第5章 風が示す道
ソムニウムの上空を、夕映えの風が渡っていった。穏やかな日差し。街の人々は変わらず日常を過ごし、笑い声すら響いている。
――なのに。
リリカは突然、胸の前で息を詰めた。
「……っ」
諒介がすぐに振り返る。
「おい、どうした?」
リリカは胸元を押さえたまま、苦しげに顔を上げた。
風は優しいのに。空は晴れているのに――胸の中だけが、ざわつく。
「……痛いの。風が、泣いてるみたいで」
「さっきも言ってたな、その“痛い”ってやつ」
リリカは首を振る。その表情は焦りでも怯えでもなく、“誰かを想う”ときの痛みだった。
「さっきのは……ただの揺らぎだった。
でも今のは違う。これは……慧吾だよ」
諒介の目が細められる。
「確信があんのか」
「うん。“光”が反応してる。
たぶん……あの人、無理してる」
リリカの胸の奥――光の心臓が、“誰かの脈動”に共鳴して震えている。
遠く離れた灰の街で、あの人の心臓が“軋む音”が、風を通して確かに届いている。
諒介は息を吐いた。
「……お前が言うなら、間違いねぇんだろうな」
リリカは目を閉じる。胸を刺すような風の痛みは、徐々に強まっていく。
(慧吾……なにを抱えてるの)
諒介は踵を返した。
「哲平! たっつぁん! 全員、準備しろ!」
遠くから、仲間たちが驚いたように顔を出す。
「え、なんかあったの?」
「何事だ?」
諒介はリリカの肩を軽く押しながら言った。
「慧吾が“呼んでる”。
……いや、“呼べないでいる”って言うべきか」
リリカは拳を握る。
「私が、行かなきゃ。
風は、迷ってる人のところへ向かうもの」
諒介が空を見上げながら言う。
「慧吾の痛みを感じるのは、お前にしかできない」
風が吹いた。さっきまで穏やかだった風が、突然方向を変える。
――灰色の世界へ向かって。
諒介が呟く。
「ほら見ろ。“道”ができた」
リリカはその風の中へ一歩踏み出す。
「待ってて。
……今度は、ひとりにさせないよ」
光の花弁が舞い、風が示す道は、まっすぐ慧吾のいる方角へと伸びていた。




