第八話 筋肉令嬢と初恋
それからアドリアナは、前世では叶わなかった王立学園への入学を果たした。
「これが憧れの王立学園の制服! なんて可愛いのかしら!」
深い青緑色の上下一体型の制服に膝下丈のAラインスカート、そして一年生の証である深紅のリボンタイ。ルンルン気分で学園へ向かったアドリアナが特に驚いたのは、周囲の筋肉量の少なさだった。
(騎士家門の生徒くらいしか、まともな筋肉はなさそうね…)
それでも十分な筋肉があるとは言い難い。学園に入学して初めて、アドリアナはドラクロワ家の筋肉がいかに素晴らしいものなのかを知った。
(これは、もっと筋肉の素晴らしさを広めなくてはいけないわ…!)
己の筋肉を磨くことばかりを考えてきたドラクロワ家。アドリアナは、ようやくその知識を外に広めるチャンスが来たと感じていた。
(布教役は、虚弱を知る私にこそ相応しい…!)
これが筋肉と出会った自分の運命なのだと、アドリアナは信じて疑わなかった。
(そうと決まれば、さっそく布教するお友達から作らなくては…!)
このあとアドリアナには親しい友人ができるのだが、あまりにも筋肉を褒めたたえるため、のちに『筋肉令嬢』と呼ばれるのはもうすぐのことであった。
そしてアドリアナが十六歳を迎えた頃。ついに待ち侘びていた運命の日がやってきた。
庭先でダンベルを持ってスクワットをしていたアドリアナに、父アルマンが声をかけた。
「喜べ、アディ! お前に素敵な縁談が舞い込んできたぞ!」
「まあ、お父様! どうしたの、突然」
ついに来た、とアドリアナは思った。ダンベルを置いて、父アルマンのもとへと歩み寄る。豪快な笑い声とともに、彼は言った。
「なんと第二王子との婚約の話だ! なんでも王は、我が筋肉の名門の血筋を迎えたいらしい! これには第二王子本人の希望もあるそうだ!」
「落ち着きなさい、アルマン。まだ第二王子と婚約すると決まったわけではないでしょう」
父アルマンのあとを追ってきた母エレオノールが冷静にたしなめる。しかし父は、嬉しそうに笑っているだけだった。
「アドリアナ。よければ一度第二王子と会ってみない? 婚約の返事はそのあとでいいの。あなたが気に入らなければ、婚約する必要はないわ」
「はい、お母様。でも私、第二王子殿下と婚約するような気がしておりますわ」
「あら、どうして?」
「……運命を、感じるのです」
筋肉を愛する令嬢が『運命』という言葉を口にするなんておかしいのかもしれない。それでも前世から繋がりのあるシャルルを、アドリアナは自分の運命の人だと信じて疑わなかった。
「分かったわ。とりあえず一度、顔合わせの場を陛下に作っていただきましょう」
「王家から求婚状が届くなんて、やはりドラクロワ家は素晴らしいな! 筋肉万歳だ!」
ようやくあのときの素敵なシャルルに会える。顔合わせの日が決まってからというもの、アドリアナはトレーニングに身が入らなかった。いつ何をしていてもシャルルの顔が頭に浮かんで来てしまうのだ。すっかり初恋に惚けてしまっていた。
(また、シャルル様とモンティス嬢と仲良くできるのだわ)
二人とも学園で見かけるものの、筋肉の布教活動で忙しいアドリアナには特に接点がなかった。それよりも、変に出会いを変えて、運命がねじ曲がってしまわないか心配だった。
(――もうすぐ、シャルル様に会える)
胸の高鳴りを押さえながら、アドリアナは顔合わせの日が来るのを待った。
一方でシャルルもまた、顔合わせの日が来るのを楽しみにしていた。
(ドラクロワ嬢は、俺のことを覚えているだろうか?)
去年のデビュタントで彼女を見たとき、シャルルの胸は打ち抜かれたと言ってもいいほどの衝撃を受けた。他の令嬢にはない大人びた雰囲気。凛とした仕草。それでいて見つめていると、ふと守ってあげたくなるようなか弱さを感じるときがある。
(いいや、覚えているかどうかなんて関係ない。王家との婚約だ。断るやつなんかいないだろう)
それほどまでに自分の血筋は尊い。見た目だって悪くないし、婚約者として優良株のはずだ。
近づいてくる顔合わせの日に向けて、お互いに相手への思いを膨らませていく二人であった。




