第四十四話 筋肉令嬢と農村視察
雨が明けて陽光が柔らかく降り注ぐ日。アドリアナは昨年領地改革を終えた農村を視察するため、騎士ローランとともに馬車に揺られていた。
「今日は村のみなさまにご挨拶しつつ、改革の成果を確認する日ですわ」
アドリアナは軽やかに笑みを浮かべ、ローランは向かいの席で無言で頷いていた。
「……アドリアナ様。今日も無理はなさらずに」
「安心してくださいな、デュヴァル卿。筋肉があれば、少々のことでは怯みませんわ」
馬車が村に到着すると、農民たちが整然と並び、歓迎の声を上げる。畑は整備され、家畜も健康そうに草を食む。アドリアナは手早く視察を開始した。
「用水路も以前より水通りが良いですわね」
ローランは彼女の指摘に頷き、農民たちも誇らしげに頷く。しかし、視察も束の間、問題は突然訪れた。
上流の方から水の流れる音が大きくなり、僅かに異常な気配が漂う。
「デュヴァル卿。あの音…何かがおかしいですわ」
「……確認しましょう」
二人は農民を避難させつつ、水路沿いを駆ける。すると、堤防の一部が雨水の重みに耐えきれず、崩れかけていたのだ。もしここが決壊すれば、下流の畑や家屋が水に浸かってしまう。
「これは急がなければ!」
アドリアナは即座に判断し、腕まくりをして両手で土嚢を運び始める。ローランも彼女の隣で指示を出した。
「……手伝える方はこちらに!」
「はい!」
農民たちも協力し始め、土嚢を運んで堤防を補強する。しかし、雨でぬかるんだ土は重く、数人で抱えてもなかなか思うように積めない。
そんな中でもアドリアナは軽やかに走り回り、ぬかるみを避けながら次々と土嚢を運搬。力任せではなく、効率的な動きで瞬く間に数十個を配置していく。
「デュヴァル卿! 向こう側も補強してください! バランスを崩すと危険ですわ」
「……かしこまりました」
ローランは重い木材を使って応急的な支柱を作り、堤防をしっかりと支える。その隆起した筋肉に一瞬見惚れるアドリアナであったが、すぐ我に返る。そんな二人の連携は息ぴったりで、農民たちも驚嘆の声を上げた。
「す、すごい…。あの二人、まるで水路と戦ってるみたいだ…」
「アドリアナ様がいると、何が起きても大丈夫な気がするな…」
しかし、自然の力は侮れない。上流からの水圧が増し、補強を施しても土嚢の一部が崩れ始めた。危険を察したアドリアナは瞬時に判断する。
「デュヴァル卿! 土嚢で押さえる方向を変えます! 右から左で押し流してください!」
「……承知しました!」
二人は息を合わせ、土嚢を支える位置を変更する。筋力と瞬発力を最大限に生かし、水の勢いに押されそうになる堤防を踏ん張って守った。農民たちも勇気づけられ、必死に土嚢を追加して応援する。
数分後、土嚢をうまく積むことができ、水路の決壊は免れた。農民たちは泥だらけになりながらも安堵の笑みを浮かべた。アドリアナは汗を拭いながら振り返る。
「みなさま、無事ですわね」
「はい! ありがとうございます! アドリアナ様!デュヴァル様!」
ローランも肩で息を整えながら、安堵の笑みを零した。
「……アドリアナ様。今回の判断を動き、実に素晴らしかったです」
「デュヴァル卿も頼りになりますわ。二人で力を合わせれば百人力ですわね」
アドリアナは農村の人々を見渡し、笑みを浮かべた。改革の成果が形として現れたこと、そして自らの筋肉を生かして村を守れたことに、心が満たされる。
その日の夕刻、視察は無事に終了。農村たちは感謝の言葉を惜しみなく二人に伝え、アドリアナとローランは互いに笑みを交わした。農村を包む穏やかな風に、二人の活躍が静かに刻まれたのである。




