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元トレーダー、金アレルギーなのに金本位制の異世界に翻弄される  作者: 夜明け一葉
第1章

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第21話『その眼が見た戦場』

内壁の上に立ったケイは、広場を見下ろした。


夜明けの橙色に染まった広場で、冒険者たちが思い思いに座り込んでいる。石畳に倒れ込む者、壁にもたれて目を閉じる者、隣の者の肩を叩いて笑い合う者。外壁の上の弓使いも、魔法使いも、矢筒を下ろして力尽きていた。夜通し続いた戦いが、ようやく終わった——そういう空気だった。


「まだ来る!」


ケイは叫んだ。


広場の空気が、一瞬止まった。


いくつかの顔がこちらを見上げる。内壁の上に立った、見慣れない男。鎧もなく、剣も持たない。Gランクの採取者だと分かる者には、すぐに分かる格好だった。


「東から来る。これまでとは違う。魔力の密度が桁違いだ——複数、同時に来る!」


しばらく、沈黙があった。


「……何を言ってるんだ」誰かが呟いた。


「スタンピードは収まったぞ。咆哮も遠のいてる」


「Gランクが何を……」


「信じなさい」


リナの声が広場に響いた。座り込んでいた冒険者たちが、その声に振り向く。リナは石畳から立ち上がり、ケイを見上げていた。


「この人の解析は本物よ。これまで何度も助けられた。嘘をつく理由もない」


広場にざわめきが広がる。しかしまだ動かない者が多い。


バルドがバルトロの隣に歩み寄り、低く言った。

「リナが言うなら、俺は信じる」

「……俺もだ」


バルトロが広場全体に向かって叫んだ。

「起きろ! 全員立て! 第六波が来る!」


ケイは内壁の上にいた魔法使いの一人に声をかけた。

「魔力回復ポーション、余ってないか」

男が腰の革袋を探り、小瓶を一本取り出した。「一本だけならある」

「借りる」

一気に飲み干す。こめかみの熱がわずかに引いた。


どよめきが上がった。座り込んでいた冒険者たちが、重い体を引きずって立ち上がろうとする。しかし——間に合わなかった。


東門の外壁を、黒い影が飛び越えた。


一つ。二つ。三つ——


「来たぞ!」


ブラッドパンサーだった。深紅の斑点を持つ漆黒の豹が、外壁を音もなく這い登り広場に降り立った。一体、二体——三体。獣の臭いが鼻を打つ。速い。フォレストウルフとは比べ物にならない速度で、最前列の冒険者へ向かって一直線に駆け出す。


「速い——!」

「陣形が——まだ——」


ドン、と鈍い衝撃音。パンサーが肩から体当たりし、前衛の一人が吹き飛んだ。石畳に叩きつけられた男が呻き声を上げ、起き上がれない。二体目が右翼へ回り込み、三体目が中央へ突進してくる。右翼の端で悲鳴が上がった。


「散開! 群れるな!」バルトロが叫ぶ。


しかし疲弊しきった前衛に、これまでとは桁違いの魔物を相手に一対一で戦える余力はほとんど残っていない。剣を構えた手が震えている者もいた。


ケイは内壁の上から解析を展開した。こめかみに鋭い痛みが走る。それでも絞り出した。


【対象:黒色大型猫科魔物】

【安全範囲:突進軌道より左右一メートル以上】

【好機:突進時——頭部が下がり喉元が露出する】


「突進の瞬間、横へ躱せ! 喉が空く!」


誰も聞いていなかった。目の前の魔物に必死で、内壁の上の声など耳に入る余裕がない。パンサーに腕を引っかかれた冒険者が叫び声を上げ、後退する。鎧が裂ける音がした。


バルドだけが一瞬、内壁の上を見上げた。


次の突進が来た瞬間、バルドが横へ躱した。直前で半歩ずれただけ——しかし頭を下げたパンサーの喉元が空いた。そこへ巨剣を叩き込む。骨に当たる鈍い感触。パンサーが崩れ落ちた。


