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第六話 筋肉令嬢と破れたドレス


 アドリアナの筋肉愛が目覚めてから十年。彼女は毎日のトレーニングを欠かさず続けてきた。そして十五歳となり、デビュタントの時期を迎えていた。


「そろそろアドリアナのデビュタントの準備をせねばなりませんね」


 ドラクロワ家の朝食の席で、ホエイスープを口にしながら、母エレオノールが言った。


「おお、そういえば王家からデビュタントの招待が届いていたな」


 父アルマンは、朝から豪快に牛肉の山を貪っている。


「アディがデビュタントなんかしたら、求婚の手紙がわんさか届くに決まってる」


「しょうもない筋肉の家門なら、アディには相応しくないな」


 長兄ドミニクがゆで卵を食べながら、次兄ルシアンがチーズを食べながら答える。


「デビュタント? もうそんな時期ですの? まだ、広背筋(こうはいきん)が満足いくまで仕上がっていませんわ!」


 ホエイドリンクを飲みながら、アドリアナは驚きに目を見開いた。


 筋肉愛に目覚めた彼女は、とても美しく成長していた。父譲りの艶やかな黒髪に、健康的な白い肌が映えている。丁寧に磨かれた筋肉たちは彼女のスタイルの良さを際立たせ、可憐さよりも凛々しさを印象づける。


「今日の午後、一緒にドレスを作りに行きましょう。アドリアナの筋肉を引き立てる、完璧なドレスを作らねばなりません」


 母エレオノールは傍に控えていた侍女に話しかけ、仕立て屋を予約するように伝えた。


「午後からはドミニクお兄様と一緒にトレーニングをしようと思ってたのに…」


「馬車の中でストレッチができるじゃない。背中の筋肉はほぐしにくいでしょう? わたくしが手伝ってあげるわ」


 決してドレスが嫌いなわけではない。着飾ることも貴族令嬢の教養だと心得ている。それでもアドリアナの中でトレーニングは優先されるべき事項だったので、午後のトレーニングがなくなってしまったことに小さく溜め息をついた。


 午後、仕立て屋に赴いたアドリアナと母エレオノールは、女店主に大歓迎された。


「こんなスタイルの良いご令嬢のドレスを作らせていただけるなんて光栄ですわ!」


 そうしてアドリアナの採寸が始まる。サイズを測るたびに、女店主はいちいち驚いていた。


「しっかり上を向いた豊かなバスト! アンダーバストから下腹部までしっかりと引き締まったウエスト! きゅっと引き締まったヒップ! どこも均整が取れていて素晴らしいですわ!」


 実際には、盛り上がった肩回り、筋肉の筋がしっかりと見える上腕、しっかりとバルクアップされた太ももに、鍛え上げられたふくらはぎなどもあったが、女店主にしてみれば、それはどうとでもできるらしい。


 コルセットいらずだとそのスタイルを褒める女店主に、その言葉を満更でもなさそうに聞いている母エレオノール。そんな二人をよそに、とにかくアドリアナは早く終わって日課のトレーニングをすることだけを考えていた。


「これで採寸は終わりました。もしお時間がございましたら、ぜひ私の作った別のドレスもご試着いただけると幸いなのですが……いかがでしょうか?」


 どうやらアドリアナのスタイルを気に入ったらしい女店主は、彼女で着せ替え遊びをしてみたいらしい。娘を褒められて自尊心が爆上がりの母エレオノールは、簡単にそれを許可した。


「もう、お母様!」


「いいじゃない。あなた、年頃なのにあまりドレスを持っていないでしょう? ちょうど良い機会だから、気に入ったのがあれば購入して帰るわよ」


 女店主が持ち出してきたのは、見るからに高級そうな布素材で仕立てられた濃紺のドレスだった。試着してみたところ、濃紺がアドリアナの肌の色を綺麗に見せてくれる。


「お嬢様のウエストのくびれが映えますわね! とってもお似合いですよ!」


 女店主は満面の笑みでそう言った。アドリアナはドレスを少し持ち上げて振り返り、後ろ姿を鏡に映してみる。


(まあ! このドレス、僧帽筋(そうぼうきん)が美しく見えますわ!)


 ドレス越しの筋肉をもっと見ようと、背中に力を入れたときだった。


 ブチッと小気味良い音がして、背中の縫い合わせが破けてしまった。


「まあ! どうしましょう!」


「きゃあああ! 西の国でしか生産されていない貴重な布が!」


 おっとりと驚くアドリアナに、顔を真っ青にする女店主。しかしすぐさま上客の前だということを思い出し、女店主はなんとか笑顔を取り繕った。


「……失礼いたしました。お嬢様もさぞ驚きになったことでしょう。このドレスのことはお気になさらず、次はあちらのドレスをお召しになってみませんか?」


 女店主が手のひらで指した方には、深紅のドレスが展示されていた。他の店員の手を借りて、今度はそちらのドレスを試着する。


 それは腰から足首にかけて、身体の線が出やすいように作られたドレスだった。脚の長さが強調して見えるため、アドリアナのスタイルの良さを存分に生かすデザインだ。


「こちらのドレスもよくお似合いですわ! 今、南の国で流行っているスリットドレスというものなんです」


(まあ! このドレス、大腿(だいたい)四頭筋(しとうきん)がまるで芸術品のようですわ!)


 鏡に映る脚の筋肉をより良く見せようと、力を入れたときだった。


 ビリッと引き裂くような音がして、スリットがさらに深く裂けていた。


「あら! まただわ」


「ぎゃあああ! 二日間徹夜で描いたデザインのドレスが!」


 女店主は、魂が今にも身体から抜け出しそうほど真っ白な顔をして、もはや白目を剥いていた。


「……ごめんなさいね。私のせいで…」


「い、いいえ! こちらが頑丈なドレスを作らなかったせいでございます!」


 アドリアナの声にハッと我に返った女店主。頑丈なドレスというのもなかなか聞かないが、それでも彼女はアドリアナに責任を押し付けようとはしなかった。


 そんな彼女の様子を、母エレオノールはしっかりと見ていた。


「採寸を元にデザインを起こします。次はデザイン案を持って、お屋敷までお伺いいたします」


 女店主はプロだった。先ほどまでのショックは微塵も見せず、アドリアナと母エレオノールをしっかりと馬車まで見送った。


「――あなた、見込みがあるわね」


「え?」


「先ほどの濃紺と深紅のドレス。サイズを娘に合わせて調整したらドラクロワまで届けてちょうだい。購入するわ」


「…っ、はい! ありがとうございます! ドラクロワ夫人!」


 母エレオノールの美貌と人情に、この女店主はすっかり虜になったのだった。


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