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透明の心臓  作者: 水瀬 悠里
Ⅱ 堕天の光
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第5幕 再生の鼓動

薄暗い部屋に、機械の軋む音が響く。

床には焼け焦げた金属片、かつて“研究”が行われていたことを物語る跡。


諒介が古い端末を接続し、息を詰めた。

「……動くか?」


「かろうじてな」

哲平が頷く。

「外のコードに似てるが、これは……内側から書き換えられてる」


「内側……? まさか、慧吾が?」

あたしは無意識に前のめりになった。


画面にノイズが走り、ゆっくりと、文字が浮かび上がる。


《被験体:No.06 光の心臓/転写率98%》

《オリジナル個体とのリンク:断続的》


「転写……?」

諒介が眉をひそめる。


「心臓の記録をコピーしたんだ。

外が“生きた心臓”を再現しようとしてる」

ジャックの声が低く響く。


「……まるで、慧吾の鼓動そのものを再生してるみたいだな」

辰彦の言葉に、空気が一瞬止まった。


胸の奥が焼けるように痛い。

あたしは唇を噛んだ。


《被験体反応:覚醒兆候アリ》

《制御不能》


「……制御不能?」

哲平がスクリーンを睨む。


その瞬間、スピーカーから低い音が流れた。


「──……カ……」


全員が動きを止めた。


「……今の、聞こえた?」

あたしの声が震えた。


音が途切れ、また混線する。

ノイズの中、今度ははっきりと、誰かの声が響いた。


『……リ……カ……』


あたしの胸が締めつけられる。


「慧吾……?」


だが、次の瞬間、声が歪んだ。


『……来るな……』


空気が凍った。ノイズが激しくなり、機械の警告音が重なる。


「リリカ、離れろ!」

諒介の声に、あたしは反射的に身を引いた。


画面の光が赤く変わり、灰色の煙があふれ出す。中から、光の粒と黒い影が混ざり合って立ち昇った。


「これは……記録じゃねぇ」

ジャックが低く唸った。

「“残留”だ。あいつの心臓に残った、闇と光の境目だ」


あたしの鼓動が、それに呼応するように跳ねる。

まるで呼ばれているような――でも、拒まれている。


「慧吾……あなたは、闇に囚われてるの……?」


灰の中から、微かに光がひとつ、漂い出る。

それはまるで、“自分のもとへ来るな”と告げる最後の理性のようだった。


涙が頬を伝う。それでも、あたしはその光に手を伸ばした。


「行くよ、慧吾。あなたを、取り戻す」


灰の粒が、風に舞って消えた。


残ったのは、鼓動の残響と、焦げた匂いだけだった。



外の空は、見たことのない色をしていた。


灰とも黒ともつかない、濁った雲が渦を巻き、

時おり、稲妻のような光が走る。


「……これが、“外”か」

哲平が呟いた。その声が風にかき消される。


地面はひび割れ、ところどころに赤く脈打つ亀裂が走っていた。それはまるで、大地そのものが呼吸しているみたいだった。


「息が重いな」

辰彦が顔をしかめる。

「鼻が曲がりそうだ」


ジャックは一歩先を歩きながら、手の中の機械を睨んでいた。


「Radiation’s not the worst part.……問題は“こいつ”だ」


彼が指さした先に、巨大な構造物がそびえていた。


漆黒の壁。まるで血管のようなケーブルが絡みつき、その表面には不規則に光る紋様。


建物全体が――脈動していた。


「まるで……心臓みたい」

あたしは息を呑んだ。


「慧吾の“心臓”とリンクしてる」

諒介の声が低く響く。

「データでも生命反応でもない。これは……同調してる」


あたしの胸が痛む。心臓の奥が、同じリズムで脈打っていた。


「慧吾……ここに、いるのね」


その瞬間、建物の表面がざわめいたように動いた。脈動が早まり、黒い液体が壁から滴り落ちる。


「来たぞ!」

辰彦が叫ぶ。


地面から黒い影が這い出してくる。形を持たない“影”――人の形を模しては崩れ、また立ち上がる。


「防御に入る!」

哲平が前に出た。彼の手には光を帯びた拳。


「ジャック! あの建物を壊せば!」


「No!」

ジャックが叫ぶ。

「壊したら慧吾も消える!あれは“命綱”だ!」


「じゃあ、どうすんだよ!」

諒介が苛立ちを隠さず叫ぶ。


「守る!」

あたしは叫んだ。

「あの心臓を、守りながら近づく!みんな、お願い!!」


光が胸から広がる。闇の中で、あたしの手が淡く輝く。

その光が仲間たちを包み込み、影の波を押し返していく。


「リリカ、無理すんな!」

少しだけふらついたあたしを、諒介が支える。


「大丈夫……!」

あたしは息を整えた。

「慧吾の鼓動が、あたしに届いてる……!」


黒い建物が呻くような音を上げた。その奥で、確かに――光と闇がぶつかり合っていた。


「聞こえる?慧吾!」

あたしの声が風に乗って響く。

「あなたはひとりじゃない!」


瞬間、建物の中心が脈動した。

一瞬だけ、黒の中から“白い閃光”が走る。

その光の中に、一瞬だけ見えた。


――あの瞳。


閉ざされた闇の奥で、慧吾の目が、一瞬だけ、光を取り戻した。

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