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第五十四話 筋肉男爵と頼もしき仲間たち


 朝の光がガティネ男爵領の村を柔らかく照らしていた。穏やかな空気の中、アドリアナは男爵邸を出る。ついに、仲間たちと一緒に現場に立つ日が来たのだ。


 まず目に入ったのは荒れた農地と、ところどころにひび割れた道。村人たちが忙しなく動き回るものの、明らかに手が足りていない様子だった。


 ――これはアドリアナの筋肉だけでは手に負えそうにない。彼女は心の中で小さく溜め息をつく。


「さて、みなさま。今日から少しずつ領地を整えていきますわよ!」


 張り切って声を上げると、隣でマティアスが手に持った資料を見つめ、顔を赤くしながらも小さな声で呟いた。


「え、えっと…あの、作業の順序はこうした方が効率的かな、と思うんだけど…」


 言葉にたどたどしさがあるものの、彼が指す作業図は理路整然としていて、村人たちは目を丸くしていた。

 ローランは無言で腕を組み、村人たちの動きを確認している。大きく頷くだけで、何も言わなくても信頼感が伝わるのだから、さすがだ。


「それじゃあ、まず倉庫の整理から始めましょう!」


 アドリアナが指示を出すと、村人たちはぎこちなく荷物を運び始めた。ところ、最初のうちは全員が右往左往。重い樽を持ち上げる際に、二人の若者が互いにぶつかって転びそうになる。


「う、うわっ、ちょっと待って!」


 アドリアナが思わず手を伸ばすが、それよりも先にローランが動いた。二人はその手に支えられ、笑いながら体勢を立て直した。


 マティアスは慌てて資料を広げる。


「えっと、荷物は一列…いや二列に並べた方が…」


「みんな、落ち着こう。樽は縦に置くんじゃなく、横にした方が運びやすいだろう」


 エティエンヌの冷静な一言で村人たちは作業のコツを理解し、混乱が一気に解消された。さすが理性の策士である。


 作業を進めながら、アドリアナも自分の筋肉をフル活用する。木材を運ぶ際、軽やかに持ち上げる。しかし少し力を入れすぎて、ついマティアスにぶつかりそうになり、彼は眼鏡を押さえながら驚いて小さく後ずさりした。


「ア、アドリアナ様。あの、力が…」

「マティアス先輩、大丈夫ですわ。筋肉は正しく使えば危険ではありませんのよ」


 思わず吹き出すマティアス。今さっき危険な目に遭いかけたことは言わないでおく。


 ローランは無言のまま、村人の動きを確認している。時折、木製の荷台を安定させる手伝いをするだけで、誰も怪我をせずに作業は進んだ。その寡黙さがかえって頼もしい。


 午前中の作業が終わる頃には、目に見える成果が表れていた。荒れた畑は整備され、道沿いの落ち葉や石も片付けられ、倉庫の中は綺麗に整理されていた。村人たちは息を弾ませながらも、誇らしげに顔を上げる。


「わ、私たちでもこんなに整うんですね!」


 一人の若者が笑顔を見せ、ローランに目礼。彼は小さく頷き返すだけだが、その背中から伝わる安心感に村人たちは胸を打たれる。


 エティエンヌは地図を広げ、次の作業計画を練る。


「この調子なら、午後には水路の整備も可能だな。順序を少し変えれば、村人の負担も減る」


 マティアスはメモを取りながら、口元を緩めて小さく呟いた。


「み、みんなが、動きやすくなっている気がします」


 アドリアナは彼らの活躍を見つめ、心がじんわりと温かくなった。筋肉だけではどうにもならなかった世界に、知恵と策士の力が加わることで、人も土地も動き出したのだ。


 小休憩の間、村人たちは笑い声を交わしながら水を飲み、疲れを癒す。アドリアナも肩の力を抜き、軽く息をついた。


「みなさま、本当にありがとうございます。あなたたちのおかげで、領地が少しずつ形になってきましたわ」


 マティアスは深く頷き、ローランは無言でアドリアナを見つめる。そしてエティエンヌは小さく笑い、紙の上で指を動かしながら次の段取りを考えている。


 夕暮れの光が村を赤く染め、長く伸びた影がアドリアナたちを包む。静かだが、確かな達成感が胸に広がっていく。


(明日はもっと大きな課題が待っているかもしれない。でもきっと、乗り越えられる)


 村人の笑顔、三人の頼もしさ、そして自分の筋肉。小さな成功は、次への希望の光になった。


 筋肉と知恵と策士が揃えば、どんな領地でも少しずつ形になるのだと、アドリアナは心から確信したのだった。


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