Ⅰ 光を抱く者たち【プロローグ】
──冷たい壁。耳を澄ませても、なんの気配もしない。
それなのに、見られている……そんな感覚だけが、背中に張り付いて離れない。
「……誰か……?」
声は白い靄に溶けて消える。
白い壁に寄りかかる仮面の奥が、わずかに揺れた。切り込まれた「仮面」の眼窩から、確かにこちらを射抜く視線があった。
心臓が冷たい音を立てる。恐怖が、鼓動を速める。
ドクン──
光が迸った。
次の瞬間、壁が爆ぜ、破片と閃光の奔流に押し出されるようにして、あたしは駆け出した。
外へ。
逃げ場のない視線から、ただ必死に――。
動かしていなかった足が言うことを聞かない。
息を切らしながら走る。
白い空間の外に広がっていたのは、無機質な廊下だった。
壁はどこまでも続き、行き止まりも出口も見えない。
後ろから、重い足音が迫ってくる。仮面を被った人影――ソムニクスたち。
「いや……来ないで!」
あたしは必死に駆けた。
銃口が光り、光弾が走る。
避けきれない――そう思った瞬間。
胸の奥がドクンと鳴り、かすかな光が溢れた。
その光に触れた仮面がぱきりと割れ、中から血の気を失った顔が覗く。
……人間?
仮面が崩れ落ちたその“男”は、一度はあたしに刃を向けかけて
――だが、歯を食いしばり、仲間を切り裂くようにソムニクスへと向き直った。
「立て…走れ!」
短く低い声が響く。
あたしは無我夢中で走り出した。その手に導かれるままに。
名前も素性も知らない。
それでも、あたしの足は自然と彼の後を追っていた。
路地を抜けると、夜風が冷たくて、火照った頬に突き刺さった。背中を伝う汗は乾かず、息もまだ荒い。
隣を走るその男は、追ってくる足音が消えたのを確かめると、制服の上着を無造作に脱ぎ捨てた。
肩から背中へ、しなやかな筋が浮かび上がる。
腰に一本だけ差した小さなナイフ――それを確かめる仕草に、ただ者じゃない気配を感じる。
「長距離戦には向かねぇが、ないよりマシだろ」
軽く笑って振り向いた顔が、月明かりに照らされた。
端正な横顔。殺気はとうにどこかへ消えていた。
けれど、その瞳の奥に深い影が落ちていた。
思わず声が漏れる。
「あなた、誰?」
彼は短く答えた。
「俺は諒介。ソムニクスをやめた、ただの人間だ」
諒介──。
信じていいのかどうかもわからないのに、その真っ直ぐな眼差しから、不思議と目を逸らせなかった。
「さっきの……光。すげぇな」
諒介の言葉に、喉がきゅっと鳴った。




