第七話 筋肉令嬢とデビュタント
デビュタント当日。天井には煌びやかなシャンデリアがいくつも輝き、会場の隅々まで光を落としている。宝石を散りばめた令嬢たちのドレスが光を反射し、色鮮やかに輝いていた。
そんな中、アドリアナは長兄ドミニクにエスコートされて、会場へと足を踏み入れた。
「……まあ!」
「筋肉伯爵のご令嬢と聞いていたから、どんな方かと思っていたけれど…」
「所作が美しい凛とした人ね」
パンパンの筋肉を持つ兄と、その隣に立つしなやかな筋肉を持つ妹。二人はすぐに会場の視線の的となった。
「見てみろ、アディ。誰もが俺たちの筋肉に見惚れているぞ」
「そうね。ドミニクお兄様の胸板の魅力は、正装していても分かりますもの」
「何言ってるんだ。アディだってデビュタントまでに背筋を仕上げてきたじゃないか。生命力に溢れている良い筋肉だ」
「ふふ、嬉しい。背中の開いたデザインにしてもらって良かったですわ」
アドリアナのデビュタントのドレスは、色こそ純白なれど、他の令嬢とは異なるデザインだった。ふわりと裾が広がっているドレスが多い中、彼女のドレスはスレンダーだった。腰から膝にかけてストンと生地が落ち、膝から足首にかけて柔らかに広がっている。
「肩や二の腕周りにオーガンジーの生地をあしらわれてしまったので、せっかく鍛えた三角筋をお披露目できないのは残念ですわ」
「いいや、シルエットが透けているだけでも俺には分かるぞ。だいぶ筋肉を追い込んだようだな」
「まあ! お分かりになります? さすがドミニクお兄様ですわ!」
傍から見れば、微笑ましく談笑している兄妹であるが、話の内容はちっとも可愛くはない。
やがて始まりの時刻となり、ホストの王妃、第一王子と第二王子のシャルルが姿を現した。
第一王子、第二王子とも黄金の髪と青い目が麗しい。長身で手足は長いものの、肩に厚みはなく、その身体に筋肉の力強さは感じられない。
「本日デビュタントを迎えたみなさん、本日は本当におめでとう。先ほどまでの陛下への謁見では随分と緊張したことでしょう。ここは、あなたたちの社交界入りを祝う場です。気楽に楽しんでちょうだい」
王妃の挨拶が終わる。それと同時に管弦楽団による音楽が始まった。
(ああ、シャルル様だわ。ようやくお会いできた。――でも、)
「さあ、アドリアナ嬢。私と踊っていただけますか?」
「――もちろんですわ、お兄様」
長兄ドミニクがかしこまった態度で、アドリアナにダンスを申し込む。シャルルに気を取られていたアドリアナは我に返り、笑顔でダンスの申し出を受け入れた。
「王子方を見ていたのか?」
踊りながら、長兄ドミニクが問いかける。どうやらアドリアナの視線の先に気づいていたらしい。
「ええ。第二王子殿下のご尊顔を拝見していたの」
「第一王子殿下じゃなくて?」
「そう。だけど……」
「だけど?」
「……殿下方って、少しばかり貧相なんですのね」
「ぶ…っ」
眉をひそめたアドリアナの発言に、長兄ドミニクは吹いた。
「笑わせるなよ、アディ。一般的には、殿下方が普通なんだよ」
「でもお兄様。ルシアンお兄様だって細いけれど、しっかり筋肉がついていますわ」
「あいつはそういう筋肉の付け方をしているからであって、あれでもその辺の男よりよく鍛えている方だぞ」
父と兄以外の男性と交流する機会が少ないアドリアナにとって、男というものはすべからく筋肉を鍛えているものだと思っていた。
(シャルル様との婚約は十六歳のとき……あと一年あるわ。それまでにきっと、シャルル様にはもっと筋肉がついているはず)
シャルルが貧相なのは今だけだと、楽観的に考えるアドリアナであった。彼女にとって、彼は運命の人だ。今シャルルを見てもときめかなかったのは、ただその運命がまだ始まっていないだけなのだと、アドリアナは考えていた。
一方、シャルルはというと。
(あの一際美しい令嬢は誰だ…!?)
すっかり美しく成長したアドリアナに見惚れていた。
(今年デビュタントということは、俺と歳が近いということだ。家門の爵位によっては、婚約できる可能性もある…!)
前世とは違い、アドリアナに興味津々のシャルル。
果たして二人の運命はどうなるのか。それは神のみぞ知ることである。




