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第九話 筋肉令嬢と小枝の手首


 アドリアナとシャルルの顔合わせは、王城の庭園で行われた。


 そこは前世で何度もシャルルとエリザベッタに置いてけぼりにされた場所であるが、それすらアドリアナにとっては甘い思い出である。


(……懐かしい。ここで何度もシャルル様にお気遣いいただいたわ)


 決して気遣いをされたわけではない。邪険にされていたのである。


 侍従に案内されながら、庭園の中にあるガゼボへと向かう。そこには、また会える日を楽しみにしていたシャルルが待っていた。


「よく来てくれた、ドラクロワ嬢」


「お目にかかり光栄でございます、第二王子殿下」


 お辞儀(カーテシー)から顔を上げると、前世と寸分たがわぬシャルルがそこにいた。


(――ああ、懐かしい。あのときのシャルル様そのままだわ)


 アドリアナはうっとりとした目を向けたが、ふと違和感が胸を突いた。


(……あら? なんだか…)


 胸がときめかない。アドリアナは思わず、自分の胸を押さえた。


「どうかしたか? ドラクロワ嬢」


「いえ、なんでもございません。失礼いたしました」


「さあ、こちらに座って。今日のために、城下からおいしいと評判の菓子を取り寄せたのだ」


 アドリアナはシャルルの向かいに座る。目が合うと、彼は微笑んだ。


(ああ、この笑顔も前世と変わらない。でも、なんだか…)


 その笑顔を見ても、嬉しいとは思わない。どこか自分はおかしくなってしまったのかと、アドリアナは首を傾げた。


「ドラクロワ嬢?」


「あ、いえ…。なんだか胸に違和感があって…」


「それは大変だ! 大丈夫か?」


 シャルルが立ち上がり、心配そうにアドリアナへと手を伸ばす。そのとき袖口から見えた彼の手首を見て、アドリアナは固まった。


(な、なんですの、この小枝のような手首は!?)


 アドリアナは小枝と言うが、シャルルの手首は一般的な太さである。しかし鍛え抜かれた筋肉に囲まれて過ごしてきた彼女にとっては、そう見えてしまったのである。


(だめ…!私に触れたらシャルル様の手首が折れてしまうわ…!)


 その指先が届く前にアドリアナは立ち上がり、シャルルから距離を取った。


「ド、ドラクロワ嬢…?」


 シャルルは呆然とした表情でアドリアナを見る。彼女はというと、シャルルの細い首筋に視線が奪われていた。


(首もあんなに細くて、どうやって呼吸をしていますの!? あんな細さでは、すぐにへし折られてしまいますわ…!)


 あれほど運命だと信じて会いたかったシャルルが、こんなにも軟弱で貧相なことにアドリアナは愕然とした。


 そして同時に気づく。今のアドリアナは、シャルルに少しも魅力を感じていない。むしろ華奢なその身体を見て、筋肉の素晴らしさを布教したくなるほどだった。


 胸の奥がぎゅっと痛む。前世であれほど愛していたはずの人なのに、今は微塵も好きになれそうにない。


「ぶ、無礼を働いて申し訳ございません。今日は体調が優れませんので、これで失礼させていただきたく存じます」


 足早にその場を去っていくアドリアナ。前世で何度も通った道だ。一人でも迷わず王城を出ることができる。


(シャルル様があんなに貧弱だったなんて…っ、前世の私はどうして気づかなかったのかしら…っ)


 筋肉のない婚約などあり得ない。家に帰るなり、アドリアナはすぐさま両親に掛け合った。


「随分と早い戻りね、アドリアナ。顔合わせはどうだったのかしら?」


「お父様! お母様! 第二王子殿下には筋肉が足りません! ゆえに到底婚約などできませんわ!」


「なんと! 筋肉のない男に可愛いアディはやれん!」


 こうして父アルマンから、国王に対して婚約辞退の申し入れがなされた。『筋肉不足』という理由を前に、国王は返す言葉もなかったという。


「き、筋肉…不足? 何かの聞き間違いか…?」


 そして理由とともに婚約が辞退されたことを知ったシャルルは、その場で崩れ落ちたのだった。


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