第四十八話 筋肉令嬢と新たなる柱
王城の大広間には、緊張と荘厳さが漂っていた。磨き上げられた白大理石の床は燭台の光を反射している。集められた貴族や官吏たちが低く囁き合いながら、今か今かと式の始まりを待っていた。
その中央に呼び出されたのは――アドリアナ・ドラクロワ。
彼女は堂々を歩み出る。背筋は真っ直ぐに、視線は揺らがず、筋肉を無理に誇示することもなく自然体であった。だがその姿勢一つに、これまで積み上げてきた努力と自信が宿っていた。
「アドリアナ・ドラクロワ。前へ」
国王の声が響く。威厳を保ちながらも、どこか柔らかな響きを帯びていた。アドリアナは玉座の前に進み出て、優雅に片膝をつき、頭を垂れる。
「この度、そなたの数々の功績を改めて評価する場を設けた」
廷臣が一歩前に進み出て、羊皮紙に記された文章を読み上げる。その声は、朗々と広間に響き渡った。
「第一に――戦功。防衛線において、アドリアナ・ドラクロワは前線に立ち、兵を鼓舞し、数に劣るながらも敵を退けた。特に指揮官不在の局面において、自ら前に出て陣を立て直し、将兵を守り抜いたこと、その功績は大きい」
ざわめきが広間を走る。多くの者が知ってはいたが、公式の場で明言されることで、その重みは倍加した。
「第二に――領地改革。ドラクロワ領において、生産力が低下していた農村を立て直し、新たな農業方法を導入。収穫量は前年度比で二割増しとなった。これにより飢えに苦しむ者は減り、領民の暮らしは大きく安定した」
今度は感嘆の声が漏れる。領地改革は口で言うほど容易ではない。貴族であっても私腹を肥やすことに目を向け、領民の生活を顧みぬ者も多い。だが彼女は違った。鍛錬の合間に領民の声を聞き、時に自ら土を掘り起こした。その姿は領民の間で『筋肉令嬢』と親しまれ、愛された。
「第三に――文化振興。武のみならず学術を支援し、若き才を発揮。特に書籍においては学友と新たな理論と実践を謳い、孤児を含む子どもたちの未来を導くものとなった。力と文化の調和を示したことは、王国の新たな気風を示すものである」
廷臣が言葉を区切ると、貴族の一部が苦笑をもらした。『筋肉を文化に』とは滑稽に聞こえるかもしれない。だが、その場にいた者ならだれもが知っている。王国の未来を担う子どもたちが、いかに強く、健康的になったのかを。
「第四に――外交貢献。隣国との緊張が高まる中、アドリアナ・ドラクロワは自らの人柄と胆力をもって交渉の場に立ち、血を流さず和議を導いた。彼女の誠実さと率直さは、むしろ武器より強き盾であった」
その場にいる者たちが深く頷く。戦で力を示すだけでなく、言葉で未来を繋ぐ。両方を成し遂げた者は稀だった。
「以上の功績により、王国はここに宣言する。アドリアナ・ドラクロワにガティネ男爵位を授与する」
国王自らが立ち上がり、金の装飾が施された剣を持って彼女の肩に触れる。大広間が一瞬、静まり返る。
「アドリアナ・ドラクロワ改め、アドリアナ・ガティネ。そなたの筋肉は力であり、知恵は道を照らし、慈悲は人を支える。これらをあわせ持つ者こそ、領を治める資格がある。男爵として、王国に仕えよ」
「……はっ」
アドリアナは胸に手を当て、深く頭を垂れた。その横顔には、涙にも似た光が浮かんでいた。だがそれは悲哀の涙ではなく、努力が実を結んだ喜びと、重き責任を自覚した証だった。
広間に拍手が広がる。父アルマンと母エレオノールは涙ぐみ、兄たちは誇らしげに胸を張っている。シャルルは少し悔しげながらも潔く拍手を送る。温かい視線が、彼女を包み込んでいた。
「みなさまの支えがあってこそ、私はここに立てていますわ」
壇上で彼女はそう口にした。決して自分一人の力ではなく、家族の愛、仲間の助け、領民の信頼、そして日々の鍛錬の積み重ね。それらすべてが彼女を形作っているのだ。
――かつて虚弱だった少女は、もうどこにもいない。
「私はまだ道の途中です。筋肉を鍛えるように、知恵も心も鍛え続けます。そして王国のため、領民のために、これからも力を尽くすと誓いますわ」
彼女の言葉は大広間に響き渡り、聴く者の胸を震わせた。この瞬間、彼女はただの『筋肉令嬢』ではなく、王国に必要とされる『新たな柱』としての存在感を示したのである。
式が終わり、夕暮れの光が差し込む頃、アドリアナは一人、王城の中庭に立っていた。
大理石の階段に腰かけ、拳を握りしめる。肩には新たな責務の重みがのしかかる。だがその重さこそ、彼女が求めた証だった。
「筋肉は裏切らない。そして努力もまた、決して無駄にはならない」
静かに呟くその横顔に、柔らかな笑みが浮かんだ。これまで積み上げてきた鍛錬、戦い、慈しみ。そのすべてが今日という日に結実したのだ。だが同時に、これは新たな出発点に過ぎない。
「――ここからですわ。私の真の戦いは」
アドリアナは立ち上がり、背筋を伸ばした。筋肉のように揺るがぬ心で、彼女は未来を見据える。
その背中には、努力を重ねた者にしか纏えぬ光が宿っていた。




