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透明の心臓  作者: 水瀬 悠里
Ⅱ 堕天の光
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第6幕 堕天の胎動

闇の中を、歩いていた。


足元は泥のように柔らかく、一歩進むたびに“何か”を踏みしめる音がする。

地面が、呼吸しているみたいだった。


「……音がする」

諒介が小さく呟いた。

「下から……鼓動みたいな」


「慧吾の……?」

あたしの胸の奥も、同じリズムで脈を打っていた。そのたびに視界の端が揺れる。黒の中に、かすかな光の粒。


「立ち止まるな」

ジャックが前を行く。足跡の代わりに、彼の外套の裾が風にかすかに翻った。


「この先に、中心がある。そこが“心臓”の在処だ」


建物の奥は、まるで内臓のようだった。

壁が脈動し、遠くで低いうねりが響く。冷たい空気に混ざって、焦げた金属と血の匂いがした。


「……慧吾の心臓が、この建物そのものと繋がってるなら……」

諒介が息を詰める。

「中に入れば、あいつの意識に触れられるかもしれない」


「でも同時に、あいつを壊すことにもなる」

ジャックの声が鋭く響く。

「踏み込みすぎんな。この場所は、もう“生きてる”」


その言葉どおり、壁の奥から何かが這い出す音がした。闇が溶けるように動き、形を持ちはじめる。


「出た!」

辰彦が構えた瞬間、黒い影が地面から湧き上がった。


無数の手。顔のない影たち。あたしたちの光に反応して、耳障りな悲鳴を上げる。


「下がれ!」

哲平の拳が光を帯び、ひとつ、またひとつ、影を砕く。


でも、闇は止まらなかった。壁から、床から、天井から、次々と生まれてくる。


「これじゃキリがねぇ!」


「慧吾!」

あたしは叫んだ。

「あなたは……この中にいるんでしょ!?あたしたちは敵じゃない!」


返事はなかった。ただ、足元の鼓動が早まっていく。


ドクン。 ドクン。


まるであたしたちの存在に反応するみたいに。


「来るぞ!」

ジャックが叫ぶ。


建物全体が震えた。壁の奥から、金属が軋むような音。そして――


黒の中心が、開いた。


光が、逆流する。それは光のようでいて、闇のような色。目を焼くほど眩しいのに、触れると冷たい。


その中に、あたしは見た。


背後から、翼のように伸びた漆黒の闇。そして、光を失った瞳。


「……慧吾……」


あたしの声が震えた。


彼はそこにいた。でも、もう“あの慧吾”じゃなかった。

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