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透明の心臓  作者: 水瀬 悠里
Ⅲ 風の共鳴
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プロローグ 灰の彼方にて

風が、灰を運んでいた。

夜の終わりを告げるように、空の端がかすかに白みはじめている。

崩れた街を、二つの影が歩いていた。


慧吾は無言のまま、瓦礫を踏みしめていた。

外套の裾が風に翻り、灰を巻き上げる。

その横で、ジャックが手をポケットに突っ込んだまま、軽い調子で口を開く。


「……で、どこへ行く気だ」

「風の向くまま」

「ふーん。相変わらず詩人だな、坊や」

慧吾は返事をしない。

風の中、わずかに目を細めただけだった。


少し歩いて、慧吾が低く言う。

「俺と一緒に、行かない方がいい」

「Ha. そんなの聞けねぇが──理由があんなら聞くぜ」


足を止めた慧吾の横顔に、灰がふわりと積もる。

ほんの一瞬、言葉を選ぶような沈黙があった。


「……俺には“魔”が植え付けられている。

 そいつが目覚めたら、お前を殺すかもしれない」


ジャックは驚かなかった。ただ、煙草を探すみたいに指が動く。


「なるほどな。……だから“ひとり”で行く気だったわけか」


慧吾は視線を落とす。風が二人の間を抜け、灰を散らす。


「俺自身、いつまで保てるか……わからない」


ジャックは鼻で笑った。その笑いは軽くて、不思議と温かい。


「危ねぇのは昔っから知ってたろ。

 だから何だよ。置いて行けってか?」


慧吾は顔を上げる。その瞳の奥で、闇と光が揺れていた。


ジャックは肩をすくめて、続ける。


「お前が暴れそうなら止めりゃいいし、

 倒れそうなら支えりゃいい」


「…………」


「誰かを見殺しにするのは、もうこりごりなんだよ。

 たとえそれが、お前自身でもな」


慧吾は答えず、ただジャックの靴跡を見つめた。自分の足跡が、いつの間にかそれと重なっている。


「優しさ、か」

「やめろよ、似合わねぇって」

慧吾が小さく息を吐く。

「お前は、俺と同じだ」


ジャックは苦笑した。

「俺の闇のほうが深ぇぞ」

慧吾が一瞬だけ視線を上げる。

「……競うな」

「冗談さ」


沈黙。風が通り抜け、遠くで金属が軋むような音がした。


慧吾がそっと顔を上げる。

「……聞こえたか」

「Yeah. まただな。……エコーズか」


灰色の空に、金属の擦れるような声が反響する。風が止まり、音が消える。


声が重なり、歪み、機械のノイズに変わる。

灰の向こう、倒れた鉄塔の影の中に、人の形をした“何か”が立っていた。

輪郭が曖昧で、空気のように透けている。だが、その中心にはΣの刻印が光っていた。


「エコーズ……“残響”って呼ばれてる奴らだ」

ジャックの声が低くなる。

「死んだ人間の声を、機構が拾って作った。

 知性も意思もねぇ。ただ、生きてる匂いに反応する」


慧吾が長剣をスラリと抜き、一歩前に出た。

その瞬間、エコーズの“顔”がこちらを向いた。

空洞のような目の奥で、光が瞬く。風が鳴り、金属音が広がる。


「……来るぞ」

「Yeah. 分かってる」


ジャックの手が迷わずナイフに伸びた。

慧吾は背丈ほどもある剣を片手で構える。

灰の大地を揺らして、影たちが動き出した。


「生きてる奴らを、もう誰も置いてかねぇようにな」

慧吾の目が、一瞬だけ柔らかくなる。

「お前、変わったな」

「光の連中と付き合うと、染まるもんさ」


風が二人の外套をはためかせた。

遠くで、残響が呼んでいる。


「行くぞ」

「Yeah yeah… lead the way, partner」


二つの影が、灰の地平へと跳び込んだ。

風が裂け、闇が揺れ、光のない世界に、戦いの前触れだけが震えていた。

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