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第四十七話 筋肉令嬢と揺るがぬ答え


 学園の昼下がり。誰もいない空き教室には、僅かに午後の光が淡く差し込んでいた。外では生徒たちの声や廊下を駆ける足音が微かに聞こえるが、この教室の中は静寂そのものだった。


「ドラクロワ嬢、少しいいか?」


 声の主はシャルル。彼は剣術の稽古だけでなく、ここ数年、筋力トレーニングにも熱心に取り組んできた。肩幅は広がり、腕の筋肉は以前より逞しく見える。自信に満ちた表情で、アドリアナの前に立った。


「もちろんですわ、第二王子殿下。何か大事なご用でしょうか?」


 アドリアナは淡い微笑みを浮かべる。シャルルは深呼吸を一つして、胸を張った。


「ドラクロワ嬢。俺はこの二年間、あなたの隣に立つために鍛えてきました。今の俺自身が、俺の覚悟です。どうか、俺と……婚約してほしい!」


 その真っ直ぐな言葉に、アドリアナの瞳が一瞬大きく開く。彼の真剣な表情、そして確かに以前より増した筋肉。――しかし、彼女の心は揺れなかった。


「……王子殿下。あなたの気持ちはありがたく受け取りましたわ。でも、残念ながらお応えできませんの」


「え……?」


 驚きの色がシャルルの顔に浮かぶ。胸の奥で期待していたものが、冷たい現実に触れた瞬間、沈み込んだ。


「どうして……?」


 彼は少し息を呑む。アドリアナは静かに立ち上がり、彼の目を見つめる。


「理由は簡単ですわ。私はまだ、自分の力を広い世界で試したいのです。今の私にとって、結婚は鎖に過ぎませんわ」


 アドリアナは拳を軽く握り、心の奥にある熱を確かめるように言葉を紡いだ。


「私はまだ、この身を鍛え続けたいのです。拳の振りも、身体の動きも、そしてこの筋肉も。鍛錬の果てにこそ、私が辿り着くべき答えがあるはずですわ」


 その決意の響きに、シャルルの胸の内で何かが静かに砕ける。しかし同時に彼は納得もしていた。彼自身も数え切れない鍛錬を重ねてきた。夜明け前の庭で剣を振り、汗で濡れた身体を奮い立たせた日々。力を求める者の真剣さは痛いほど分かる。


「……なるほど。君らしい答え、だな」


 教室の空気がしばらく静まり返る。午後の光が二人の影を長く伸ばし、言葉の重みを増幅させた。シャルルは一度深く息をつき、やや照れたように笑った。


「……分かった。君の意思を尊重するよ、ドラクロワ嬢」


「ありがとうございます。私も王子殿下の誠実な気持ちは嬉しいですわ」


 二人はしばし沈黙の中で互いの目を見つめ合う。やがてシャルルは静かに教室をあとにした。筋肉で満たした自信も、少し肩を落としているが、彼の姿勢には潔さがあった。


 その後、王城にこの一件が報告された。国王は顎に手を当て、静かに考え込む。


「なるほど……シャルルが婚約を申し込んだが、断られたとな。王家に留めておけぬなら、国に縛るまで、か…」


 国王は思案の末、一つの決断を下す。アドリアナに爵位を授け、単なる王家の血筋に留まらず、国全体に影響力を持つ存在として立たせるという案である。こうすることで、彼女の自由と力を、国益に生かすことができると考えたのだ。


「アドリアナ・ドラクロワ。将来、君の力は王国に欠かせぬものとなろう」


 教室を出たアドリアナは、夕刻の光に照らされながら、未来に思いを馳せる。自らの道を選び、試すべき力を試す。それが彼女の生き方なのだ。


「誰かに縛られるのではなく、自ら選んだ筋肉の道を歩みたい。それが、今の私の答えであり、まだまだ私の力を試す旅は続きますわ…」


 その背中には、自由と覚悟に満ちた意思が映えていた。シャルルの思いを受け止めつつも、自分の歩むべき道を決めたアドリアナ。彼女の冒険は、まだ始まったばかりである。


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