第9話『対価と疲弊』
地下倉庫の埃っぽい階段を這い上がるようにして、ケイは地上へ戻った。
受付で土汚れのついた大銅貨一枚を受け取った時、指先がわずかに震えた。これが、今日一日の労働のすべてだ。
ギルドの入り口、柱に背を預けていたリナが、ケイの姿を見つけるなり歩み寄ってきた。
「……終わったわね。大銅貨一枚、ちゃんと貰えた?」
「ああ……なんとか。……けど、これじゃ借金が減るどころか、明日の宿代にも……」
「当たり前でしょう。宿代が大銅貨二枚、夕飯代が大銅貨一枚。昼抜きで働いたみたいだけど、それでも最低限生きていくだけで、一日に大銅貨三枚は飛ぶのよ。あなたは今日、働いたのに赤字を垂れ流したってこと」
リナの言葉は、頭痛に苛まれるケイの脳に容赦なく突き刺さる。彼女はケイの青白い顔を覗き込み、わずかに目を細めた。
「……顔色が最悪ね。使ったのね、その『眼』を」
ケイは力なく頷いた。
「……少しだけ、視ようとした。そうしたら、頭の中を直接かき回されたみたいに……」
「魔力三の人間が適性を無理やり動かせば、そうなるわ。……ほら、これ飲みなさい」
リナが差し出したのは、濁った緑色の液体が入った小さな小瓶だった。
「……これは?」
「安物の魔力回復薬よ。脳の疲れが少しはマシになるわ。……言っておくけど、これ、大銅貨三枚するから。これも貸しにしておくわね」
ケイは絶句した。
(今日稼いだのは大銅貨一枚。宿代と飯代と薬代を合わせれば、今日だけで大銅貨六枚の出費だ。差し引き、五枚の赤字……)
相場師だった頃の癖で、頭が自動的に損益を弾き出した。答えは明快で、残酷だった。
かつての5億という数字よりも、今この瞬間に膨らみ続ける「大銅貨数枚」の重みのほうが、よほど現実的な脅威としてケイにのしかかっていた。ケイは震える手で小瓶を開け、苦い液体を一気に飲み干した。
「……リナ、もっと効率のいい仕事はないのか。このままだと、返済する前に俺が壊れる」
リナは少しだけ口角を上げた。その目は、あの森で見たような、鋭い猟師の輝きを帯びていた。
「いい心がけね。……多少痛くても動けるようになったら、もう倉庫に籠る必要はないわ。もっと効率よく稼げる場所へ連れて行ってあげる。あなたのその『眼』が、本当に使い物になるならね」
それは、救いなどではなく、さらなる過酷な労働への招待状だった。
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【借金メモ・9話終了時点】
前話(8話)終了時:手元大銅貨1枚・残債小銀貨4枚・大銅貨3枚
9話収入:なし
9話支出:宿(大銅貨2枚)+夕飯(大銅貨1枚)+魔力回復薬(大銅貨3枚・リナ立替)
残債充当:なし
ケイの手元:0枚
残債:小銀貨4枚・大銅貨9枚




