第8幕 照らす未来の、その先へ
慧吾の腕を引くと、絡みついていた黒い翼のような影が消え、光となって宙に散る。霧散した光の粒の中心に、慧吾の身体が力無く崩れ落ちた。
「ようやった、お嬢さん!!」
辰彦がひょいと彼を抱き上げた。
「見ろ……!」
諒介が指さす。
壁が鳴動し、黒い構造体がひび割れていく。
脈動していた“心臓”が崩壊を始めた。
断末魔のような悲鳴が、壁のあちこちから聞こえた。
「ああっ…このままじゃ、全部崩れる!あたしは、どうしたら!!」
「大丈夫だ、集中しろ、リリカ…」
諒介の低いトーンで一気にあたしの心が落ち着いた。と同時に、ふわっと熱い血がめぐるのを感じた。
あたしの胸から、光が迸る。ふと見ると、慧吾の身体もうっすら光っていた。
「今だ、走れ!!」
辰彦が叫ぶ。
「哲平、前だ!」
「任せろ!」
拳が光を帯び、闇の塊を吹き飛ばす。
光が溢れる。
掌、腕、髪、全身から、まるで心臓の鼓動に合わせて光が広がっていく。
慧吾の身体から出ている光も、いっそう強まった。透明の心臓たちが、生きろと言っている。
「見える……道が見える!」
崩れる天井の間に、光が道を描いた。
「気をつけろ!」
ジャックが叫ぶ。
あたしは先頭に立ち、光の道を切り開いた。
後ろで哲平が闇を殴り飛ばし、諒介がカバーに入る。
辰彦は慧吾を抱え、その後ろをジャックが守る。
――光と闇の奔流の中を、ただ走った。
背後で建物が悲鳴を上げる。崩れた壁から噴き出す黒い液体。それがまるで意思を持つように、あたしたちを追ってくる。
「来るぞ!」
「振り返っちゃだめ!!」
あたしは叫んだ。
「闇は光を恐れるわ!」
手を伸ばす。光が強くなる。痛いほどの熱が掌を貫いた。
「もう少し……!
みんな、信じて!」
仲間たちの声が重なった。
「任せろ!」
「急げ!」
「1人も落ちるな!!」
あたしは前だけを見た。その先に――淡い朝の光が見えた。
「慧吾、もう少しよ……!」
とたん、一斉に体が浮くような感覚。
目の前で、光が爆ぜた。
外殻の崩壊が止まったのか、それとも、あたしたちが間一髪抜け出せたのか。
気づいたとき、あたしたちは草の上に倒れていた。
朝の光が、崩れた《外》を包み込んでいた。
もう、うねってはいない。
もう追いかけてはこなかった。草原の上、淡い風が吹く。
「……っ……」
目を覚ました慧吾は、ほんの小さな声で
「ありがとう」と言い、草を払って立ち上がる。
「…大丈夫?」
あたしが言うと、慧吾は少しだけ頷いた。
あたしは安心して息をつく。
「慧吾。街に来い。住む場所なんざ、ワシと哲平がいくらでもこさえてやるわい」
辰彦がガハハと笑う。
「まだまだ使える施設もあるぜ」
哲平の明るい声が響く。
「もう、リリカのあんな顔、見たくないんでな…
一緒に帰ろうぜ。慧吾」
諒介があたしをちらりとみながら言う。
でも、慧吾は遠くを見ていた。
「……俺は、二度までも、闇に堕ちた。
光であるお前たちとは、一緒にいられない」
その声はまだ迷っているように感じた。
「そんなことはないよ!」
抑えたつもりの声は、だけど少し上ずっていた。
そんなあたしの言葉に、慧吾は目を伏せたまま、淡い光に照らされた自分の掌を見た。
「……でも、この光が役に立つのなら、俺はその場所に行く」
──背後から靴音が近づいた。
「外にゃ、まだまだどうにもならねぇ現実があるぜ」
振り向くと、ジャックがいつの間に、旅支度を整えて立っていた。背中の鞄には古びた布が結びつけられ、目はもう“外”を見据えている。
「ジャック……」
「お前らが守ってる間にも、この世界の端っこじゃ泣いてる奴が山ほどいる。
……俺はそっちに行くぜ。なぁ、慧吾」
ジャックは煙草をくゆらせながら、そう言った。
「そう…もう、決めたのね」
あたしは静かに言った。
慧吾が、今度はしっかりと、あたしの目を見て頷いた。
「……わかった…。
でも、これだけは約束して。命を粗末にしないで。あたしたちは、どこへだって駆けつける。助けに行くから」
ジャックが片頬を上げる。
その横で、慧吾は頷いた。
「……ああ、分かってる。帰る場所は、ここだ」
その言葉を紡ぐ慧吾の唇に、ようやく、微かな笑みが灯った。
強い決意のこもった、綺麗な瞳だった。
そして二人はゆっくりと背を向け、朝の光の中へ歩き出す。
風が彼らの外套を揺らし、差し込む朝の光が、長く地に影を落とした。
諒介があたしの隣で立ち止まり、小さく呟いた。
「……あんなに待ったのに…行かせちまって、いいのか?」
あたしは頷いた。胸の奥の光が、穏やかに脈を打っていた。
「うん。あたしたちは、いつでも二人が帰れるように、ソムニウムを守っていこう。こんどは絶対に、また会えるから」
「……そうだな」
諒介はもう小さくなった二人の長い影を、いつまでも見つめていた。
この街の外には、ジャックの言う通り、まだまだ混沌が渦巻いている。あたしたちなりのやり方で、ここを絶対に守る。
空は繋がってる。2人のみらいと、あたしたちのみらいの、
───その先へ。
Fin.




