。笑いをこらえているような音だった。
「解析、すごいな」ガッシュが前を向いたまま言った。「今日みたいな使い方、考えたことなかった」
「魔物の探知と仕組みは同じだ。ただ対象が違う」
「俺たちじゃ一日かけて探す場所を、お前は半刻で見つける」ガッシュが少し間を置いた。「また一緒に来てもいいか」
「こちらも助かる。採取のルールはまだ全部分かってない」
「それなら教える」ガッシュが短く笑った。「持ちつ持たれつだ」
ミーナが「また行こうね」と俺の袖を引いた。テオが無言で頷いた。
さして深い約束でもない。それでも、悪くない気分だった。
ギルドで提出した。余剰分は手元に残し、納品分だけを計量台に乗せる。受付が数字を告げた。
「シロクサ五十枚、イヤシゴケ三十グラム、ハコネソウ十本。スタンピード後の高騰価格で計算して——」
俺は頭の中でその数字を借金の残債と照らし合わせた。
(案外、やれる)
まだ先は長い。ただ、今日の数字は悪くなかった。
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【借金メモ・29話終了時点】
前話(28話)終了時:残債小銀貨9枚・大銅貨7枚・手元大銅貨数枚
29話収入:採取クエスト報酬(翌話冒頭精算)
29話支出:宿+食事1日分(大銅貨3枚)
残債充当:なし(精算翌話)
ケイの手元:小銀貨1枚(クエスト報酬は翌話受取)
残債:小銀貨10枚(宿食1日分加算)
■ 29話あとがき
ガッシュたちと静寂の森へ採取に行きます。
解析を五回使ってこめかみから目の奥まで痛くなりました。ミーナに顔色を指摘されてガッシュに「スタンピードのときもふらふらになってたじゃないか」と言われます。テオは黙って荷物を持ちます。
余剰素材を調合練習用に確保する許可をガッシュに取る場面があります。ポーションができたら分け前を渡す約束をしました。ミーナが即手を挙げてテオが頷きます。
ダンジョン解禁後の需要まで読んで動くケイです。仕込みの時期という認識で今日は動いています。
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