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元トレーダー、金アレルギーなのに金本位制の異世界に翻弄される  作者: 夜明け一葉
第1章

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第13話:招集令

ギルドへ向かう前、街の守備隊本部に重い沈黙が落ちていた。


「……リナからの報告だと? あの娘がわざわざ足を止めて門番に警告したというのか」

守備隊長のバルトロは、門番の報告を聞き、即座に顔を険しくした。単なる噂好きの冒険者ではない。リナの実力と、彼女が滅多に弱音を吐かない性格であることを熟知しているからだ。

「斥候部隊、第五班を出せ。リナの見た『異変』の正体を確認させるんだ。急げ!」


その一時間後。

静まり返った東門に、一頭の馬が転がり込んできた。背中に乗っていた男は、全身を自らのものか魔物のものか判別できない返り血で染め、辛うじて息を繋いでいた。


「報告……っ。第五班、私を除き……全滅」

男はバルトロの腕にすがりつき、焦点の定まらない目で虚空を睨みつけた。

「黒い波だ。森が……動いている。数など、数えきれん……」

それが最後だった。報告を終えた男の指先から力が抜け、そのまま帰らぬ人となった。バルトロは短く弔いの言葉を口にすると、傍らに控える将校に鋭く命じた。

「緊急招集令だ。ギルドへ向かえ。リナの懸念は最悪の形で的中したぞ!」


「……っ、はぁ、はぁ……」


ギルドの酒場。ケイはテーブルに並んだ小銀貨四枚と大銅貨二枚を前に膝をつき、過呼吸に耐えていた。命がけの一日の対価としては、悪くない額なのかもしれない。それでも、この異世界でのケイの「命の値段」かと思うと、胃の底から苦いものがせり上がってくる。


「落ち着きなさい、ケイ。……深呼吸して」


シルバーの長い髪を揺らし、リナがケイの肩に手を置いた。顔を上げると、右の青と左の緑のオッドアイが至近距離でケイを見つめている。


「これ、受け取って。今日の採取分よ。……借金の返済に充てるわ」


彼女が置いたのは、小銀貨四枚と大銅貨二枚。ツキミソウ三本の買取額だ。

「……まだ小銀貨二枚と大銅貨三枚の借金が残ってるけど、だいぶ減ったわよ」


彼女の視線の先には、森から連れ帰った三人の採取者がいた。先ほどリナが受付で救出の報告を済ませ、今は疲れ果ててケイたちを遠巻きに見守っている。


そこへ、奥の執務室から巨漢のギルドマスターが姿を現した。

「リナ、よく生きて戻った。……受付から報告は受けている。お前の言ったことが正しければ、今頃守備隊がひっくり返っているはずだが……」


ギルドマスターがそこまで言いかけた時、ギルドの扉が勢いよく開け放たれた。


「守備隊だ! 全員、動くな!」


抜き身の剣を提げた隊員たちが雪崩れ込み、酒場を包囲する。その中心を割って、磨き上げられた鎧を鳴らしながら将校が歩み出た。


「ギルドマスター! 緊急事態だ。境界の森より魔物の大暴走スタンピードを確認した!」


将校が突きつけた、斥候の血が滲む羊皮紙を、ギルドマスターがひったくるように奪い取る。

「……なんだと? 視界の限り魔物で埋め尽くされているだと……!? おい、これは……過去の記録にある大暴走を優に超えてやがるぞ……!」

「左様。先行した斥候は壊滅。東門を第一防衛線とする。即刻Cランク以上の全冒険者に緊急招集令を発動せよ! 拒否する者は永久追放、出陣する者には金貨一枚を支給する!」


