第四十五話 筋肉令嬢と理論実践
午後の学園の訓練所は、ざわめく声と軽い鉄の音が混じる独特の空気に包まれていた。剣や槍を手にする生徒たちが、ストレッチや基本動作の確認に勤しむ中、一人の青年がアドリアナの元に駆け寄った。
「ドラクロワ嬢。す、少しいいかな?」
筋肉理論に詳しい上級生のマティアスだ。彼は眼鏡の奥で目を輝かせ、手には紙の束を抱えていた。
「もちろんですわ、リュサール先輩。何か新しいことでも思いつかれましたの?」
「う、うん。実は新しい筋肉理論を考えたんだ。き、君に実践してもらいたくて…」
「まあ!」
アドリアナはすぐに頷いた。好奇心が勝り、どんな理論でも試すことに楽しみを見出すのだ。
「私で良ければ、どのような内容かお聞かせくださいませ!」
マティアスは資料を広げ、手元で説明を始める。
――『筋肉の連動効率を高めるための動作』、『呼吸と筋力の最適化』、『体幹を中心に据えた安定フォーム』。
一通り資料に目を通したアドリアナは、頷いた。
「……なるほど、理解しました。では早速、試してみましょう」
アドリアナは屈伸運動で軽く身体をほぐす。マティアスは隣でわくわくした様子を露わにしながら、補助役を務める。
「ま、まずは基本動作から。腰の角度、膝の位置、肩の高さ…」
アドリアナが軽やかに動くと、マティアスは熱心に指示を出す。だが、動作が複雑になるにつれ、予期せぬハプニングも起こった。
一つ目。地面に置かれた軽量の重りが転がり、向こうが生徒に当たりそうになる。アドリアナは瞬時に飛びつき、重りが転がるのを阻止した。
「大丈夫ですわ! 筋肉の柔軟性と瞬発力で防止可能です!」
二つ目。アドリアナが回転してジャンプを決めた瞬間、マティアスの資料が吹き飛び、空中でくるくる回る。二人は同時に顔を見合わせて苦笑した。
「こ、これは…予想外のこともあるよね」
アドリアナの軽快の動きに引きずられるように、周囲の生徒たちも好奇心を抑えきれずに集まってくる。彼女は模範として動作を見せながら、マティアスの指示に応じてフォームを微調整していく。
「次は体幹運動ですわ。動きに合わせて……呼吸を意識して」
ジャンプ、旋回、着地。一連の動作が滑らかに流れ、アドリアナの身体はまるで音楽に合わせて踊るかのようだった。
「すごい…動きがまるで違う!」
「筋肉の連動がこんなに滑らかになるとは…」
周囲の生徒たちは驚きの声を漏らす。マティアスもまた、アドリアナの身体の使い方に目を見張る。
「き、君の理解力があるから、理論がここまで実践できるんだ…」
「リュサール先輩の理論が正しいからですわ。二人の力で初めて完成しますのよ」
アドリアナは満足げに微笑み、訓練場の中央に立つ。
「理論を実践で確認しましたわ! 筋肉は裏切らない! そして理論を理解すれば、筋肉はさらに効率的に動くのです!」
マティアスは照れくさそうに笑った。
「き、君の協力があってこそ、理論の価値が示せた。あ、ありがとう、ドラクロワ嬢」
「こちらこそ。こうしてともに試せるのは嬉しいことですわ」
周囲の生徒たちは拍手を送り、訓練場には軽い笑いと感嘆の声が混ざった。今日の試みは単なる筋力訓練ではなく、二人の信頼と連携を学ぶ場ともなったのだった。
「筋肉の力と理論の融合……これこそ冒険者の新たな武器になりますわね!」
訓練が一段落したあと、アドリアナは息を整えながらマティアスに提案した。
「せっかくですから、この理論をここにいる全員で体験してみませんこと?」
「えっ。全員で…?」
マティアスは少し躊躇したが、アドリアナの瞳に輝く好奇心を見て、結局頷いた。
「よし、順番に連動運動を試してもらいましょう。私が補助に回りますわ」
生徒たちは最初こそ緊張していたが、アドリアナが目の前で軽やかに手本を見せると、次第に勇気を出して挑戦するようになった。
一人目の青年がジャンプから着地する瞬間、足元が少し滑ってよろめいた。だがアドリアナは素早く駆け寄り、背後から抱きかかえるように支える。
「す、すみません…!」
「構いませんわ。筋肉は誰かを支えるためにあるのです」
次の生徒は、アドリアナの助言を受けて、体幹を意識しながらジャンプ。見事に連動運動を成功させ、笑顔で駆け回る。
「お、俺にもできた!」
「やればできるのですわ!」
次々と連動運動を成功させていく生徒たちを見て、アドリアナは笑みを深めた。
「みなさま、焦らず一歩ずつですわ。筋肉は積み重ねで力を増していくのです」
「ド、ドラクロワ嬢と一緒なら、できないことなんてない気がする…」
マティアスは熱に浮かされた瞳で、アドリアナを見つめた。
そうしてアドリアナとマティアスは、夕暮れに差し込む光を浴びながら、次なる挑戦に心を描くのだった。




