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元トレーダー、金アレルギーなのに金本位制の異世界に翻弄される  作者: 夜明け一葉
第2章

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第26話『十二の国と獣の耳』

ギルドの酒場は、夕方になると別の顔を見せた。


扉をくぐった瞬間、むっとした熱気が肌にまとわりつく。焼いた肉の脂が弾ける匂い、香草の焦げた香り、こぼれた酒が床板に染み込んで酸味を帯びて立ち上る蒸気。それらが混ざり合い、鼻腔の奥に重く沈む。冒険者たちの笑い声は荒く、木の杯が卓を叩く音、椅子が軋む音が渦を巻いていた。スタンピードから十日。この酒場が再び息を吹き返したのだと、ケイは思った。


ケイはリナと向かい合って、隅のテーブルに座っていた。卓上の木は手触りがざらつき、長年の酒の染みが黒く沈んでいる。


「これも借金に入れておくから」


リナの言葉に、ケイは返せなかった。


「なあ、この大陸に国はいくつある」


リナが杯を置いた。乾いた音が、周囲の喧騒の中で妙に鮮明に響いた。「……今更?」


「今更だ。転移してからずっと目の前のことで手一杯だった。そろそろ全体像を把握したい」


リナがしばらくケイを見てから、小さく息を吐いた。「十二よ。大陸に十一、海の向こうに一つ」


「海の向こうは」


「蒼嵐連邦。東の海を渡った先の島国群よ。魔力を気として扱う独自体系があるらしい。大陸の魔力鑑定では正確に測れないとも聞く。実際に会ったことのある人間はほとんどいない」


リナがさりげなくケイを見た。ケイは何も言わなかった。


「大陸の十一の内訳は」


「人間の国が四、種族単一の国が五、全種族共存が二」


ケイは頭の中に地図を描いた。十二の市場が一つの大陸に並存しているようなものだ。どこが強くてどこが弱いか、どこが組んでいてどこが対立しているか。まず構造を知る。それが先だ。


「人間の国で一番大きいのは」


「アルドス王国。大陸中央にある。軍事力が最強クラスで、人間至上主義を掲げてる。獣人やエルフは二級市民扱いで、魔族は入国禁止よ」


「ここは違うのか」


「バルド辺境伯領はアルドス王国とは別。独立した自由都市に近い。だから色々な種族が来る」


「国同士の関係は」


「仲が悪いところもある。特にアルドス王国とナハト帝国——魔族の帝国は慢性的な緊張関係にある。いつ戦争になってもおかしくないと言われてるけど、なってない」


「なぜ」


「ダンジョンよ」


リナの声が少し低くなった。その瞬間、ケイは酒場の熱気がわずかに冷えたように感じた。


「大陸各地にダンジョンがあって、そこから魔物が溢れ出してくる。全種族共通の脅威だから、争ってる余裕がない。一時的な停戦状態が続いてる」


ケイはすぐに先を読んだ。「逆に言えば、ダンジョンがなくなれば均衡が崩れる」


「そう言う人もいる」リナが静かに言った。


境界の森の奥で見つかった石の門が、頭をよぎった。


「この街に高ランクが少ないのはダンジョンが少ないからか」


リナが目を丸くした。「……なんで分かるの」


「高ランクはダンジョンで稼ぐ。ダンジョンが少ない場所には集まらない。単純な話だ」言いながら、ケイは自分の声が冷静なのを感じた。分析しているときだけは、転移前の自分に戻れる気がした。


「正解よ」リナが静かに言った。「それが今回のスタンピードで変わるかもしれないけど」


そのとき、酒場の入口が開いた。


湿った熱気が一瞬だけ引き、ざわ、と空気が波打った。肉の匂いも酒の蒸気も、風に押し流されたように薄れる。


入ってきたのは二人だった。


長身の女——灰銀の髪が肩まで流れ、頭の上に狼の耳。腰に大剣を提げ、背筋が真っ直ぐで、その体温が距離を隔てても伝わってくるような圧があった。もう一人は小柄で黒髪に黒い猫耳、細い尻尾。軽い足取りで、長身の女の半歩後ろを歩いていた。


「……なんだあれ」ケイは思わず口に出した。


「獣人よ」リナが小声で言った。「ガルム連合の紋章が入ってる。Bランクの徽章もついてる」


「ガルム連合からわざわざここへ」


「スタンピードの噂を聞いて来たんでしょうね。あの規模なら届く」


長身の女が酒場をゆっくりと見回した。その視線がケイを通り過ぎた瞬間、背筋に冷たいものが走った。ただそれだけで、体が反応する。


しばらくして、影が差した。


顔を上げると、狼耳の女が立っていた。間近で見ると背が高い。灰銀の耳が微かに動き、ケイの呼吸の音すら拾っているように思えた。


「シルバーランク」女がリナに言った。「スタンピードの話を聞きたい。時間はあるか」


「……ある」リナが答えた。「座って」


女が椅子を引いた。猫耳の小柄な女がその隣に座り、ケイをちらりと見た。大きな目に、好奇心と警戒が混じっている。


「ヴェルナ」狼耳の女が短く名乗った。「こちらはソラ」


「リナよ。こちらはケイ」


ヴェルナの視線がケイに止まった。一秒、二秒。


「Gランクか」


「そうだ」


「……珍しい眼をしている」


ケイは何も言わなかった。ヴェルナも追わなかった。


リナがスタンピードの話を始めた。ケイは杯を手に取り、中身を一口飲んだ。麦の酒だ。苦味が舌に広がり、喉を通るときに熱が落ちていく。


酒場の喧騒が、また戻ってきていた。





---

【借金メモ・26話終了時点】

前話(25話)終了時:手元小銀貨4枚と少し・残債小銀貨4枚・大銅貨3枚

26話収入:なし

残債充当:手元小銀貨4枚と少しを充当

ケイの手元:大銅貨数枚

残債:小銀貨3枚・大銅貨7枚

残債:小銀貨3枚・大銅貨7枚

読んでいただきありがとうございます。


ヴェルナとソラが登場します。スタンピードの噂を聞いて遠方から来た二人です。世界が広がり始めました。ダンジョンの発見が、この街の空気を変えていくことを予感させる話にしたかった。

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