金貨一枚。その言葉が引き金だった。酒場は一瞬で、恐怖とパニックが入り混じった地獄のような喧騒に包まれた。


「ふざけるな! 金貨一枚で死ねってのか! 俺は降りるぞ!」

一人の冒険者が椅子を蹴り飛ばして立ち上がった。

「こんな街、もう終わりだ! 荷物をまとめて西門から逃げ出してやる! 街道に魔物がいようが、ここで確実に殺されるよりマシだ!」


その叫びに呼応するように数人が出口へ殺到したが、守備隊員がその行く手を阻み、男を壁に叩きつけた。

「大人しくしろ! 今は緊急事態だ。混乱を招く者は扇動罪として即刻拘束する! 街が落ちれば貴様らも死ぬんだぞ!」


ギルドマスターが将校に詰め寄った。

「将校、そっちの戦力は? 守備隊はどれだけ動かせる!」

「五百だ。退役軍人もかき集めて、これが限界だ。そっちの冒険者の戦力はどうなんだ!」


ギルドマスターは手元の台帳を一瞥し、苦い表情を浮かべた。

「……厳しいな。現在この街にいるBランクは二人だけだ。前線の要となるCランクはリナを含めて百二十人。城壁の上から叩けるCとDの魔法使い、弓使いを合わせても二百五十人がいいところだ。ヒーラーに至っては、即戦力は片手で足りるほどしかおらん!」


喧騒の中、一人のベテラン冒険者が震える声でギルドマスターに食ってかかった。

「……頭、行かせてくれ! 一刻でいい、家に残したカミさんと子供に……遺言だけでも言いに行かせてくれよ!」

「俺もだ! 娘が病気で寝てるんだ、顔を見ねえまま死ねるか!」

その必死の訴えに、ギルドマスターは目を閉じ、低く唸った。

「……三十分だ。それ以上は脱走と見なす。急げ! 残された家族を救いたいなら、死ぬ気で武器を磨いて戻ってこい!」


数人の冒険者が、弾かれたようにギルドを飛び出していく。その背中を見送りながら、リナは何も言わなかった。


「……行くのか」

「当たり前でしょ。シルバーランクの名が泣くわ」


リナはシルバーの髪を結び直すと、三人の採取者に歩み寄った。

「……改めて名前を教えて。ギルドの記録じゃなく、本人の口から」


大柄な男が、顔を上げた。

「……ガッシュだ。こっちは妹のミーナ。後ろにいるのが仲間のテオだ」

三人はまだ、死の淵から救い出してくれたリナの気高さに気圧されているようだった。


「ガッシュ、ミーナ、テオ。……悪いけど、ケイをお願い。この人、頭はいいけど体はからっきしだから。一緒に避難所へ行って、目を離さないで」


「ああ……わかった。命の恩人の頼みだ、俺たちが死んでも守る」

ガッシュが、まだ見知らぬケイの肩を不器用に支える。妹のミーナも、不安そうな瞳をリナに向けた。


「仕事だから。それに、あなたたちがまた森へ採取に行けるようにしなきゃ」

リナは淡く微笑むと、最後にケイの鼻先へ指を突きつけた。


「いい? ケイ。Gランクなんだから、絶対に外へ出ちゃダメ。……その銀貨、まだ預けておくんだからね。戻ったら借金の利息代わりに、たっぷり働いてもらうから」


「……リナ」

「約束、だからね」


彼女はそれ以上、ケイの言葉を待たなかった。

わずか二人のBランク、そして覚悟を決めたCランクの冒険者たちが集う殺気立った渦中へ、シルバーの髪をなびかせて消えていった。


ギルド職員が机を叩き、配備を叫ぶ。

「CランクとDランクの魔法使い、弓使い、ヒーラーは城壁の上へ! Dランクの前衛職は街の巡回! EランクとFランクは物資搬送! Gランクは避難所に籠もってろ!」


ケイはガッシュ、ミーナ、テオと共に、ギルドの窓から東の空を眺めた。遠い咆哮が、空気そのものを震わせている。西の街道は不気味な沈黙に閉ざされ、東からは逃れられない死が迫っていた。


「……行こう、ケイさん。リナさんの言いつけだ」

ガッシュが、ケイの肩を強く叩いた。その手のわずかな震えは、恐怖ではなく——救われた自分たちが何もできないことへの、やるせない悔しさだった。


握りしめた小銀貨が、じわりと掌に熱を持ち始めていた。



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【借金メモ・13話終了時点】

前話(12話)終了時:残債小銀貨2枚・大銅貨5枚

13話収入:なし

13話支出:魔力回復ポーション2本(大銅貨6枚・ギルド提供品)

残債充当:なし

ケイの手元:0枚

残債:小銀貨2枚・大銅貨5枚

※スタンピード防衛対応中・一部費用はギルド負担

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