「……頭を下げたぞ」バルドが呟いた。「確かに空いた」


「喉だ! 突進の瞬間に喉を狙え!」


今度は声が届いた。前衛が左右に散り、突進してきたパンサーの喉元へ剣を滑り込ませる。二体目が崩れ落ちた。


「効いた——!」


その声が消えるより早く、外壁の上から怒鳴り声が重なった。


「アイアンクロー——右翼!」

「ウッドレオも——中央!」

「サーバルまで——!」


立て直す間がなかった。パンサーの三体目がまだ広場を走り回っている。そこへ右翼の外壁を鈍い光を放つ爪の虎がよじ登り、中央では鬣が木の葉でできた獅子がするすると外壁を下りてくる。さらに野生の山猫が前衛の頭上を飛び越え、後衛の魔法使いへ向かっていく。血と獣の臭いが広場に立ち込めた。


「どこを見ればいい——!」

「剣が弾かれた——!」

「後衛が——!」


こめかみが割れそうに痛い。構わず叫んだ。


「右翼——爪の正面を避けろ! 中央——鬣に触れるな! 後衛——散れ!」


右翼では剣が弾き飛ばされた冒険者が後退し、代わりに土魔法使いが前へ出た。「テラバインド!」金属爪に塊が吸い寄せられ、アイアンクローの動きが鈍る。その瞬間にセルが踏み込み、金属化していない腕の関節を双剣で斬り裂いた。アイアンクローが吼える。


中央では「ファイアボール——!」の声とともに炎がウッドレオの鬣を直撃し、木の葉が燃え上がった。炎の臭いが広場に広がる。輪郭が浮かび上がった瞬間、前衛が脇腹へ剣を突き立てた。


リナがウィンドステップでサーバルの着地点へ先回りし、降下した瞬間にエアブレードを叩き込んだ。サーバルが地に叩きつけられ、立ち上がろうとしたところへ周囲の前衛が畳み掛ける。


三方向が同時に動いた。三方向が同時に片付き始めた。しかしその間にも、広場の各所で冒険者が倒れていく。パンサーに弾き飛ばされた者、ウッドレオの鬣に触れて動けなくなった者、後衛へ突き抜けたサーバルに腕を引っかかれた者。「ヒーラー——!」という叫びが飛ぶが、もうヒーラーの魔力も底をついていた。


「ミスティパンサー——広場の中にいるぞ! どこにいるか分からない!」

「ストームキャットも——!」


まだ終わっていなかった。広場の空気が微かに揺れる。何もいないはずの場所に気配がある。そして外壁から黄金色の電光を纏った山猫が降り立ち、近づいた冒険者が弾き飛ばされるように後退した。痺れた腕を押さえ、剣を拾おうとしてまた倒れる。


「何かいる——見えないが何かいる!」

「電撃が——近づけない!」


「見えない何かがいる——近づくな! ストームキャットにも近づくな、痺れる!」


パンサーの三体目をバルドが仕留めた瞬間、魔法使いの一人が叫んだ。「体温がある——火魔法で炙れば見えるはずだ!」微かな炎を広場に這わせた。熱の流れが変わる場所——左翼の端に輪郭が浮かび上がった。

「左翼——!」

セルが飛び込んだ。虚空へ向かって双剣を振るう。ミスティパンサーが霧の中から滲み出るように現れ、崩れ落ちた。


その時、誰かが叫んだ。

「アクアショット!」


水の塊がストームキャットを直撃した瞬間、電光が爆発的に広がった。バチバチと空気が裂ける音。ストームキャット自身は雷を浴びてよろめいたが——飛び散った水を踏んだ冒険者が次々と膝をついた。手足が痺れて動かない。周囲にいた数人が一瞬で戦線離脱した。


「誰だ、勝手に撃ったのは——!」

「足が——痺れて動かない——!」


ストームキャットがよろめきながらも立ち上がった。周囲では冒険者が痺れた手足を押さえたまま動けない。孤立した状態で、ストームキャットがゆっくりとこちらへ向き直った。


