第四話 虚弱令嬢と第二の人生
(私、どうしてこんなに虚弱体質なのかしら)
家族と同じ食事を取ることも、学園に通って友人を作ることも、舞踏会で二曲目を踊ることも、自分の脚で思い切り走ることさえ叶わない。
あの『筋肉伯爵』から虚弱な娘が生まれたと知ったとき、世間は母エレオノールの不貞を疑うほどだった。もちろんアドリアナの黒髪と琥珀色の瞳は、父アルマン譲りの色だ。間違いなく、同じ血が流れていることが伺える。
(私に筋肉があれば、もっとシャルル様と楽しい時間を過ごせたのに)
一緒に庭園を散歩して、舞踏会で踊って、狩りになんかも行ったかもしれない。
(私に筋肉があれば、もっとモンティス嬢と親密になれたはずなのに)
一緒にお茶会をして、買い物に行って、シャルルの素敵なところを言い合ったりしたかもしれない。
(……シャルル様、モンティス嬢、きっと心を痛めているでしょうね。勧められたお菓子を食べたあとに倒れてしまうなんて、私ったら、なんて愚かなことをしたの)
アドリアナの脳裏には、心配そうに倒れ際の自分を見ているシャルルとエリザベッタの顔がよぎっていた。実際にはほくそ笑んでいたわけだが、そんなことは知る由もない。
(もし、もう一度人生をやり直せるとしたら、もう私は虚弱なままでなんていないわ)
――筋肉の名門・ドラクロワ家に相応しい令嬢になってみせる。
アドリアナな心の中でそう強く決意したとき、指先が、身体が、魂が、まるで激しく燃えているかのように熱を帯びた。
(熱いっ――)
全身を焦がす熱を感じながら、アドリアナは身もだえる。そうして苦痛からパッと目覚めたとき、目の前には、見慣れた天井が映っていた。
(――こ、こは)
動かそうとすれば軋む身体を叱咤し、アドリアナはゆっくりと時間をかけて立ち上がる。そうしてドレッサーの前に立ったとき、鏡に映ったのは幼い自分の顔だった。
「……え? どういうこと…?」
鏡の前で腕を曲げてみる。だが、そこに現れたのは、筋肉どころか頼りないぷにぷにの小腕。お腹を触ってみても、ふにゃりと沈むばかりだ。――この柔らかさは、間違いなく自分の身体である。
自分は確か腹痛で死んだのではなかっただろうか?重く冷たくなっていく身体の感覚を、アドリアナは確かに覚えている。
自分は一体どうしてしまったのか。その答えは、すぐにもたらされた。
「アドリアナお嬢様、お身体を拭きに伺いました。失礼いた――っ、お嬢様!? お目覚めになられたのですか!?」
部屋に入ってきた侍女は、ドレッサーの前に立つアドリアナの姿を見てひどく驚いた顔をした。そして顔を歪めたかと思いきや、目尻に涙を溜めながらアドリアナの目の前で膝をついた。
「二日間もお眠りになられて…! どれほど心配したことか…!」
幼いアドリアナが二日間も寝込んだ出来事は、あの日のこと以外にありえまい。それは五歳のとき、初めてできた腹筋の直後に昏倒した日のことだ。
「っ、すぐに旦那様と奥様にお知らせしなくちゃ! アドリアナお嬢様、ここでは冷えてしまいます。ベッドへお戻りくださいな」
ベッドを勧める侍女に、アドリアナは混乱しながらも頷いた。
(……五歳のときに戻ってる…? ああ、これもまた私の運命なんだわ。今世こそ筋肉を身に付けよという、神様の思し召しなのだわ…!)
歩きながら見た、ドレッサーに映る幼い自分。細くて今にも折れてしまいそうなその身体を見て、アドリアナは決意した。
(――私、今度こそ筋肉で未来を変えてみせますわ!)
父のような、隆起した上腕二頭筋。母のような、しなやかな背筋。兄たちのような、立派な腹筋に筋肉の知識。
アドリアナは、しっかり筋肉伯爵家の一員であった。そうしてここから、彼女の筋肉人生が始まるのである。




