スピンオフⅡ
──旅立ちの前夜に
1 風の底で(慧吾)
夜は静かだった。なのに、胸の奥の光だけがやけにうるさい。
ソムニクスとして育てられてきた俺は、誰かに救われても、温かさに触れても、どうしても「ここが自分の場所だ」と思えない。
二度も闇に堕ちた自分を、俺はまだ許せていない。
外套の袖を握った指がわずかに震えた。
(……このままでは、俺まで腐ってしまう。)
風が、答えるようにはらりと吹き抜ける。
(世界を見たい。
この光が何者なのかを、俺は知りたい。)
けれどその奥には、情けないほど小さな声が潜んでいた。
……ここに、いたい。もう少しだけ、仲間の声が聞こえる場所に。
矛盾だらけだ。それでも、それが今の俺そのものだ。
風に問いかける。
(お前なら俺を、どこへ連れて行く?)
返事はない。ただ、背中を押すような静かな気配だけがあった。
明日、旅に出る。
ひとりで行くつもりだった。
――だが、おそらくそれは叶わないだろう。
2 夜明けの影
慧吾の背中は、遠ざかるようでいて、実際には「置いていけ」と訴えているみたいだった。
Ha。あいつはほんと、馬鹿みてぇに強くて、馬鹿みてぇに孤独だ。
俺は焚き火をつつきながら、ひとり鼻で笑った。
ちゃんと救われる生き方なんて知らねぇくせに、仲間の危険には体が勝手に動いてやがる。
そんな奴、置いていけるわけがねぇだろ。
「迷惑をかけたくない」とか、「俺は光じゃない」とか。
ああ、知ってる。そう言う顔は、ずっと見てきた。
……だれかが、ひとりで死んでいく未来なんざ、俺はもうごめんだ。
慧吾が明日出るなら、俺も行く。
理由なんか単純でいい。
お前をひとりにしねぇ──ただそれだけだ。
風が火を揺らし、夜明けがゆっくり始まる。
「……先に行くなよ。追う身にもなれ」
そう呟き、俺は荷造りを始めた。
3 見送る光
慧吾の外套は、いつも少し冷たい。でも、風のように優しい匂いがした。
彼が“ここにいてはいけない”と思っていることも、あたしにはずっと分かっていた。
闇に堕ちた罪。救われてしまった自分への戸惑い。
それでも。
あなたは、光へ向かう心を捨てなかった。
その一歩だけで、もう十分なんだよ。
行ってもいい。あなたが世界を知りたいというのなら。
でもお願い、帰ってきて。
あなたはひとりで生きていくようには作られていない。そんなふうに育てられたまま、どこかで止まってしまった。
だから、旅の途中、少しずつでいいから、あなたの痛みを置いてきて。
そしていつか──またあたしの名前を呼んで。
「……風が、あなたを守りますように」
夜明けの光が、そっと窓辺を照らしていた。
4 風の向こうへ(慧吾×ジャック)
慧吾は誰にも告げずに街を出た。空は淡く青く、塔の影だけがまだ黒い。
外套が風に揺れる。背中は迷いを隠せていない。
(……ひとりで行く。)
そう思った瞬間、背後から声がした。
「おーい、置いてくなよ。
ひとりで死なれたら後味わりぃだろ?」
振り返ると、ジャックが大きな荷を背負って立っていた。
慧吾「……どうして来た」
ジャック「お前、俺が来ねぇと思ったのか?」
慧吾は言葉につまる。風が二人の間をすり抜けた。
ジャックは肩をすくめる。
「お前、世界を見に行くんだろ。
なら俺も行く。
死に損なった奴同士、丁度いいじゃねぇか」
慧吾「……俺を監視するためか」
ジャック「Ha。違ぇよ。
“仲間として”だ」
慧吾の胸の奥の光が、ほんの少しだけ温かくなる。
「……勝手にしろ」
「おう。最初からそのつもりだ」
ふたりは、静かに歩き出す。
灰の砂漠の向こうに、見たこともない世界が広がっている。
リリカは丘の上で、小さく手を伸ばした。
「……いってらっしゃい」
慧吾は歩きながら呟く。
「……帰る場所、か」
ジャックが振り返らずに答えた。
「さあ?
“帰りたいと思える場所”なら、あるだろ」
慧吾の唇が微かに動く。
「……ああ」
朝日がふたりの影を長く伸ばす。
こうして、二人旅が始まった。この旅の果てで、慧吾が“人へ近づく”ことをまだ誰も知らなかった。
Fin.




