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第四十三話 筋肉令嬢と新人講習


 王都の冒険者ギルドは、今日も冒険者たちでごった返していた。剣を背負う者、杖を携える者、あるいは腰に短剣をぶら下げたシーフらしき者。さまざまな職業と気配が入り混じり、活気に溢れている。


 そんな喧騒の中、一際凛とした気配を纏った令嬢が姿を見せた。黒髪を高く結い、動きやすい軽装に身を包んだアドリアナである。


「――本日より、新人冒険者講習の特別指導を引き受けることになりました、アドリアナ・ドラクロワですわ」


 ギルド職員に案内され、広間の壇上に立つアドリアナ。新人冒険者たち――まだ十代半ばの若者から、年だけは立派な三十すぎの男まで十数名が並び、興味半分、不安半分の目で彼女を見つめていた。


「おお…噂の筋肉令嬢だぞ」


「令嬢様は講師? はっ、大丈夫かよ?」


 ざわつく彼らに、アドリアナは笑顔を浮かべる。


「ご安心なさい。みなさまに必要なのは知識と技術、そして筋肉です!」


「……筋肉?」


「ええ、筋肉は裏切りません。筋肉はあなたを決して見放さないのです」


 妙に説得力のある声に、新人たちはぽかんと口を開けるしかなかった。


***


 午前中は座学の予定だった。だがアドリアナの授業はいささか、いや、かなり独特である。


「冒険者に必要な心得その一! 筋肉を信じなさい!」


 新人たちは復唱を求められる。


「その二! 筋肉を侮らないこと!」


「……これ、筋肉講座じゃないのか…?」


「その三! 鍛錬を欠かさぬこと! 結果、筋肉は自分を守ります!」


「野獣の弱点とか教えてくれないのかよ……」


 新人たちが小声で囁く。するとアドリアナは聞き逃さず、すぐさま身を乗り出した。


「無論、野獣の弱点を突くのも重要です。ですが、弱点を狙う精度を高めるには? 体力と握力が不可欠ですわ!」


 力説され、誰も反論できない。むしろ『確かに…?』と一部は納得しかけている。


 座学は結局、筋肉論で二時間が費やされた。


***


「さあ、午後は実技です!」


 アドリアナの号令で、外の訓練場に出る。ここでは基礎体力測定が行われる予定だ。


 まずは腕立て伏せから。新人たちは『百回? 無理だろ!』と文句を言いつつ挑むが、半数が三十回を過ぎたあたりで力尽きて地面に倒れた。


「ふふ……みなさま、まだ筋肉との対話が足りませんわね」


 アドリアナは軽やかに腕立てを開始した。一回、二回、三回……そして百回を超えても呼吸は乱れない。さらに片手腕立てに移行し、優雅な笑みを浮かべながら数を重ねる。


「す、すげぇ…」


「人間なのか、あの人…」


 尊敬と恐怖の入り混じった視線が注がれる。


 続いてスクワット、走り込み。新人たちは次々と悲鳴を上げ、地面に大の字になって動けなくなった。そんな中、一人の青年が負けじと声を上げた。それなりの筋肉で、自称『近所で最強』と名乗る彼だ。


「俺だって鍛えてる! 令嬢なんかに負けるわけが…!」


 彼は意気込んで模範を示そうとするが。


「あら、肩が硬すぎますわね。そのままでは剣を大きく振れませんわよ」


「なっ…!」


「それと。太ももは逞しいですが、ハムストリングの鍛え方がまだ足りないようです。後ろから蹴られたら膝を痛めますわ」


「う、うそだろ…」


 弱点を次々と指摘され、青年は泣きそうな顔になった。周囲からは『筋肉鑑定士かよ』と囁きが漏れる。


***


 最後の課題は模擬戦だった。新人たちは二人一組で木剣を握り、ぎこちない動きで打ち合う。アドリアナは観察しつつ、的確なのか怪しい指導を飛ばす。


「もっと腰を落として! 重心を安定させて! そして筋肉を信じるのです!」


「筋肉を信じろってなんだ!?」


 と、叫びながら転ぶ新人。慌てて仲間が手を差し伸べるも、一緒に倒れ、二人して転がる。そこへアドリアナは颯爽と駆けつけた。


「あなたたち! 怪我はないですか!」


 ドンッ! 彼女が二人を抱え起こした瞬間、地面が揺れるような衝撃音が響き、数名が地面に転がった。周囲の新人たちは呆然。『……地震?』『いや、令嬢の筋肉だ』と震えた声で呟く。


 模擬戦は事故多発で混乱したが、アドリアナは満足げに頷いていた。


***


 夕刻。講習はようやく終了した。新人たちは全員ぐったりと座り込み、もはや動けそうにない。


「み、みんな……強く、なろうな…」


「二度と訓練をサボらねぇ…」


 妙な団結が芽生えていた。それを見ていたギルド職員は苦笑いを浮かべる。


「彼らの技術はまだまだ未熟ですが、恐怖心は十分に鍛えられたようですね」


「まあ! 筋肉への敬意が芽生えたなら、それは何よりですわ」


 アドリアナは爽やかに笑った。


 このあと、この日のことは『恐怖の新人講習』として、冒険者ギルドの語り草となったのである。


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