第3章 灰の脈動
風が止んだあと、慧吾は瓦礫の隙間に、何かが微かに“呼吸”する気配を感じた。
足が勝手に向かう。まるで胸の奥の心臓ごと引っ張られるように。
膝をつき、指先で灰を払うと――そこに、卵のような形をした透明な結晶があった。
内部の青白い光は、鼓動のように脈を打つ。
その瞬間。
――ドクン。
慧吾の視界が、ふっと揺らいだ。喉が渇く。
手の震えが止まらない。
胸の奥の“心臓”が、何かに応えるように跳ねた。
「……っ」
気づけば慧吾の指は、結晶に触れていた。触れた瞬間、空気が震える。
光が――溢れた。
無機質で、静かで、それでいて生き物のように“こちらへ侵食してくる”光。
ジャックが息を呑む。
「おい、慧吾。手を離せ」
慧吾は答えない。答えられない――まるで自分の意志が遠くなる。
「……これは……呼んで……」
膝が沈む。視界が白く滲み、耳鳴りがする。
ジャックの声が遠くなる。
「離せ慧吾!
そいつは“心臓β”だ!お前が触れりゃ共鳴する!」
慧吾の指は、結晶を離れない。むしろ――握り締めるように動いた。
そして次の瞬間。
ジャックが慧吾の腕を掴み――
「悪ぃ、慧吾」
力任せに結晶を引き剥がした。
慧吾の掌から、ほとんど光の血のように青白い液があふれる。その光は皮膚を染めながら、ゆっくり消えていく。
「っ……は、……っ……」
慧吾は大きく呼吸した。心臓が暴れ、胸の奥が熱いのか冷たいのかすら分からない。
片膝をつき、地面に手をつく。
「……何を……した」
「お前を守ったんだよ」
ジャックは布でβをくるみ、腰の袋に強く押し込む。
「その光は“魔”を喰う。
そして、お前の心臓はもう“光を持ってる”。 喰い合いなんざ……一瞬で終わる」
慧吾の目が細く揺れる。
胸の奥で……まだ、脈が続いていた。βの鼓動と混ざりあうように。
ジャックは煙草に火をつけ、低く呟いた。
「そいつを運んだことがある。
そして、触れた奴がどうなったかも見た」
「……死んだのか」
「いや。生きたまま、空に溶けた」
慧吾の呼吸が止まる。
「もう二度と、同じことはさせねぇよ」
風が吹く。慧吾の外套が強く揺れた。
ジャックの荷袋の中で、包まれた“β”が――慧吾の心臓の鼓動に呼応するように、静かに光った。




