第1話『奈落への一秒』
深夜3時47分。
6枚のモニターが放つ青白い光だけが、サトウの顔を幽霊のように照らしている。コーヒーはとうに冷め、エアコンが吐き出す乾いた風だけが、時間の流れを証明していた。
ゴールドが直近の高値を次々と更新し、完璧な上昇トレンドを描いていた。あらゆる状況が「買え」と囁いていた。
サトウは深呼吸をひとつ。指先に、静かな確信が宿っていた。
「ここが、人生の分岐点だ」
サトウはマウスをクリックし「買い(ロング)」にエントリーした。
1秒だった。モニターのチャートから「上」の余白が消えた。
1オンス5,541.62ドルから、一瞬で4,641.05ドルへ。
物理法則を嘲笑うように垂直の赤い棒が、画面を突き抜けた。人間の目では追えない速さで、相場が奈落へと落下した。
システムが追いつかず、損切り注文はサーバに届く前に飲み込まれ、スリッページという名の深淵に消えた。
静まり返った部屋に、無機質なアラート音が鳴り響く。
【国内FX業者:重要通知】
強制ロスカットを執行しました。
不足金(追証)確定額:¥504,821,500
期日までに入金が確認できない場合、法的措置に移行します。
「は?」
5億。5億482万1,500円。
時が止まった。心臓が、まるで物理的に握りつぶされたかのように「ドクン」と跳ね、そのまま動きを止めた。
もう、見たくなかった。
画面も、数字も、現実という名のすべてが憎かった。
逃げたかった。どこでもいい、ここではない場所へ。この部屋でなければ、この国でなければ、この世界でなければ。
その祈りが限界を超えた瞬間、身体が答えを出した。キーボードに額をぶつけるより先に、意識が、静かに途切れた。
ただ——最後の一瞬だけ、視界の端に見えた。暗闇の中を走る、細い亀裂を。
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【借金メモ・1話終了時点】
前話終了時:-
1話収入:なし
1話支出:なし(まだ異世界未転移)
残債充当:-
ケイの手元:なし(この世界の通貨を持っていない)
残債(日本):5億482万1,500円
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