リナは直前に横へ動いていた。水を踏まなかった。麻痺した仲間たちの間に一人立ち、ストームキャットと向き合う形になっていた。


「リナ——!」ケイが叫んだ。


解析を展開する。こめかみに激痛が走った。


【対象:雷纏猫科魔物】

【安全範囲:放電直後——約三秒間、電力が枯渇する】

【好機:放電直後——前脚付け根の内側、体側面へのアクセスが開く】


「放電直後の三秒——懐に入れ!」


リナがストームキャットとの間合いを測りながら、じりじりと右へ回り込んだ。石畳に倒れた仲間を踏まないよう足元を確認しながら、弧を描くように動く。ストームキャットがそれを追って向きを変えた。電光が全身に膨らんでいく。


放電——リナが石畳を蹴って大きく左へ飛んだ。電撃がリナのいた場所を走り、焦げた石畳から煙が上がった。鼻を突く焦臭さが広がる。


三秒。


リナが懐へ飛び込んだ。右前脚の付け根の内側——体側面へエアブレードを叩き込む。ストームキャットが吼えた。傷を負ったが倒れない。すぐに電光が再び膨らみ始めた。リナが後退する。距離を取る。


「下がれ!」ケイが叫ぶ。


ストームキャットが追ってくる。広場の中央から右翼の端へ、リナが後退しながら距離を稼ぐ。内壁を背にする形になった。退路がない。ストームキャットが前脚を踏み締め、電光が膨らんだ——放電。


リナは後退せず、前へ出た。放電の瞬間に懐へ潜り込み、体の下を抜けるように転がる。背後へ回り込んで立ち上がり、右後脚の付け根へ剣を叩き込む。ストームキャットがよろめき、向きを変えようとする。しかしまだ立っている。


「喉——体を起こした瞬間だ!」


三度、電光が膨らんだ。リナが正面に立つ。ストームキャットが放電した——リナがウィンドステップで真上へ跳んだ。電撃が下を走る。落下しながら、体を起こしたストームキャットの喉元へ剣を真っ直ぐ突き立てた。


ストームキャットが膝を折り、そのまま動かなくなった。


しばらくして、内壁の縁にリナが現れた。剣を鞘に収め、ウィンドステップで跳び上がったのだろう。ケイの隣に立ち、広場を見下ろした。


広場が、静かになった。


今度こそ、本当に静かになった。


咆哮が聞こえない。外壁の外から魔物の気配がしない。夜明けの橙色が広場全体を照らし、朝の光の中に戦い続けた人々の姿が浮かび上がっていた。


誰も動かなかった。


動く力が、もう残っていなかった。


バルドが巨剣を石畳に突き立て、その柄に額を預けたまま動かない。セルが石畳に膝をつき、双剣を握ったまま目を閉じた。バルトロだけが立ったまま、ゆっくりと東の空を見上げた。


「……終わった」


バルトロの声は、静かだった。怒鳴り声でも指示でもなく、ただ呟くような一言だった。


それが合図だったように、広場のあちこちで冒険者たちがその場に倒れ込んでいった。石畳に座り込む者、そのまま横になる者、空を見上げて目を閉じる者。笑い声は上がらなかった。笑う力も残っていなかった。ただ、夜明けの光の中で、生き延びた者たちが静かに息をしていた。


「……本当に終わったの?」


ケイの隣で、リナが呟いた。


ケイは解析を展開した。こめかみが割れるように痛む。それでも確認する。


【東門方向:魔力反応、消失】


「……来ない。反応がない」


内壁の上からケイが答えた。


リナが内壁を見上げた。Gランクの採取者が、内壁の縁に腰を下ろして壁に背を預けている。鎧もない。剣もない。それでも、夜明けの光の中に確かにいた。


「……借金、忘れてないわよね」


「……忘れてない」


それだけだった。それで、十分だった。



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【借金メモ・20〜21話終了時点】

前話(19話)終了時:残債小銀貨2枚・大銅貨5枚

20〜21話収入:なし

20〜21話支出:なし(スタンピード最終防衛〜夜明け)

残債充当:なし

ケイの手元:0枚

残債:小銀貨2枚・大銅貨5枚

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