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第四十九話 筋肉令嬢と温もりの晩餐


 夜の帳が下がり、ドラクロワ家の食卓には柔らかな燭火の光が満ちていた。重厚な木製の長テーブルには、彩り豊かな料理が並び、空腹を刺激する香りが空間を満たす。


 今宵は、アドリアナ・ガティネの男爵位授与を祝う家族だけの晩餐会。外の世界の喧騒から切り離された、温かく穏やかな時間がここにあった。


「このような晩餐会をありがとうございます」


 王城での荘厳な授与式とは違い、食堂の中央に立つアドリアナは、今は家族の視線を受けながら柔らかな笑みを浮かべている。胸の内には、誇りと感謝、そして少しの照れが混じる。


「家族の支えがあってこそ、今の私がいるのは間違いありません」


 父アルマンは背筋を伸ばし、娘の言葉に深く頷く。感慨に浸りながら、心の中で幼い頃の姿を思い浮かべていた。弱々しく、少し運動するだけで寝込むことも多かったあの少女が、今や王国に影響力を持つ男爵となったのだ。


「……小さかったあの子が、ここまで立派になったとはな…」


 父の目に涙が滲む。だがその眼差しには誇りと安堵が滲み、柔らかな温かさを帯びていた。長年の鍛錬と努力、領地改革、文化支援、そして外交の成果。すべてが、父の胸に深く刻まれている。


 母エレオノールは、優雅に座りながらも感極まった表情でアドリアナを見つめる。微かに震える手でハンカチを握りしめ、心の中で言葉を紡いでいた。


(強く、美しく、優しく…。本当に素晴らしい淑女レディになったわ)


 目に浮かんだ光は、喜びと愛情、そして少しの心配が入り混じったものだった。娘のこれからの道は輝かしい反面、責任も重い。だが、母の心には確信があった。アドリアナなら、どんな試練も乗り越えられる。


 長兄ドミニクは、やや照れくさそうに胸を張り、拳を軽く握った。表情には誇らしさが滲む一方、内心ではライバル心がちらりと顔を出す。


「アディの成長には驚かされるな……。俺も負けていられない」


 思わず苦笑しながらも、目の奥には尊敬の光がある。幼い頃からともに遊び、学び、ときに競い合った日々。今、妹の背中に王国の未来を託すほどの力が宿ったことに、長兄の胸は熱くなる。


 次兄ルシアンは、明るい笑みを浮かべ、拍手をしながら歓声を上げる。


「さすがアディだよ! すごい! 妹が男爵なんて、鼻が高い!」


 その声に家族全員が微笑みを返す。次兄の感情は素直、だがその喜びの熱量は確かだ。妹の努力を心から称え、ともに喜ぶ。それだけで食卓の空気は和み、優しく満ちていた。


 アドリアナは、一人一人の視線を受け止めながら、深く頭を下げた。


「お父様、お母様、ドミニクお兄様、ルシアンお兄様、そしてドラクロワ家を支えてくれるみなさま。日々の助け、励まし、そして愛情……すべてに心から感謝いたしますわ」


 父アルマンは拍手を送り、母エレオノールは涙を拭う。長兄ドミニクは拳を見せ、次兄ルシアンはそっと微笑む。彼女の謙虚な言葉が家族の胸に深く響き、互いの絆をより強固にした。


 晩餐が進む中、話題は自然とアドリアナの功績に移る。領地改革の成果、文化振興の計画、外交での和議の成就。家族の誰もがその詳細を知ってはいるが、改めて一緒に振り返ることで、努力と日常の積み重ねの大きさを再確認する。


「アディは本当に、多くのものを成し遂げたな」


 父が静かに呟く。かつての小さな少女の姿と、今の男爵となった淑女レディを重ね、感慨深く思わず息をつく。


「けれど、くれぐれも無理をしないことです。あなたが男爵になろうとも、家族の一員であることに変わりはないのですから」


 母の言葉に、アドリアナは静かに頷く。


 そのやりとりに、食卓には笑顔が満ちた。祝いの晩餐は堅苦しい儀式ではなく、家族の絆と感謝を確かめ合う温かいひとときとなった。


(筋肉も、知恵も、慈愛も、積み重ねは裏切らない。家族の支えがある限り、私はさらに強くなる)


 アドリアナは拳を軽く握り、心の奥で決意を新たにする。


 彼女の目には次の目標が映っていた。男爵として、家族と領民と国のため、まだまだ力を尽くす覚悟がある。


 食卓の灯りに照らされる家族の笑顔を前に、アドリアナは肩の力を抜き、心穏やかに未来を見据える。筋肉のように揺るがぬ意思で、彼女の旅は新たな段階へと進み始めたのだった。


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