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元トレーダー、金アレルギーなのに金本位制の異世界に翻弄される  作者: 夜明け一葉
第1章

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第22話『夜明けの後で』

朝の光が広場に満ちていた。


ケイはリナと並んで内壁の縁に腰を下ろしたまま、しばらく動けなかった。こめかみがまだ熱い。解析を使いすぎた。右目の奥に鈍い痛みが残っていて、遠くを見ると輪郭が少し滲む。


広場では、ヒーラーたちがまだ走り回っていた。魔力が底をついたはずなのに、それでも動いている。「こっちを先に!」「ポーションが——誰か!」声だけが飛び交い、足音が石畳に響く。戦いの怒鳴り声とは違う、切迫した静けさだった。


動かない者がいた。


広場の端、壁際に数人。誰かが上着をかけている。その前で膝をついたまま動かない冒険者がいる。名前を呼んでいるのか、それとも何も言えないのか——遠くて聞こえなかった。


ケイは目を逸らした。リナは逸らさなかった。静かに、ずっと見ていた。


---


避難所からガッシュたちが出てきたのは、日が完全に昇った頃だった。


内壁を降りてリナと広場の端に座り込んでいると、見慣れた背中が見えた。脇腹を押さえながら歩いている。テオとミーナが後ろに続いていた。


ガッシュはケイを見つけた瞬間、足を止めた。近づいてきて、ケイの目の前に立つ。


「……声も掛けずに行ったな」


低い声だった。怒鳴り声ではない。その静けさの方が重かった。


「傷がある。起こしても戦えないと思った」

「それはそうだ」ガッシュが言った。「だが一言あっても良かっただろ」


ケイは何も言えなかった。ガッシュは舌打ちひとつして、隣に腰を下ろした。布を巻いた脇腹に手を当てたまま、広場を見渡す。


「……生きてたからいい」

「そうか」


それだけだった。二人してしばらく、広場を眺めた。ヒーラーが走り回り、冒険者が互いに肩を貸し合い、誰かが泣いている。夜通し続いた戦いの後の、朝だった。


テオが肩の包帯を押さえながら隣に座る。ミーナが子供たちを連れて歩いてくる。老神父が静かに十字を切りながら、動かない者たちの前で祈りを唱えていた。


「何人、やられた」ガッシュが低く言った。

「分からない。まだ数えてる」


ガッシュが頷いた。それ以上は聞かなかった。


---


バルドがやってきたのは、それからしばらくしてだった。


板金鎧に傷をつけたまま、巨剣を肩にかけて歩いてくる。ケイの前で立ち止まり、無言で見下ろした。隣のガッシュに目をやり、脇腹の布に気づく。


「お前も怪我か。どこでやられた」

「ワイルドオークだ。避難中に出くわした」

バルドが眉を上げた。「採取者がワイルドオークと戦ったのか」

「戦わなきゃ死んでた」

「……よくやった」バルドが言った。「後でヒーラーに診せろ。ポーションの在庫はまだある」


ガッシュが小さく頷いた。バルドはそれ以上言わず、ケイに向き直った。


「お前が内壁の上で叫んでいた採取者か」

「そうだ」

「助かった」


短い言葉だった。しかしバルドの目は真っ直ぐで、社交辞令ではなかった。


「一つ聞いていいか。あの時——どうやって敵の動きが分かった」

「解析だ。安全な範囲と、好機になる瞬間が見えた」


バルドが眉をひそめた。

「解析で、そんなものが見えるのか」

「見えた。突進の軌道、放電のタイミング——対象ごとに違う形で出てきた」

「……普通、解析は対象の名称や素材の品質を見るものだ。敵の動きの隙など出てこない」

「そうなのか」

「知らなかったのか?」

「ある時から、こういう出方をするようになった。これが普通じゃないと、今初めて知った」


バルドはしばらくケイを見つめた。何かを確かめるような目だった。

「……総本部に問い合わせてみる価値がある。そういう解析は、俺も聞いたことがない」


ケイは何も答えなかった。バルドはそれ以上追わず、広場へ戻っていった。


バルトロが来たのはさらに後だった。


疲弊した顔のまま、それでも背筋を伸ばして立っている。板金鎧のあちこちに傷がある。


「第六波の警告、助かった。お前がいなければ不意を突かれていた」

「解析が拾っただけだ」

「それができる者が、あの場にいた。それだけで十分だ」


バルトロは一瞬、広場の端——動かない者たちが並んでいる方を見た。


「犠牲者が出た。それは変わらない。しかしお前の警告がなければ、もっと増えていた」


そう言って、深く頭を下げた。守備隊長が、Gランクの採取者に。


ケイはうまく返事ができなかった。


---


リナはヒーラーの手伝いに向かった。


戻ってきたのは昼前だった。ケイの隣にガッシュがいるのを見て少し目を細めたが、何も言わず反対側に腰を下ろした。


「ガッシュ、脇腹は」

「動ける」


三人で、広場を眺める。


しばらくして、リナが口を開いた。


「なんで来たの」

「東門に?」

「そう。避難所にいればよかったでしょう」


ケイは少し考えた。

「情報を持っている人間が黙っているのは損失だ。解析が拾った情報を使えば助かる命がある——そう判断した」


「判断した」リナが繰り返した。「あなたが」

「そうだ」


リナがしばらく黙った。広場を眺めたまま、何も言わない。

「……論理は分かるわ。でも死んでたかもしれないでしょ。鎧も剣もなしで」

「そうだな」


リナは小さく息を吐いた。(……死ななくてよかった)


「借金の話だが」ケイが言った。

「今じゃなくていいわよ」リナが遮った。「今日じゃなくて」

「……そうだな」


また静かになった。広場では、まだ片付けが続いている。動かない者たちの傍で、誰かがまだ泣いていた。夜明けは終わり、朝が続いていた。それだけだった。


---


夕方、ガッシュがケイに話しかけてきた。


「お前、これからどうする」


ケイはしばらく考えた。スタンピードは終わった。避難所の人々は家へ戻り始めている。ガッシュも採取の仕事に戻るだろう。ケイ自身は——Gランクの採取者のまま、この街にいる。借金がある。解析がある。それから——


「まだ、この眼が何なのか分かっていない」


ガッシュが鼻を鳴らした。

「そりゃそうだ。分かってたら怖くないだろ」

「……そうだな」


ガッシュが立ち上がり、脇腹を押さえながら歩き出す。少し歩いてから、振り返らずに言った。


「生きてる間だけでいい、と言ったが——生きてる間に、少しは分かるといいな」


それだけ言って、歩いていった。


ケイはその背中を見送ってから、右目を細めた。(……そうだな)


解析の眼が、まだここにある。こめかみの痛みはまだ引かない。しかし——あの夜、展開した解析の中で、何かが変わった気がした。うまく言葉にできない。見えていなかった何かが、少しだけ見えかけた気がする。


【未解放項目:――】


その項目が、何を指しているのか。まだ、分からない。しかし——いつか、分かる気がした。



---

【借金メモ・22話終了時点】

前話(20〜21話)終了時:残債小銀貨2枚・大銅貨5枚

22話収入:なし(報酬配布は23話)

22話支出:なし

残債充当:なし

ケイの手元:0枚

残債:小銀貨2枚・大銅貨5枚

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