第五話 虚弱令嬢と筋肉の目覚め
早速翌日から、アドリアナは動き出した。まずは食事内容を変えることから始める。
「毎日の食事にお肉をお願いします」
今まではなるべく胃に負担のかからないものが多かったが、筋肉を鍛えるとなれば話は別だ。トレーニングをするためのエネルギー源、筋肉を育てる良質なたんぱく質と脂質が必要である。
続いて軽いながらも運動を日課にするようにした。また昏倒してしまうと困るので、トレーニングは一旦保留。まずは身体づくりから始めることにした。
(これはなかなか、キツイですわ…っ)
侍女に手伝ってもらいながらのストレッチ。手足を伸ばすたびに動悸がし、前屈をしたときには眩暈がした。
それでもアドリアナはシャルルとの幸せな未来のため、エリザベッタとの輝かしい友情のため、弱音を吐かずに頑張った。
「何やらお嬢様が運動を始めたらしいぞ」
「あんなお辛そうなお顔をして…やめていただいた方が良いんじゃないかしら?」
使用人の中では、アドリアナを心配する声が圧倒的に多い。一方の家族はというと、彼女の身体を心配しつつも、筋肉に目覚めたことにいたく感動していた。
「エ、エレオノール! アディが…! 俺たちのアディが…!」
「わたくしにも見えていますよ、アルマン。流石ドラクロワ家の令嬢です。母として誇りに思います」
「昏倒したときはどうなることかと思ったが…! うう…っ! 急に大人びて…!」
父アルマンは感動の涙でまともに話せない。その隣で、母エレオノールは目を赤らめながらも毅然とした態度を貫いていた。
「おい、ルシアン! 俺たちでアディをサポートしてやらないと!」
「分かってるよ兄さん! 今、アディに最適なトレーニングプランを考えているんだ、邪魔しないでくれ」
長兄ドミニク、次兄ルシアンもまた、妹の成長に涙ぐみながら、彼女を支えようとしていた。
「健康は筋肉から! 運命を引き寄せるのも筋肉から!」
家族に応援されることなど、前回の人生ではほとんどなかった。いつも体調を心配されてばかりだったアドリアナにとって、今の環境はとても幸せに思えた。
最初はゆっくりしか歩けなかった散歩も、早歩きができるようになった。息切ればかりで少しずつしか進められなかったストレッチも、楽にこなせるようになった。
(運動をするとごはんがおいしいわ! だからお父様もお母様も、あんなにたくさん召し上がっていたのね!)
食事もしっかりと食べられるようになった。すると不思議なことに、さらに運動ができるようになった。
(食事と筋肉は密接な関係にあるんだわ!)
改めて食事の大事さを知ったアドリアナは、さらに知識を得るため、父の書斎から本を借りて勉強することにした。
一つは『筋肉大全』。筋肉のことを網羅的に勉強するためだ。そしてもう一つは『王国筋肉史』。伯爵令嬢の教養として、歴史を学ばないなど言語道断である。
「今度こそ負けませんわ!」
運動を始めてから二ヶ月後、再び腹筋に挑戦する日がやってきた。家族と専属医師、使用人に見守られながら、アドリアナはトレーニング用のマットに寝転がる。そして。
「いーち!」
ゆっくりながらも、アドリアナは腹筋一回目に成功した。
「にーぃ!」
少し震えながらも、腹筋二回目に成功した。
「さーん!」
決してスムーズとは言えなかった、結果としてアドリアナは五回の腹筋に成功した。その瞬間、アドリアナを見守っていた人々は狂喜乱舞した。
「アディが腹筋をしたぞ!」
「五回の腹筋! これは成人男性に換算すれば百回にも匹敵する偉業だ!」
「そんな換算に医学的根拠はありません!」
「気を失っていらっしゃらないぞ!」
「こんな感動的な瞬間に立ち会えてよかった!」
自分を囲んで喜び合う人々を見て、アドリアナは思った。
(お腹が震える…けど、この震えは虚弱さのせいじゃない。努力が身体に刻まれる反応なのだわ!)
汗が頬を伝い、アドリアナの胸は熱く高鳴った。
(ここまで来るのに、みんなが私を応援してくれた…。ちゃんと向き合えば、身体は応えてくれた…。やっぱり――筋肉は裏切らない!!)
そうして彼女の筋肉愛が覚醒した瞬間だった。
鍛えた筋肉は裏切りません。
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